
再生医療の領域において、臓器固有の幹細胞(体性幹細胞)の活性化による自己再生誘導は、近年最も注目されている革新的アプローチの一つだ。これまでの再生医療は、外部からの幹細胞移植やiPS細胞などの細胞移植療法が主軸であり、技術的進歩と共に一定の成果をあげてきた。しかし、これらの治療法には依然として大きな課題がある。具体的には、細胞の調製・品質管理に高度な技術とコストがかかること、免疫学的拒絶や腫瘍形成のリスク、治療効果のばらつきなどが挙げられる。こうした問題を克服すべく、体内に既に存在する幹細胞を薬理学的に賦活化し、自己修復機構を促進する戦略が提案されてきた。
実は免疫の世界でも初期には体内でのリンパ球増殖を目指してきたが、結局うまくいかず、体外培養が一般的になった経緯がある。それだけに、再生医療においては体内での幹細胞賦活が叶えば画期的なことと思う。iPS細胞の癌化リスクの排除や培養法の進歩によっての大量作成とコストの低減が進められている。リンパ級の例にもあるように体外での培養の方が効率が良いのかもしれないが、今後非常に注目すべき技術であることは確かだと思う。
その最前線に立つのが、米国スクリプス研究所が進める「AEC2幹細胞活性化薬」の開発だ。AEC2、すなわち2型肺胞上皮細胞(Alveolar Epithelial Cell Type II)は、肺胞においてガス交換を担う1型肺胞上皮細胞(AEC1)への分化能を持つ重要な幹細胞である。AEC2は、肺損傷後の再生過程において中心的役割を果たすとされ、正常な状態では障害部位の修復に貢献する。しかし、慢性閉塞性肺疾患(COPD)、特発性肺線維症(IPF)、さらにはCOVID-19に代表されるウイルス感染後の線維化病態では、AEC2の再生能力が著しく低下し、肺構造の恒常性維持が困難になる。この結果、線維化進行とともに肺の弾力性が喪失し、不可逆的な呼吸障害へと至る。
従来、肺線維症に対する治療法は進行抑制を目的とした抗線維化薬が主であり、損傷組織の再生を直接的に促進する治療法は存在しなかった。この臨床的アンメットニーズに対し、スクリプス研究所は数万種類に及ぶ低分子化合物の大規模スクリーニングを行い、AEC2を特異的に刺激する分子の同定に成功した。これらの分子は、AEC2の自己複製と分化能力を活性化させ、損傷肺組織の再生を促進するとされる。

開発中の薬剤は吸入投与に適した設計がなされており、週1回の吸入で効果が期待される。吸入投与は、全身性の副作用を最小限に抑えつつ、高濃度で薬剤を局所に届けることができるため、呼吸器疾患治療において特に有利だ。マウスを用いた肺線維症モデルにおいて、この薬剤の週1回吸入投与により、線維化領域の改善と肺機能回復が確認されている。組織学的には、AEC2の増殖およびAEC1への分化が促進され、線維化進展の抑制および既存の線維性瘢痕の部分的改善が観察されている。さらに、炎症性サイトカインの発現抑制やエラスチン、コラーゲン沈着の減少も報告されており、再生と抗線維化の双方の効果が期待される。
現在、この薬剤は第1相臨床試験に進んでおり、70名の健康成人を対象に安全性と忍容性の検証が行われている。安全性が確認され次第、肺線維症患者を対象とする第2相試験に移行し、治療効果と最適投与量の検討が予定されている。もし臨床応用に成功すれば、肺線維症患者にとって極めて重要な新規治療オプションとなる可能性が高い。
エール大学の比較医学および遺伝学の専門家であるマウリツィオ・キオッチョリ助教は、この治療法を「再生医療のゲームチェンジャー」と評価している。幹細胞移植を必要とせず、吸入という簡便な投与方法で組織再生を誘導できることは、従来の再生医療のパラダイムを根本から変える可能性があると述べている。
このアプローチの最大の特徴は、外来性細胞の補充ではなく、内因性幹細胞の活性化による再生誘導である。これにより、患者固有の細胞を利用するため免疫拒絶の回避が可能であり、細胞製造に伴う規制・技術的障壁を大幅に低減できる。さらに、慢性進行性疾患に対しても繰り返し治療が可能で、従来の抗線維化療法や免疫抑制療法との併用による相乗効果も期待される。

この技術は肺以外の臓器にも広く応用可能だと考えられている。例えば、心臓では心筋前駆細胞の活性化による心筋梗塞後のリモデリング抑制、心機能回復が期待される。関節領域では、滑膜幹細胞や軟骨前駆細胞を刺激することで変形性関節症の進行抑制や軟骨再生が狙える。眼科領域では、網膜色素上皮(RPE)幹細胞や角膜上皮幹細胞の活性化により、加齢黄斑変性や網膜変性疾患、角膜障害などの治療応用が検討されている。
さらに、消化器領域では腸管上皮幹細胞(Lgr5陽性細胞)の活性化が、潰瘍性大腸炎やクローン病、放射線腸炎などの疾患に対する粘膜修復療法として期待される。腎領域では、尿細管前駆細胞の活性化による慢性腎臓病や急性腎障害からの機能回復が視野に入る。皮膚および毛包では、表皮幹細胞やバルジ領域の毛包幹細胞の刺激によって、難治性創傷や脱毛症治療が考えられる。
ただし、臓器特異的幹細胞の活性化には限界もある。例えば、慢性疾患が進行し幹細胞プールが枯渇している場合や、幹細胞の機能が著しく障害されている病態では効果が限定的である。また、過剰な幹細胞活性化が異常増殖や腫瘍形成を引き起こすリスクも指摘されており、細胞動態の精緻な制御が不可欠だ。安全性評価においては、長期的観察が不可欠であり、分子レベルの機構解析と臨床的アウトカムの相関解析が求められる。
さらに、各臓器の幹細胞ニッチ(microenvironment)は非常に特異的であり、単に増殖シグナルを与えるだけでは機能的な組織再生には至らないことが知られている。再生に必要な微小環境因子、免疫応答、細胞間相互作用の総合的理解が重要であり、それに基づく精密な薬剤設計が求められる。

このように、体内幹細胞を活性化する薬物療法は、従来の再生医療と薬物療法の間を橋渡しする「第三の治療戦略」と位置づけられる。肺線維症に対する治療薬の開発は、その先駆的事例となる可能性が高い。今後、この技術が他臓器疾患や老化関連疾患に応用されることで、臨床現場における治療選択肢は飛躍的に拡大すると考えられる。
スクリプス研究所が推進するこの研究は、幹細胞生物学、薬理学、再生医療、免疫学といった多分野の知見を融合させた総合的アプローチの集大成といえる。最終的に、この新たな治療戦略が実用化されれば、細胞移植や外科的介入に依存しない「自己再生促進型治療」という新しい治療パラダイムが医療現場に定着することになるだろう。臨床家にとっても、これまで治療の限界とされてきた慢性線維化疾患に対し、修復・再生という全く異なる視点から介入できる時代が到来するのだ。