講師 千原 靖弘
内藤証券投資調査部
1971年福岡県出身。東海大学大学院で中国戦国時代の秦の法律を研究し、1997年に修士号を取得。同年に中国政府奨学金を得て、上海の復旦大学に2年間留学。帰国後はアジア情報の配信会社で、半導体産業を中心とした台湾ニュースの執筆・編集を担当。その後、広東省広州に駐在。2002年から中国株情報の配信会社で執筆・編集を担当。2004年から内藤証券株式会社の中国部に在籍し、情報配信、投資家セミナーなどを担当。十数年にわたり中国の経済、金融市場、上場企業をウォッチし、それらの詳細な情報に加え、現地事情や社会・文化にも詳しい

2019 年10 月1 日の国慶節
中華人民共和国の中国人民解放軍(人民解放軍)は、現役軍人の数が世界最多の約200万人に上る。
陸軍、海軍、空軍、火箭軍(ロケット軍)の四大軍種のほか、軍事航天部隊(軍事宇宙部隊)、網絡空間部隊(サイバースペース部隊)、信息支援部隊(情報支援部隊)、聯勤保障部隊(連合後方勤務保障部隊)という4つの独立兵種で構成される。

2024 年3 月7 日
この核戦力を保有する世界屈指の軍隊は、「文民統制」(シビリアン・コントロール)の原則に基づき、「中央軍事委員会」の指揮下にある。
ユニークなことに、中国には二つの中央軍事委員会がある。一つは「中国共産党中央軍事委員会」で、もう一つは「中華人民共和国中央軍事委員会」。つまり、中国共産党(共産党)と国家の中央軍事委員会がある。
これらは名称こそ異なるが、実質的に同じ組織。その最高位はどちらも「主席」であり、いずれも共産党の習近平・総書記が就任。習総書記は国の代表職である国家主席も兼任する。
その他も同様で、基本的に同一人物が二つの中央軍事委員会で同一の役職に就く。このような組織編成を中国では「一個機構両塊牌子」(一つの機構に二つの看板)という。

「一つの機構に二つの看板」の典型的な例
例えば、台湾関連の担当部署も同一人物が二つの組織で同一の役職に就き、「国務院台湾事務弁公室」と「中国共産党中央委員会台湾工作弁公室」という二つの看板を掛け、国外向けには国家を代表する方の名称を使う。
中華人民共和国憲法の第一条には「社会主義制度は中華人民共和国の根源的制度。中国共産党による統率は、中国の特色ある社会主義において最も本質的な特徴」とある。

国共合作の下で共産党と国民党の党旗を一緒に掲示
つまり、社会主義という一つの目標のため、国家と共産党は表裏一体の関係にあることから、一つの機構に二つの看板が必要となる。
共産党が発足したのは1921年7月だが、結党から6年にわたって軍事力を保有していなかった。孫文が率いる中国国民党(国民党)は1924年1月に共産党との共同戦線「国共合作」を成立させた。

「八一」とは南昌蜂起の記念日
だが、1925年3月に孫文が死去すると、後継者の蒋介石と共産党の関係が悪化。1927年4月の上海クーデターで蒋介石は多数の共産党員を殺害した。
この事件を契機に共産党は武力闘争の必要性を痛感。江西省南昌に駐留する国民党の軍隊を味方につけ、1927年8月1日に反乱を起こさせ、初めて軍事力を獲得した。
この「南昌蜂起」が人民解放軍の起源であり、軍旗に「八一」とあるのは、日付に由来する。
この南昌蜂起の直後に毛沢東は「政権は銃口(軍事力)から生まれる」と説き、政権掌握には従来路線の民衆暴動ではなく、軍事力が必要と強調した。
また、毛沢東は1938年に「党が銃を指揮するのであり、銃が党を指揮するのは絶対に容認しない」と表明し、共産党による文民統制を徹底させた。

党の指揮を聞き、戦いに勝利でき、振る舞いの優れた軍隊の建設
「党の指揮を聞く」は党と軍の関係の大原則
一方、中華人民共和国憲法は、人民解放軍が国家の軍隊であると強調する。二つの中央軍事委員会の主席は、共産党中央委員会と全国人民代表大会で別々に選出されるが、同一人物に集約される。
中国の「最も本質的な特徴」とは、憲法第一条の通り、国家と共産党の関係にある。