脳死者からの臓器を移植する施設が人員や病床の不足などを理由に臓器の受け入れを断念している問題を巡り、手術実績で国内トップの東京大病院が2025年度、移植専門の外科医ら8人を採用する方針であることがわかった。指導者として移植に携わる人材を育成し、日本の移植医療の底上げを図りたい考えだ。
同病院は、移植医療で実績のある外科、内科、麻酔科、集中治療の医師計8人を採用。チームで心臓と肺、肝臓の移植手術を担う。同時に、移植手術の経験を積む希望を持ち全国から集まる医師の指導にあたる。
採用にかかる費用は、同病院の男性患者(68)からの寄付金5億円を充て、移植専門の講座も開設する。開設期限は27年度末だが、追加の寄付などで予算が確保できれば、延長を検討する。
このほか、▽移植優先の手術室の整備▽移植手術の前後に患者が入る集中治療室の整備(3床程度)▽移植手術を補佐する臨床工学技士や臨床検査技師の採用▽移植後の患者の健康状態を把握するシステムの開発――なども予定している。
同病院で、脳死者から提供された臓器の移植手術は23年が心臓、肺、肝臓で計88件、24年は計100件となった。いずれも全国最多だが、移植を希望する患者は24年12月時点で515人が待機している。
一方、移植手術は、外科医などが一般診療と両立しながら実施している。臓器提供の打診があっても、医師ら人員や病床などのやりくりがつかず、23年は3臓器で36件、24年もほぼ同じ水準で移植手術を見送った。同病院の23年度の収支は11・8億円の赤字で、移植医療も含め、増員や増床の余裕はないという。
講座の開設を担当する佐藤雅昭教授(呼吸器外科)は、「移植に携わる医師の育成は大きな課題だ。人材養成の『東大モデル』を築きたい」と話している。
移植医人材の地方への波及に国の支援期待
東京大病院は、移植の経験を積むことを希望する医師を全国から受け入れ、育成する。育った人材が各地域で移植を担うようになることで、日本の移植医療全体が大きく前進する可能性がある。
東大のように多くの移植希望者を抱える施設は、臓器の受け入れ要請の集中で、移植を担う医師らスタッフや手術室のやりくりが追いつかず、提供された臓器の受け入れを断念している事実が、昨年1月の本紙の報道で明らかになった。
実態解明を求める声が国会などから上がり、厚生労働省は2023年に全国26施設で、のべ803人の患者の移植手術が見送られていたとする調査結果を公表した。
厚労省は昨年12月、1997年の臓器移植法施行以来初となる移植医療体制の改革方針を決定した。臓器あっせん機関の分割を打ち出したほか、移植施設が臓器受け入れを断念しても別の施設で移植を受けられるよう、移植を希望する患者が登録する施設を従来の1か所から複数にした。だが、移植施設の人員や設備を強化するものではなかった。
移植医療は、手厚いスタッフの配置や休日・夜間を含めた手術室の稼働でコストがかかる。東大の試算では、患者の入院が長引くと肺移植で1件当たり400万円近い赤字になることもあるという。そうした中で心臓移植を行う施設として、新たに愛媛大が昨年参入し、東京科学大や岡山大も来年以降の実施に向けて準備を進めている。
こうした施設では、移植の高度な知識と豊富な経験を有する医師や看護師などの確保や、人工心肺などの機材が配置された手術室の整備などのため、多額の費用を要する。
今回の東大の移植専門医の一括採用などの体制強化は、患者からの寄付金で可能になった。寄付をした患者の男性は、肺の難病を患い、東大病院で生体肺移植の手術を受けた。本紙の報道などで東大などが移植手術を見送っている実情を知り、寄付を決意した。男性は「東大が日本の移植医療の中心となって人材を育成し、地方にも波及してほしい」と話す。
思いがけない巨額の寄付金を得た東大のように、他の移植施設が単独で体制を強化するのは難しい。ようやく増えてきた臓器提供を着実に移植につなぐため、診療報酬を手厚くするなど国が後押しする時期にきている。(医療部 影本菜穂子)