高齢者や障害者の在宅生活を支える訪問看護や介護の現場で、利用者らによる暴言などのハラスメントが深刻化している。自宅という「密室」で1対1のケアにあたるため、介護職員や看護師らは不安を感じやすく、離職につながるケースもある。事態を重く見た自治体が相談窓口を設置するなど対策を強化している。(手嶋由梨)
不満のはけ口に
「何も分からんくせに」「この高級スタッフ」
福岡県内の訪問看護ステーションは数年前、脳 梗塞 で車いす生活を送る50歳代男性の攻撃的な言動に悩まされた。女性職員が狙われ、大声でほうきを振り回されることもあった。思うように外出できない不満のはけ口にされたという。
別の事業所に所属する男性担当のケアマネジャーに改善を訴えたが、「看護師の仕事は傾聴と共感」と問題視されなかった。職員は「病院と違って自宅は利用者や家族のテリトリー。どうしても権利意識は強くなる」とため息をつく。
福岡市の訪問介護事業所では、女性職員が認知症の80歳代女性から髪を引っ張られたり、排せつ介助で「きれいにしていない」とどなられたりした。2週間担当した職員は「もう介護の仕事はしたくない」と離職した。
管理者の女性(60)は「在宅ケアは見えない部分が多い。私たちのケアが原因の可能性もあり、介護施設のようにカメラを導入することも考えるべきでは」と頭を悩ませる。
警察OBら協力
こうした事態を受け、自治体も対策に乗り出した。
埼玉県では2022年1月、訪問診療の医師らが撃たれて死傷する事件が発生した。事件後、県が在宅ケアの従事者に調査したところ、回答者(665人)の半数以上にハラスメント被害の経験があり、県は専用の相談窓口を設置した。
福岡県も今年6月、九州で初めて相談センターを開設した。警察OBらが相談員を務め、緊急性や悪質性が高ければ警察に協力を求める。弁護士も助言するほか、従業員の訴えを管理者が聞き入れない場合は保健所が介入する。2か月余りで49件の相談があったという。
筑紫医師会立訪問看護ステーション(福岡県太宰府市)で管理者を務める長尾靖子さんは「小規模の事業所も多く、自分たちだけでは解決が難しいこともあり、相談できる体制は心強い」と話す。
兵庫県は複数人での訪問を後押しするため、市町を通じて、事業所に費用の一部を補助。1人で訪問する場合も警備会社の通報システムの導入費用などを助成している。
契約解除難しく
厚生労働省が作成した「介護現場におけるハラスメント対策マニュアル」では、事業所が利用者側に示す文書に「暴力やハラスメントがあれば契約解除を行う」と明記するよう促している。
ただ、命や暮らしを支えるサービスだけに「一方的な契約解除は難しい」という声も。ある訪問介護職員は「代わりの事業所が見つからなければどうしようもない」と漏らす。
関西医科大の三木明子教授(精神保健看護学)は「ハラスメントはエスカレートするので、こじれる前に『こういう要求や言動は受け入れない』と 毅然 と伝えることが重要」とした上で、「まずは管理者や職員が『何がハラスメントにあたるか』を知る必要がある。相談窓口の設置や研修会の開催など、行政の支援が広がってほしい」としている。
高まる需要足りぬ人手 訪問看護利用10年で倍
高齢化に伴い、在宅ケアの需要は高まっている。厚生労働省の調査では、2023年4月時点の訪問看護の利用者は約63万人で、10年前の2・1倍に上る。訪問介護も1・2倍の約109万人に膨らんでいる。
一方、人手不足は深刻だ。同省によると、22年度の訪問介護職員の有効求人倍率は15・53倍で、全職種平均(1・31倍)を大きく上回る。日本看護協会の調査では、22年度の看護職の有効求人倍率は訪問看護ステーションが3・88倍となり、施設種類別で最も高かった。
福岡県の23年の調査では、在宅ケアの従事者約2400人のうち、4割にあたる926人が「暴力やハラスメント被害を受けた」と回答。このうち、3人に1人が「仕事を辞めたいと思った」と答えており、ハラスメント対策は喫緊の課題となっている。