記事・コラム 2023.08.20

中国よもやま話

【第14回】元々同じ圓が結ぶ奇妙な縁~東アジア一円の通貨

講師 千原 靖弘

内藤証券投資調査部

1971年福岡県出身。東海大学大学院で中国戦国時代の秦の法律を研究し、1997年に修士号を取得。同年に中国政府奨学金を得て、上海の復旦大学に2年間留学。帰国後はアジア情報の配信会社で、半導体産業を中心とした台湾ニュースの執筆・編集を担当。その後、広東省広州に駐在。2002年から中国株情報の配信会社で執筆・編集を担当。2004年から内藤証券株式会社の中国部に在籍し、情報配信、投資家セミナーなどを担当。十数年にわたり中国の経済、金融市場、上場企業をウォッチし、それらの詳細な情報に加え、現地事情や社会・文化にも詳しい

“一つの中国”原則とは、「世界に中国は一つしかない」という考え方。だが、現実には中国本土の中華人民共和国と台湾の中華民国の対立が、七十年以上も続いている。

こうしたなか、英国の植民地だった香港は1997年に主権が中華人民共和国に返還された。ポルトガルも99年にマカオを返還。これら二つの旧植民地は、一国二制度の特別行政区として、いまも資本主義制度が続く。

これら中国本土、台湾、香港マカオは、合わせて“両岸三地”と呼ばれる。香港とマカオを区別する場合は、“両岸四地”ともいう。“一つの中国”とは、この両岸三地を指す。

これら四つの地域は、いまも独自の制度を保持している。通貨もそれぞれ個別に発行。人民元、新台湾ドル、香港ドル、マカオパタカという四種類の通貨が並存する。

余談だが、マカオの“パタカ”とは、スペイン語のペソに相当するポルトガル語。また、台湾ドルに“新”が付くのは、49年に4万旧台湾ドルを1新台湾ドルとするデノミネーションを実施したからだ。

両岸三地の四種類の通貨は、名称だけではなく、価値や発行の仕組みも異なる。だが、中国語による数え方の単位は、実は統一されている。

人民元と香港ドルは、“元”という単位で表示される。新台湾ドルとマカオパタカは“圓”だ。これを見て「違うじゃないか」と思うのは早計。実は“元”と“圓”は、同じ意味だ。

“元”と“圓”は中国語の発音がいずれも“ユエン”であり、まったく同じ。それゆえ、画数の多い“圓”ではなく、“元”という同音略字が使われるようになったわけだ。

人民元の紙幣を見ると分かるが、そこには“圓”と明記されている。香港ドル紙幣は現在こそ“元”という表示だが、旧札には“圓”と書かれていた。つまり“圓”が正式な表記だ。

このように両岸三地の四種類の通貨は、本質的な数え方が“圓”で統一されている。

“圓”とは昔の国際決済に使われた洋銀(洋銀)の形状に由来する。中国では洋銀を“銀圓”と呼んだ。十九世紀に香港で独自の銀圓を発行。その単位が“圓”だった。

“圓”という単位は、急速に東アジアに広まった。日本では“円”という単位が使われるが、これは“圓”を略した常用漢字だ。むかしの紙幣には、はっきり“圓”と書かれている。

韓国や北朝鮮は漢字を使わなくなったが、その語彙には漢語が多い。通貨の単位であるウォンも、実は“圓”という漢字の韓国語読みだ。50年代初頭まで発行されていた旧ウォン紙幣には、漢字で“圓”と書かれている。

両岸三地に日本、韓国、北朝鮮を加えた7カ国・地域の通貨は、いずれも本質的に“圓”を数え方の単位として使っているわけだ。

“元”と“圓”の中国語の発音はまったく一緒だが、実は“縁”という漢字も同音だ。“元”“圓”“縁”はいずれも、“ユエン”と発音する。

ギクシャクしがちな東アジアの国や地域だが、お金の数え方が同じという奇妙な縁で結ばれている。“圓”という縁だけに、関係が円やかとなり、丸く収まれば良いのだが。