女性起業家に対するセクハラが後を絶たない。投資家から被害を受けるケースが多いが、出資してもらう立場から声を上げにくいのが実情だ。経営者である起業家をハラスメントから守る法整備を求め、被害者らで作る当事者団体は来週中にも国に要望書を提出する方針だ。(西村魁)
「我慢するしか……」
「投資側との関係性を考えると、我慢するしかなかった」。横浜市で会社を経営する20歳代女性は、自身のセクハラ被害を振り返り、唇をかんだ。
AI(人工知能)を活用したサービスを開発・提供する会社を設立した約2年前、投資会社の男性担当者から「起業のお祝い」と食事に誘われた。イタリア料理店で仕事の話をした後、男性は急に「女の人生を狂わせたい」「金を巻き上げて支配したい」などと発言。不快だったが、業務に支障を来さないよう言い返すことができなかった。
知り合いの男性起業家に相談したものの、「投資してもらったんでしょ」と取り合ってもらえなかった。悩んだ女性は適応障害を発症。誠実な取引先など周囲の支えで立ち直ったが、女性は「セクハラを受けても我慢を強いられるのであれば、他の人に起業など勧められない」と感じている。
半数以上が被害
起業や経営などに関する研究・教育機関「アイリーニ・マネジメント・スクール」(東京)は2024年、スタートアップ(新興企業)の起業家や役員ら計197人(うち女性153人)を対象に調査を実施。全体では41・1%が直近1年間にセクハラを受けたと回答し、女性起業家(105人)に絞ると52・4%に上った。
加害者は「投資家や投資会社の担当者」が最も多く、内容としては「愛人にならないか」などの「不適切な発言や質問」が目立った。一方で、約8割が「人間関係が壊れるのが怖い」などの理由から、被害を周囲に相談していなかった。
調査に関わった同機関の 柏野尊徳 さん(40)は「起業には投資家に頼らざるを得ない場合も多く、力関係が出やすい。被害者が投資打ち切りなどの報復を恐れ、泣き寝入りを強いられることも少なくない」と語る。
法整備求める
総務省が22年に行った調査では、起業家全体のうち女性は103万人で22・3%。政府は第5次男女共同参画基本計画で、25年に女性割合を30%以上にする目標を掲げており、今後、増加する見通しだ。
これ以上の被害を防ごうと、セクハラを受けた経験のある起業家らは昨年10月、当事者団体「スタートアップユニオン」を設立し、対策強化に向けて動き出した。
セクハラを防ぐ法律としては現在、企業にハラスメント防止措置の実施を義務づけた男女雇用機会均等法があるが、保護対象は会社が雇用する労働者のみだ。同団体は経営者である起業家にも法的保護が必要だと訴えており、来週中にも福岡厚生労働相らに提出する要望書では、公的な相談窓口の設置など環境整備を推進するよう求めるという。
早稲田大の水町勇一郎教授(労働法)は「人格権を侵害するハラスメントは誰に対してでも許されるものではない。起業家を直接守ることができるような実効性のある未然防止策が何より重要で、法の保護対象を広げる必要がある」と話す。