記事・コラム 2025.02.10

医者が知らない医療の話

【第89回】マクロファージと不妊治療 -IV(男性側の不妊治療)

講師 中川 泰一

中川クリニック

1988年関西医科大学卒業。
1995年関西医科大学大学院博士課程修了。
1995年より関西医科大学附属病院勤務などを経て2006年、ときわ病院院長就任。
2016年より現職。

 今回はマクロファアージ活性化、腸内フローラ移植、NMNがそれぞれ男性側の不妊治療にどのように効果があるかだ。基本的にはこれらはミトコンドリア活性に関与し精子の活性を上げるわけだが、それ以外にも以下の様な男性特有の効果がある。

 まず、マクロファージは免疫系の重要な細胞であり、炎症の調整や組織修復に関与している。特に、精巣と精子の健康に重要な役割を果たすことが分かっている。


  • 精巣の環境維持精巣には特有の免疫環境(免疫特権)があり、精子が自己免疫反応によって攻撃されないようになっている。マクロファージはこのバランスを維持する役割を持ち、適度に活性化されることで精子の生産を助ける。
  • 抗酸化作用と精子のDNA損傷防止活性化されたM2型マクロファージ(抗炎症型)は、酸化ストレスを抑える働きがあり、精子のDNA損傷を防ぎ、運動能力を向上させる。
  • 慢性炎症の抑制前立腺炎や精巣上体炎などの慢性炎症は、精子の質を低下させる原因になります。マクロファージの適切な活性化は、これらの炎症を抑え、精子の健康を保つことに寄与する。

 次に腸内フローラ移植についてだが、腸内マイクロバイオームの状態が男性の生殖機能にも影響を与えることが近年の研究で報告されている。また、精液にも独自の微生物叢(精液フローラ)が存在し、これが精子の健康に関与していると言われている。

まず、腸内フローラと精子の関係だが

  • 腸内フローラのバランスが男性ホルモン(テストステロン)に影響腸内フローラは短鎖脂肪酸(SCFA)を産生し、これがテストステロンの合成に影響を及ぼす。テストステロンは精子形成に必須のホルモンであるため、腸内フローラのバランスを改善することが精子の質向上につながる。
  • 腸内細菌の炎症抑制作用炎症性腸疾患(IBD)や腸内フローラの乱れは、慢性炎症を引き起こし、精子の質低下につながる。腸内フローラ移植(FMT)やプロバイオティクスの摂取により、炎症を抑え、精子の運動性を改善できる。これにより、酸化ストレスの軽減やテストステロンの適正な分泌につながり、精子の質向上が見込まれる。

そして、精子フローラの異常と腸内フローラの関連性についてだが、精液には特定の微生物叢(精子フローラ)が存在し、健康な男性の精液には特定の善玉菌が存在し、精子の運動性や受精能力に関与している可能性が指摘されている。一方、不妊症の男性ではその組成が異なることが分かっている。以下まとめると。

  • 健康な精液にはラクトバチルス属などの有益な細菌が多く含まれている一方、腸内フローラの乱れ(特に腸内の悪玉菌の増加)は、精液中の病原性細菌(大腸菌、エンテロコッカスなど)の増殖につながる。
  • 細菌感染(例えば大腸菌やクラミジア感染など)によって精子の運動性が低下し、不妊につながることがあるため、フローラ移植による精液環境の改善によって、精子の運動性向上、DNA損傷の減少、精子生存率の向上が期待できる。
  • そして、これらは腸から血流を介して細菌が移動する「腸管透過性(リーキーガット)」が関係していると考えられている。

要するにフローラ移植のによる精子に対する効果は以下の通り。

  • 腸内フローラの改善 → 炎症抑制、ホルモンバランス正常化、精子の質向上
  • 精液フローラの改善 → 精子の運動性向上、DNA損傷の減少、精子生存率の向上

 3番目は、NMN(ニコチンアミド・モノヌクレオチド)と男性不妊について。
言うまでもなく、NMNはNAD+(ニコチンアミド・アデニン・ジヌクレオチド)の前駆体であり、細胞のエネルギー代謝や老化防止に関与している。世間ではサーチュイン遺伝子を活性化させる、「若返り薬」としてしか認識されていないが、神経系などにも影響のある物質で、男性の生殖機能にも以下のような効果がある。NMNが精子に与える影響としては以下の項目が挙げられる。

  • ミトコンドリア活性化 → 精子の運動能力向上NMNを摂取すると、NAD+レベルが上昇し、ミトコンドリアの機能が改善される。これは精子のエネルギー産生(ATP生成)を増やし、運動性の向上や生存率の増加につながる。
  • 精子のDNA損傷抑制NAD+はDNA修復酵素(PARP1)を活性化し、精子のDNA損傷を修復する。特に加齢や酸化ストレスによる精子のDNA損傷を防ぐことが期待されている。
  • 抗酸化作用 → 精子の質向上NAD+はサーチュイン(SIRT1, SIRT3 など)を活性化し、抗酸化ストレス耐性を高めることが示唆されている。これにより、精子の生存率や形態の正常性が向上する。 実際、動物実験では、NMN投与により精子の運動性が向上し、受精率が高まったという報告がある。

以上、色々と有益な作用があるのだが、ちょっとややこしいので、これらを以下の表にまとめた。

治療法期待される効果(男性)考えられるメカニズム
マクロファージ活性精巣炎症抑制、精子のDNA損傷軽減、精子生存率向上抗炎症作用、精巣環境維持、酸化ストレス軽減
フローラ移植(腸・精液)精子の運動性向上、ホルモンバランス調整、炎症抑制テストステロン増加、慢性炎症抑制、精液環境改善
NMN精子の運動性向上、DNA損傷修復、抗酸化作用ミトコンドリア活性化、NAD+増加、サーチュイン活性化

そして、重要なことは、これらの治療法は単独でなく、組み合わせることで相乗効果が期待できるという事だ。特に、卵子と精子が迎合しているのに妊娠しない、いわゆる「原因不明の不妊症」に対しては出来るだけ色々な方法を用いる方が良いわけだ。この事から、NMNの摂取+フローラ改善(プロバイオティクスや食事管理)+マクロファージの適切な活性化のくみあわせは、男性の不妊治療において有望なアプローチとなる。