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2024.08.21 19:09:57

膝の痛みにmRNAで軟骨摩耗防ぐ、東京医科歯科大などのチームが治験へ…整形外科で実用化なら初

 東京医科歯科大などの研究チームが、遺伝物質メッセンジャーRNA(mRNA)を高齢者に多い膝の関節痛の患者に投与する治験を計画していることがわかった。対象の病気は「変形性膝関節症」で、国内の患者は推計2000万人以上に上る。整形外科分野でmRNA医薬品が実用化されれば世界初。チームは2030年代の承認と普及を目指している。

 変形性膝関節症は膝の軟骨が加齢などで少しずつすり減り、関節が変形する病気。痛みで歩行や階段の利用が難しくなり、高齢者の外出や運動が減って健康寿命を縮める一因になる。対症療法や運動療法はあるが、進行が速いと人工関節を入れる手術などが必要になる。

  位高啓史いたかけいじ ・同大教授らのチームは、人工的につくったmRNAで膝の痛みを抑える新しい再生医療の治験を計画した。mRNAは新型コロナウイルスワクチンの主成分として注目され、他の疾患に応用する研究が世界的に進んでいる。

 今回のmRNAは、膝軟骨の細胞の働きを高めるたんぱく質の遺伝情報でできている。患者の膝に注入すると、膝の細胞がこのたんぱく質を作り出し、軟骨を構成するコラーゲンを増やすなどして、軟骨が壊れるのを防ぐ。動物実験では軟骨の摩耗や関節の変形を抑えることに成功した。

 治験には、mRNA医薬品の開発を手がけるバイオ企業「NANO MRNA」(東京都港区)などが協力する。mRNAを直径1万分の1ミリ以下の膜に包んだ粒子状の医薬品とし、膝の細胞に届きやすくする。

 治験は少人数から始める方針で、年度内にも治験計画を国の機関に提出する。安全性が確認できれば治験の人数を増やし、有効性を検証した上で、医薬品としての承認をめざす。

 位高教授は「変形性膝関節症の痛みと進行を抑え、将来の関節手術を避けられれば、患者の身体的、経済的な負担を軽くすることができる。mRNAを使った日本発の新しい医療を届けたい」と話している。

 ◆ メッセンジャーRNA(mRNA) =細胞の中にあり、生命活動に必要なたんぱく質の設計図として働く小さな物質。細胞の核からDNAの情報を写しとり、たんぱく質を合成させる働きがある。

産学連携の開発加速を

 mRNAを使った医薬品は、新型コロナワクチンで米企業などが世界で初めて実用化し、次世代医療を支えると期待されている。感染症やがんのワクチンのほか、遺伝病や心臓疾患などの治療薬の研究開発も進む。

 新型コロナワクチンは健康な人の体内で「異物」であるウイルスの一部を作り、免疫をつける仕組みだった。今回の治験は患者の体内で軟骨の構造を再生させ、膝の痛みを抑えるたんぱく質を作らせる「薬」としてmRNAを用いる。

 mRNA医薬品は短期間に大量生産できる。国立医薬品食品衛生研究所によると、mRNAを使った臨床試験は2019年4月時点で世界で17件確認できたが、今年4月時点では140件と急増した。井上貴雄・同研究所遺伝子医薬部長は「新型コロナワクチンの普及でmRNAの製造施設の整備が進んだ。各国で承認審査の条件が整理され、開発が加速している」と話す。

 mRNAを薬として使う場合、人体に必要な投与量や、効果の持続時間はまだよくわかっていない。課題をいち早く解決すれば、世界の開発競争で日本が優位に立てる可能性がある。産学連携を進め、人材や資金を結集させるべきだ。(科学部 鬼頭朋子)

2024.08.21 17:56:51

コロナ後遺症患者5割が退職や休職、回復時期見通せない不安・職場の無理解…岡山大調査

 新型コロナウイルスの後遺症患者が、体調悪化を理由に退職や休職に追い込まれるケースが後を絶たない。岡山大(岡山市)の追跡調査では、患者の5割が該当した。回復の時期が見通せない不安感や職場の無理解が背景にあるとみられ、専門家は企業側の配慮の必要性を訴えている。(野口恵里花)

働きたいのに

 「理想の仕事だったのでショックだった」。兵庫県姫路市の女性(56)は3月、7年間勤めたレストランの調理師を辞めた。事務職などとして働いていたが、好きな料理を仕事にしたいと見つけた職だった。

 女性は2022年8月に感染し、頭痛や息切れなどの後遺症が残った。だるさでフライパンを持つのもやっとだったが、上司に伝えても負担は軽くしてもらえなかった。休憩時間に人目に付かない場所で横になった。体調は限界に達し、7か月間休職した後、回復が見込めずに退職した。

 現在は月に15万円ほどの失業手当をもらいながら、自宅で療養を続ける。高齢の両親と暮らす女性は「生活のためにも働かなくてはいけないのに、働けない。家にいると自責の念にかられます」と話す。

休むことで悪化も

 後遺症について、世界保健機関(WHO)は「感染から3か月時点で、別の病気では説明できない症状があり、それが2か月以上続く」と定義する。せきや息苦しさ、 倦怠けんたい 感、睡眠障害、味覚障害などを訴える人が多い。

 岡山大の大塚文男教授(総合内科学)は、23年12月までの約2年間、同大病院を受診した後遺症患者に聞き取り調査を実施した。その結果、 罹患りかん 前に働いていた545人のうち、220人(40・4%)が休職、53人(9・7%)が退職を余儀なくされていた。

 患者の中には、職場の上司から「後遺症なんて存在しない」などと言われ続けて精神的に追い詰められた人や、復帰のめどが立たず、職場に迷惑をかけたくないと退職した人もいた。

 大塚教授は「経済的な不安がある場合、休むことがストレスとなって症状が悪化することもある。企業側は職場で後遺症について周知するほか、患者が復帰しやすい仕組みを整え、安心して休めるようにすることが必要だ」と指摘する。

求められる配慮

 仕事と療養の両立を実現するため、対応に乗り出した企業もある。

 機械部品メーカー「イーグル工業」(東京)の岡山事業場の男性(41)は21年8月の感染後、倦怠感などが残った。半年の有給休暇などを経て、週2日のテレワークで業務を再開した。

 3か月ほどで出勤可能になり、負担軽減のため課長職から1人でできる業務に担当を変更。今年7月に課長職に復帰し、「会社が向き合ってくれ、安心して療養できた」と感謝する。

 上司だった森茂俊さん(62)は「他に事例がなくて戸惑った」と言うが、症状を丁寧に聞き取り、負担が少ない勤務形態を話し合うことを意識したという。

 「特別扱いと思われないよう、症状や対応をほかの社員と共有したことが良かった」と振り返る。一連の対応については別部署でも取り入れてもらえるよう、会社側に進言した。

 就労と治療の両立に詳しい産業医科大の五十嵐侑講師は「後遺症は人によって症状が異なる。話を聞いて柔軟に対応できたことや、段階的な復職で心身のストレスを軽減できた点が良かった」と評価する。

 五十嵐講師によると、▽テレワークの利用や就業時間中の休憩を許可する▽上司が部下の状況に気を配り、体調不良について相談しやすい雰囲気をつくる▽社内に相談窓口を設置して利用が進むよう周知する――などが有効という。

お盆明けの感染に注意

 昨年5月8日に感染症法上の分類がインフルエンザと同じ「5類」に引き下げられて以降も、新型コロナウイルスの感染者数は、増減を繰り返している。

 厚生労働省によると、全国約5000か所の医療機関から報告された今年7月22~28日の感染者数は、1医療機関あたり14・58人。1~2月の第10波ピーク時の同16・15人に近づいた。

 その後は2週連続で前週を下回っているが、同省は「昨年もお盆明けに増加の傾向が見られたので、注意が必要」として、手洗いやうがいなど基本的な対策の実施を呼びかけている。

2024.08.20 17:50:33

富士山「弾丸登山」、規制効果で92%減…今夏もスニーカーなど軽装目立つ

 今夏の富士山は山梨県側で初めて登山規制が行われ、例年登山者数がピークを迎えるお盆期間も比較的静かだった。ご来光を見るために夜通しで登る「弾丸登山」も減り、夜間の登山者数は前年より9割減った。一方で軽装の登山者が依然として目立っており、体にこたえる厳しい環境をどう周知していくかが課題として残っている。

受診「数人程度」

 富士山の登山ルートは山梨側に1本、静岡側に3本あり、登山者の6割が山梨側から登る。山梨県は混雑や弾丸登山を防ぐため、山梨側の吉田ルートで7月1日の山開きから規制を実施。5合目の仮設ゲートを午後4時~午前3時に閉鎖し、登山者数を1日4000人とした。1人2000円の通行料も徴収している。

 同県富士吉田市によると、今月18日までに吉田ルートの6合目を通った登山者は9万456人で、前年同期比13・8%減。弾丸登山が目立っていた午後9~11時台は166人で、同92・6%の大幅減だった。山小屋スタッフの井上義景さん(44)は「この時期は小屋の外で仮眠する人が毎日いたのだが……」と驚く。

 8合目の「富士吉田救護所」で10~12日に詰めた医師の前田 宜包よしかね さん(63)も「以前は夜に寝られないほどの受診者が来たが、今年は数人診た程度だ」と、弾丸登山が抑制された効果が出ているとみる。

静岡にも流入せず

 山梨側を避け、登山人数の規制がない静岡側から登る人も比較的少なかった。

 環境省によると、7月の登山者数は富士山全体で8万2092人で、前年同期比10・9%減。このうち静岡側が開山した同10日以降の登山者の割合は、山梨側54・4%、静岡側45・6%で、前年比で山梨側4・1ポイント減、静岡側4・1ポイント増にとどまった。静岡県富士山世界遺産課の担当者は「お盆も登山者の割合は例年通りに推移した印象だ」と話す。

軽装なお課題

 軽装の登山者は今夏も目立つ。ラフな格好で来る外国人も多く、山梨県はゲート前で係員がスニーカー姿などの登山者に声をかけ、装備のレンタルや購入を促している。長崎幸太郎知事は7月の記者会見で「準備不足の方の通行をお断りすることも考える必要がある」と話した。

 開山後の遭難も相次いだ。静岡県警によると、静岡側では18日までに4人が死亡し、前年同期比3人増。山梨県警によると、山梨側でも3人が死亡した。

 山頂は夏でも気温が5度程度まで下がるうえ、天候も急変しやすく、雨具や防寒着がなければ命に関わる。前田さんは「低酸素下で負荷の高い運動をすると予想もしないような症状が起きる。まずは近くの山に登るなどして心肺機能を確かめてほしい」と注意を促す。

2024.08.20 14:23:10

骨髄ドナー「同意書」電子化本格運用へ…手続き負担軽減狙う、「立会人」署名省略に懸念も

 白血病患者らへの骨髄移植を仲介する日本骨髄バンク(東京)が、提供希望者(ドナー)の了承を得る「最終同意書」の電子化に乗り出したことがわかった。先月試行を始め、近く本格運用する方針で、手続きにかかるドナーの負担を軽減するなどの狙いがある。だが従来の同意書にあった弁護士ら「立会人」の署名欄が削除され、一部の弁護士から「手続きの正当性を確認する立ち会い制度の不要論につながりかねない」と懸念の声が出ている。

 骨髄移植は、患者とドナーの白血球の型(HLA)が適合して初めて可能になるが、その確率は数百~数万分の1とされる。適合してもドナーの健康状態や仕事の都合などで移植に至らないケースも多い。ドナーにとっては、準備にかかる長い拘束時間が負担となっていた。

 こうした現状を踏まえ、バンクではHLAが適合した後の手続きについて、提供までの調整を担う「コーディネーター」とドナーらの面談のリモート化などの議論を進めてきた。6月からはドナーの健康状態などを確かめる「確認検査」で、一部のコーディネーターが担当する案件を対象に電子化を試行導入。バンク側がドナーのスマートフォンなどにSMS(ショートメッセージサービス)を送り、ドナーは記載されたURLにアクセスして手続きを進める。

 医師らがドナーと対面して行う最終同意書の手続きについても、7月中旬から確認検査と同様の仕組みで試行が始まった。従来は、「医師らがドナーに医療事故などのリスクを十分に説明した」「ドナーが自らの意思で提供を希望している」ことなどを弁護士ら「立会人」が確認し、同意書に署名する形で行われていた。バンクでは、電子化で書面の紛失を防ぎ、リモート化促進によるドナーの負担軽減につながるとしている。

 一方で、ドナーの同意手続きに弁護士が立ち会う制度は残るものの、署名欄は削除されることになった。バンクでは「誤送信による情報漏えいを防ぐため」(担当者)としているが、関係者によると、バンク内では手続き簡略化に向けて立ち会い制度の廃止を望む声も根強いとされる。立会人経験のある弁護士は「制度の不要論につながり、ドナーの人権が適正に守られなくなる恐れもある」と危惧している。

立ち会い制度 真の同意確認

 最終同意書における立ち会い制度は、骨髄採取後にドナーが意識不明となった事故を受け、バンクが1995年に東京弁護士会と協定を結んで導入された。ドナーが医師の説明で心理的に圧迫され、自らの意思に反して提供に同意することなどを防ぐ目的がある。

 昨年度に行われた最終同意の面談は計1316件。同会は関東地方の移植363件に立会人となる弁護士を派遣し、札幌弁護士会でも同様に18件で、広島弁護士会でも30件で弁護士が立ち会った。弁護士以外でも、医師やドナーの知人らが立ち会うことがある。過去には立会人の弁護士が手続きに疑問を呈し、同意が撤回されたケースもあるという。

 自身もドナーとして骨髄提供の経験があり、医師でもある福田友洋弁護士(札幌弁護士会)は「ドナーが安心して提供に臨めるよう厳重に検査や確認が行われている。ドナーや家族に説明が尽くされていること、真の同意が得られていることを第三者が確認する手続きは重要だ」としている。

 ◆ 骨髄移植 =正常な血液細胞を作れない白血病などの治療の一つ。18~54歳の健康な人の骨髄などから採取した造血幹細胞を点滴して移植する。バンクを介した移植の実施数は、1993年の開始から2023年度までに計2万8652件。今年5月末現在で、血縁関係のないドナーからの移植を希望する患者1627人に対し、ドナー登録者数は55万6160人。

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