新型コロナウイルスの後遺症患者が、体調悪化を理由に退職や休職に追い込まれるケースが後を絶たない。岡山大(岡山市)の追跡調査では、患者の5割が該当した。回復の時期が見通せない不安感や職場の無理解が背景にあるとみられ、専門家は企業側の配慮の必要性を訴えている。(野口恵里花)
働きたいのに
「理想の仕事だったのでショックだった」。兵庫県姫路市の女性(56)は3月、7年間勤めたレストランの調理師を辞めた。事務職などとして働いていたが、好きな料理を仕事にしたいと見つけた職だった。
女性は2022年8月に感染し、頭痛や息切れなどの後遺症が残った。だるさでフライパンを持つのもやっとだったが、上司に伝えても負担は軽くしてもらえなかった。休憩時間に人目に付かない場所で横になった。体調は限界に達し、7か月間休職した後、回復が見込めずに退職した。
現在は月に15万円ほどの失業手当をもらいながら、自宅で療養を続ける。高齢の両親と暮らす女性は「生活のためにも働かなくてはいけないのに、働けない。家にいると自責の念にかられます」と話す。
休むことで悪化も
後遺症について、世界保健機関(WHO)は「感染から3か月時点で、別の病気では説明できない症状があり、それが2か月以上続く」と定義する。せきや息苦しさ、 倦怠 感、睡眠障害、味覚障害などを訴える人が多い。
岡山大の大塚文男教授(総合内科学)は、23年12月までの約2年間、同大病院を受診した後遺症患者に聞き取り調査を実施した。その結果、 罹患 前に働いていた545人のうち、220人(40・4%)が休職、53人(9・7%)が退職を余儀なくされていた。
患者の中には、職場の上司から「後遺症なんて存在しない」などと言われ続けて精神的に追い詰められた人や、復帰のめどが立たず、職場に迷惑をかけたくないと退職した人もいた。
大塚教授は「経済的な不安がある場合、休むことがストレスとなって症状が悪化することもある。企業側は職場で後遺症について周知するほか、患者が復帰しやすい仕組みを整え、安心して休めるようにすることが必要だ」と指摘する。
求められる配慮
仕事と療養の両立を実現するため、対応に乗り出した企業もある。
機械部品メーカー「イーグル工業」(東京)の岡山事業場の男性(41)は21年8月の感染後、倦怠感などが残った。半年の有給休暇などを経て、週2日のテレワークで業務を再開した。
3か月ほどで出勤可能になり、負担軽減のため課長職から1人でできる業務に担当を変更。今年7月に課長職に復帰し、「会社が向き合ってくれ、安心して療養できた」と感謝する。
上司だった森茂俊さん(62)は「他に事例がなくて戸惑った」と言うが、症状を丁寧に聞き取り、負担が少ない勤務形態を話し合うことを意識したという。
「特別扱いと思われないよう、症状や対応をほかの社員と共有したことが良かった」と振り返る。一連の対応については別部署でも取り入れてもらえるよう、会社側に進言した。
就労と治療の両立に詳しい産業医科大の五十嵐侑講師は「後遺症は人によって症状が異なる。話を聞いて柔軟に対応できたことや、段階的な復職で心身のストレスを軽減できた点が良かった」と評価する。
五十嵐講師によると、▽テレワークの利用や就業時間中の休憩を許可する▽上司が部下の状況に気を配り、体調不良について相談しやすい雰囲気をつくる▽社内に相談窓口を設置して利用が進むよう周知する――などが有効という。
お盆明けの感染に注意
昨年5月8日に感染症法上の分類がインフルエンザと同じ「5類」に引き下げられて以降も、新型コロナウイルスの感染者数は、増減を繰り返している。
厚生労働省によると、全国約5000か所の医療機関から報告された今年7月22~28日の感染者数は、1医療機関あたり14・58人。1~2月の第10波ピーク時の同16・15人に近づいた。
その後は2週連続で前週を下回っているが、同省は「昨年もお盆明けに増加の傾向が見られたので、注意が必要」として、手洗いやうがいなど基本的な対策の実施を呼びかけている。