2024年の7月号で、MDとDOについて書いたのを覚えているだろうか?エッセイの表題が「イグノーベル賞とその周辺」とあったので最後まで読まずにいたかもしれないので再掲させて頂くことにしよう。米国の医師不足を調べている過程で、プライマリ・ケア医の充足を考えるには、予備知識として知っておく必要のある事柄だからだ。
M.D.とD.O.
Osteopathyは、アメリカ合衆国ミズーリ州カークスビル在住の医師アンドリュー・テーラー・スティルによって創始された医学体系だ。スティルは南北戦争の従軍医師であったが、二人の息子と養子を次々と髄膜炎によって亡くし、自分の無力さに嘆き、それから研究を重ねて10年後の1874年にオステオパシーを創始した。
元々、スティルは人体の自然治癒力を阻害している原因は骨にあるとしていたが、後に筋肉やリンパ、内臓、神経、血管等の異常を治せば自然治癒力が高まると提唱した。当初は西洋医学からは受け入れられなかったが、多くの人に支持され、1892年にアメリカン・スクール・オブ・オステオパシー(現在のA. T. Still University) がミズーリ州にprivate medical schoolとして設立され、1910年に医学認可を受けた。

現在 ATSU (A. T. Still University)には、年間平均して35か国から3,100人以上の学生が在籍している。2018-19年度は、35か国から合計3,717人の学生がATSUに在籍し、そのうちの57%は女性、43%が男性だった。また56%が白人、14%がアジア人、9%がヒスパニック/ラテン系、7%が黒人またはアフリカ系アメリカ人、1%がネイティブアメリカン、もう1%がネイティブハワイアン、また5%は2つ以上の人種であり、残りの学生はそれ以外の民族(6%)であった。
アメリカでは、D.O.(Doctor of Osteopathy)は第一職業学位(First professional degree)であり、西洋医学医師(M.D.)と同様に、正規の医師と位置付けられている。D.O.はすべての州で「医師免許」を認可されており、西洋医学医師(M.D.)と全く同等に「診断・外科手術・処方・投薬」等の全ての「医行為」が認められている。オステオパシー医学を学ぶ医学校も、西洋医学医師(M.D.)を輩出する医学校と同様に、大学院レベルに設置されており、通常は4年制である。
現在では専門の手技療法を医学教育の最終段階で多少学ぶ程度であり、手技療法だけで治療しているD.O.は少数派である。また、D.O.は臨床研修(レジデンシー)を経た後は、類似する分野である整形外科医のみならず、救急救命医・一般内科医等の専門を選ぶ事もできる。アメリカ軍の軍医の中にはD.O.の医師も多数存在しているが、D.O.の存在は一般アメリカ人にとってあまり知られていないもののようだ。アメリカ以外の国(イギリスやオーストラリアなど)では、D.O.ではなく、オステオパシーの学士号(Bachelor of Osteopathy, B.Ost)や修士号(Master in Osteopathy, M.Ost)を習得できる。
東京大学の宮脇氏が行なった研究「米国の2種類の医師(MDとDO)が治療した入院患者の死亡率は違うのか?」によれば、医学教育体系は同様で、質の担保もされており、医師としての臨床技術の評価としての死亡率も変わらないとされる。DOの米国における医師数の割合は年々上昇しており、約10%程度となっている。「DO 医師は、MD 医師と比較して、地方や経済的に貧しい地域で診療を行い、プライマリ・ケアに従事する傾向が強く、米国における医療アクセス格差の縮小に貢献する役割を持っています」と宮脇氏がコメントしているように、むしろ、薬物療法に偏重しがちな西洋医学より、DO医師は患者を統合的に見る視点が強いことから、地域医療の現場において必要とされる医師たちといえるかもしれない。
アメリカが目指す3年制医学部教育
先月号で医専のことを取り上げた。日本において「明治時代から大正時代前期まで、政府は帝国大学以外に大学としての高等教育を認めておらず、医師の養成は大学レベルの帝国大学と専門学校レベルの医学専門学校の2系統で行われていた」「医学専門学校は、5年制の旧制中学校・高等女学校卒業したものが入学し、高等予備教育(旧制高等学校もしくは大学予科)を経ずに、4年もしくは5年を学修年限とした、臨床医の即時養成を主な目的とした」医学教育が行われていたことは、日本の文化的また社会的背景が影響していることを理解した。江戸時代後期から明治以来、日本は国策としての医療政策をずっと取ってきたので、私費を投じて自分がなりたい職業を選ぶ、それが医師という職業であって、銀行から資金を借りて負債を負いながら働かなければならないという感覚が正直わかりにくい。
アメリカの医師の平均的な負債は243,000ドル(約3800万円)といわれている。それだけを勤務しながら返済していくのは大変だ。1年間の授業料が約60,000ドル(約940万円)だから、4年制の医学部教育を3年間で終了することが出来れば、授業料が1年分浮いて、1年早く医師としての給与がもらえるので、生涯で250,000ドル(約3900万円)の経済利益が得られると試算されている。医学生だけでなく、臨床の場に若い医師が毎年数多く出てきてくれることで、医師不足をカバーする社会的貢献が期待出来るのだ。
History of Accelerated 3-year program
Accelerateは加速するで、Forcing cultivation促成栽培、rapid cultivation速成栽培とはちょっと違ったニュアンスがありそうだ。現状の速度を早める、speed upする、質を落とさずに時間を早める、といったところか。
2012年のMissouri MedicineにBetty M Drees, Kenan Omurtagが書いた論文には、「医師不足と教育費用の現実は、主に医学生が負担するが、臨床収入によって補助されているため、医師の教育と訓練期間の再検討を求める声が高まっている」とある。この100年あまり、米国では医学教育にかかる経済的負担と質の確保というこのジレンマに悩まされてきた。第二次世界大戦中(1940年代)に、戦争の為に必要な医師を早く養成することを政府が計画し、AAMC(米国医学教育協会)とFSMB(州医師会連合)の了承のもと、夏休みを削ることで4年のプログラムを3年にしてAccelerated programを採用することとなったが、「指導過程を凝縮、縮小または簡略化」することが禁じられたため、戦争が終わった後には全ての医科大学のプログラムは元に戻った。
1960年代に入ると、医師不足の解消を主な目的としてではなく、優秀な高校生にAccelerated programを提供することで、学生の教育費を削減し、人文科学や技術教育を強化することを目的として、最初はNorthwestern University, Boston University, Jefferson Medical College-Penn State University, and Albany Medical Collegeの4つの大学内に設けられた。しかし、その後1970年代にプライマリ・ケア医の不足が予測されるようになったためこのプログラムが強化され、連邦政府はこのプログラムを卒業した学生一人につき2000ドルの資金提供を行うことを決めた。これが呼び水になって、1973年までに既存の医学部の4分の1以上にこの3年制医学教育プログラムが採用されることとなった。どの調査でも、4年制と3年制医学教育を受けた学生の成績は変わらず、学生への受け入れも良好だったが、教員には不評で、1970年代後半にはプログラムの大部分が廃止されたという。また、GEMENAC(Graduate Medical Education National Advisory Committee=全米卒後医学教育諮問委員会)が1981年に医師の供給過剰を予測した報告を出したため、37校まで増えたAccelerated programは20年間その扉を閉じてしまった。
3年制医学教育の新しい局面
アメリカの時事解説誌としては3番目の発行部数を誇り、1位、2位であるタイム、ニューズウィークの両誌よりも右よりの論調を展開することで知られる「USニューズ」が、2022年に出した取材記事があった。記者のイラナ・コワルスキーはペンシルベニア州立大学医学部副学部長から「医者になりたいのは分かっているが、どんな医者になるか分からない、と入学してくる学生は、おそらく4年間のコースを選び、もっと時間をかけて探究するべきでしょう」という話を聞いている。その逆に、「明確なキャリア目標を持ち、出来るだけ安価かつ短期間でトレーニングを受けたいと考えている、意欲と才能にあふれた成熟した学生向けに、Accelerated programは向いている」というのだ。40才、50才でキャリアを変更したい人も少なくないという。
3年制プログラムは、通常、医学の特定の分野に重点を置き、学生の燃え尽き症候群のリスクを軽減するために、選択科目のローテーションを少なくしているが、標準プログラムと同様に、解剖学その他の必須科目の基礎授業は当然含まれている。Accelerated programは、MDと同様にDOを目指す学生にも門戸が開いているが、この取材ではDOを目指す3年制プログラムはMDのカリキュラムよりさらに(MDのカリキュラムもかなり詰め込まれているが)そのペースを上回るペースで進むため、自由時間が短く、春、夏の休みもかなり短くなるのだという。
ウィスコンシン医科大学学長兼CEOであるジョン・R・レイモンド・シニア博士は「医学部志望者は、3年制の医学部では研修医としての十分な準備ができないとか、これらのプログラムでは重要な情報が省略されているなどと思い込むべきではない」と記者に語っている。「これらのAccelerated programは医学部の簡易版ではありません」「学生は多くの休暇を犠牲にし、経験は凝縮されても、決して薄められることはありません。このプログラムの厳しさを乗り越えるには、並外れた意欲と計画性を持った学生が必要です」と語った。
2025年にも、USNEWSのAnayat Durrani記者は、
“High achievers who want to reduce costs, burnout and already know their medical specialty may be a fit for these programs.”
「費用や燃え尽き症候群を減らしたいと思っている、すでに自分の医療専門分野を知っている成績優秀者は、これらのプログラムに適しているかもしれません」と書いた。
アリゾナ大学医学部フェニックスの副学部長、ラニータ・シャルマ博士は、「プライマリ・ケアのキャリアを追求し、1年早く就職して教育負債を軽減したいと情熱を持つ特定の医学部志望者にはうってつけだろう」、「過去10年間で、3年制のAccelerated Programへの関心が再び高まっています」と取材に答えている。
「ここフェニックスで新たに開始された3年制医学部のカリキュラムは、家庭医療、一般内科、一般小児科などのプライマリ・ケア専門分野でのキャリアを目指す学生の育成に焦点を当てています。医学部教育を3年で修了することで、特に社会的脆弱性指数の高い、サービスが行き届いていない農村部で、州全体の医師不足を補うことができると期待されています」とラニータ・シャルマ博士は続けた。ここには「直美」や「直産」といった浮ついた考えを持つ人達は見当たらないようだ。
資料
- 神津仁の名論卓説「イグノーベル賞とその周辺 そのII」:https://www.e-doctor.ne.jp/c/kozu/2407/.
- 宮脇敦士「米国の2種類の医師(MDとDO)が治療した入院患者の死亡率は違うのか?」(PDFファイル): https://x.gd/dXns6.
- Three-year medical school programs in the United States:https://x.gd/zrNp2.
- Betty M Drees, Kenan Omurtag : Accelerated Medical Education: Past, Present and Future, Missouri Medicine 2012 Sep-Oct;109(5):352–356. https://x.gd/5loJ8.
- Anayat Durrani “A Guide to Accelerated, 3-Year Medical School Programs”:https://x.gd/pWYwt.



