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記事・コラム 2025.11.10

医者が知らない医療の話

【第98回】がん細胞内(腫瘍内)細菌への影響

講師 中川 泰一

中川クリニック

1988年関西医科大学卒業。
1995年関西医科大学大学院博士課程修了。
1995年より関西医科大学附属病院勤務などを経て2006年、ときわ病院院長就任。
2016年より現職。

がん細胞内(腫瘍内)細菌への影響

先述した通り、腫瘍内細菌は口腔・腸内から供給され、腫瘍環境が選別する構造だ。腸内フローラ移植でドナーの腸内叢を置換し、全身の代謝・免疫トーンを変えると、腫瘍内に流入・定着する菌の構成やふるまいが間接的に変化し得る見通しだ。前臨床ではドナー由来菌が腫瘍内に検出される報告があり、腫瘍内叢への波及が示唆されている。人での直接置換の確証は限定的だが、供給源制御と選択圧変更による「間接弱毒化」は十分実務的な目標だ。

抗生剤・腸内細菌移植・抗PD-1の推奨プロトコル

では、具体的に腸内フローラ移植から抗PD-1投与に際しての臨床現場では「短く・狭く・順番どおり」が合言葉だ。

  1. 標的短期抗菌だ。Fn(Fusobacterium nucleatum)高負荷の大腸がんではメトロニダゾールを7~14日だけ併用する設計が妥当だ。ゲムシタビン不活化が疑われる膵がんではフルオロキノロンを7~10日だけ併用する設計が妥当だ。
  2. ウォッシュアウトだ。抗生剤終了後に48~72時間を置く設計が推奨だ。
  3. FMT施行だ。カプセルまたは下部内視鏡で1~2週に1~3回投与する開始設計が現実的だ。
  4. ICI(Immune Checkpoint Inhibitor)
  5. 再導入だ。FMT後1~2週でPD-1/PD-L1を再導入する設計が妥当だ。必要に応じてブーストFMTを追加する設計が有効だ。

この順番は「殺しすぎない → 整える → 戦わせる」という三段ロジックに対応する整理だ。

がん種別の実装イメージ

大腸がん(Fusobacterium nucleatum高負荷想定)

腫瘍組織qPCR/ISHや便・口腔スワブでFn高負荷を把握するべきだ。化学療法サイクル初期にメトロニダゾール500mgを1日3回で7~14日だけ重ねる設計が妥当だ。ICI併用時期には広域抗生剤を避けるべきだ。歯周治療や含嗽による口腔衛生強化を同時に行うべきだ。介入前後で便中Fn量、多様性、短鎖脂肪酸、ctDNA、腫瘍マーカー、RECST(Response Evaluation Criteria in Solid Tumorsの略で、固形がんの治療効果を評価するための国際的な基準)を評価するべきだ。

膵管腺がん(ゲムシタビン感受性低下想定)

腫瘍内Gammaproteobacteriaや細菌性CDD_Lの存在を探索するべきだ。初回サイクル前半にフルオロキノロンを7~10日だけ併用し、CA19-9、ctDNA、RECISTで早期反応を評価するべきだ。ICI予定が近い場合は広域抗生剤を回避し、必要最小限で運用するべきだ。

胃MALTリンパ腫

H. pylori陽性・IE期では標準除菌療法が第一選択だ。CR後も定期内視鏡で追跡するべきだ。t(11;18)陽性や進行例では他治療へ速やかに切り替えるべきだ。

評価の仕方

介入の前後差を定点観測することが重要だ。便の多様性と短鎖脂肪酸、病態関連菌の定量、唾液の補助評価、腫瘍内の菌量(可能なら再生検)、末梢免疫指標、ctDNA、腫瘍マーカー、RECISTが主要KPIだ。Day 0/14/28と8~12週の画像評価を基本サイクルとする設計が運用しやすい事実だ。

安全対策

FMTは概して忍容性良好だが、MDRO伝播や新興感染症リスクに対応する厳格なスクリーニングが必須だ。ドナー検疫、病原体・耐性菌検査、検体のクアランティン、投与後のモニタリングを標準化するべきだ。メトロニダゾールの神経毒性・アルコール禁忌・ワルファリン相互作用、フルオロキノロンのQT延長・腱障害・中枢症状に注意するべきだ。ICI近傍の広域抗生剤使用は原則避けるべきだ。

ケーススタディ

ケース1:Fn高負荷の進行大腸がんで化学療法抵抗性を呈する例 Day-14に組織と便でFn高値を確認する運用だ。メトロニダゾール500mg TIDを10日投与する運用だ。72時間のウォッシュアウト後にFMTを2回施行する運用だ。10日後にPD-1を再導入する運用だ。6週後にFn減少、多様性上昇、ctDNA低下、部分奏効を得ることがあるのは事実だ。必要時にブーストFMTを追加する運用だ。

ケース2:膵がんでGem/nab-PTX 一次治療中に緩徐PDを示す例 CDD_L示唆時にフルオロキノロン7日を短期併用する運用だ。72時間後にFMTを施行し、Gemを再開する運用だ。8週で腫瘍マーカー・ctDNA低下と腫瘍縮小を得る可能性がある事実だ。ICI導入は抗生剤近傍を避けつつ次ラインで検討する運用だ。

院内SOP (Standard Operating Procedures:標準作業手順書)のチェックリスト

  • 便・唾液・腫瘍・血液の採取時点を固定する。
  • 抗生剤は短期・狭域・DOT厳守とする。
  • FMTのドナー選定とスクリーニング、投与経路・回数、合併症監視を明文化する。
  • ICI再導入日程をFMT後1~2週に固定する。
  • 評価はDay 0/14/28と8~12週で実施する。
  • 口腔衛生や食事介入など支持療法を同時実行する。
  • 逸脱時の対応(感染、MDRO、C. difficile、irAE)を定義しておく。

まとめ

腫瘍には細菌が存在し、口腔と腸内が主要供給源で、腫瘍環境が選別する構造だ。抗生剤は原因除去型と耐性解除型の二本柱で運用するべきで、ICI近傍の広域抗生剤は避けるべきだ。FMTは腸内叢を機能的に置換し、代謝と免疫を再配線して主治療の効きを呼び戻す。腫瘍内細菌には供給源制御と選択圧変更で間接に働きかける狙いが実務的である。

推奨プロトコルは「標的短期抗菌 → ウォッシュアウト → FMT → ICI再導入」だ。評価は「測って、前後差で動かす」発想が要諦になる。安全対策はドナー検疫と抗生剤の慎重運用が要で、チームのSOPで再現性を担保するべきだ。