講師 中川 泰一

中川クリニック

1988年関西医科大学卒業。
1995年関西医科大学大学院博士課程修了。
1995年より関西医科大学附属病院勤務などを経て2006年、ときわ病院院長就任。
2016年より現職。

 不妊治療において卵子、精子におけるミトコンドリアの活性化がいかに重要かは前回述べた。
 今回は、腸内フローラ移植(FMT: Fecal Microbiota Transplantation)がミトコンドリアを活性化するかについて、また妊娠へどのように影響するかについて述べてみたいと思う。

  1. 腸内フローラ移植とミトコンドリアの関係
    腸内フローラ移植は、一言で言うと腸内環境の改善や腸内細菌叢の多様性を増加させることを目的としている。そして、近年の研究では、腸内細菌とミトコンドリア機能の間に相互作用があることが明らかになってきている。
    • 腸内細菌とミトコンドリアのクロスストローク
      人体が単独で出来ない事をアウトソーシングするために腸内細菌を抱えているわけだが、この腸内細菌は短鎖脂肪酸(酢酸、プロピオン酸、酪酸)や、リポ多糖(LPS)などの代謝物を生成している。これらの代謝物は、ミトコンドリアの代謝に影響を与える。特に、酪酸はミトコンドリアのエネルギー代謝を促進し、酸化的リン酸化を活性化することでATP産生を増加させることが報告されている。
      よって、腸内フローラ移植によって、腸内細菌の組成が改善され、短鎖脂肪酸の生成が増加することで、ミトコンドリア機能が向上すると言うわけだ。
    • 腸内フローラ移植による炎症の抑制
      腸内環境の悪化は、全身的な軽度の慢性炎症を引き起こし、これがミトコンドリア機能を低下させる一因とされている。腸内フローラ移植により、腸内の炎症が改善され、ミトコンドリアへの酸化ストレスが減少することが期待される。この炎症の軽減が、ミトコンドリアの正常な機能維持に貢献する。
  2. 腸内フローラ移植が妊娠に与える影
    腸内フローラは妊娠に対してもさらに直接的に重要な役割を果たしており、母体の代謝や免疫機能、さらには胎児の健康にも影響を与える。腸内フローラ移植が妊娠に与える影響について、以下に述べると。
    • 免疫機能と炎症の制御
      腸内フローラは、妊娠中の母体の免疫調整に寄与する。特に、適切な腸内細菌叢は、妊娠中の全身性の炎症や免疫応答のバランスを維持し、母体および胎児の健康を保つのに重要だ。腸内フローラ移植により、炎症性サイトカインのレベルが低下し、免疫バランスが改善されることで、妊娠の維持や胎児の正常な発育が促進される。
    • 妊娠糖尿病や代謝の改善
      妊娠中の代謝異常(特に妊娠糖尿病)は、腸内フローラの組成変化と関連していることが知られている。腸内フローラ移植によって、腸内の多様性が増し、インスリン感受性や代謝機能が改善されることで、妊娠糖尿病のリスクが軽減される。そして、これにより母体と胎児の健康を守ることができる。
    • 腸内フローラの母子間の移行
      母体の腸内フローラは、出産時に子供に伝わるす。腸内フローラ移植によって母体の腸内細菌叢が改善されると、胎児や新生児の腸内環境が健康的な状態でスタートすることが期待される。これは、免疫機能の発達や代謝機能の形成において重要な事である。

以上のように、腸内フローラ移植は、腸内細菌叢の改善を通じてミトコンドリアの機能を間接的に活性化する。具体的には、腸内細菌による短鎖脂肪酸の生成や炎症の抑制が、ミトコンドリアのエネルギー代謝や酸化ストレスの軽減に寄与し、また妊娠においても、腸内フローラ移植は母体の代謝や免疫機能の改善、さらには胎児の健康に対して有益な影響をもたらす。
 このように、マクロファージの活性化と腸内フローラ移植が妊娠に多大な影響を及ぼす理由がお分かりいただけたかと思う。ところが実はもう一つ不妊に効果のありそうな」意外なものがあるのだが、これは次回に。