講師 中川 泰一

中川クリニック

1988年関西医科大学卒業。
1995年関西医科大学大学院博士課程修了。
1995年より関西医科大学附属病院勤務などを経て2006年、ときわ病院院長就任。
2016年より現職。

前回に引き続き、口腔のマクロバイオームと特定のがんとの関係を具体的に。

現在、口腔マイクロバイオームと特定のがんとの関連については、多くの研究が行われているが、全ての関連性が明確にされているわけではない。しかし、いくつかの疾患との関連性が提唱されている。

以下に関連する癌を列挙すると。

膵臓がん

◆複数の研究が、口腔内の特定の細菌の存在と膵臓がんの発生との関連を示唆している。例えば、Porphyromonas gingivalisやAggregatibacter actinomycetemcomitansの存在が膵臓がんのリスクを高めるとの報告もある。
◆一方で、口腔内の健康を維持するLactobacillusのような細菌の減少が膵臓がんのリスクを高めるという研究結果もある。

食道がん

◆歯周病のリスクを高める細菌の増加は、食道がんのリスクも上昇させる可能性が示唆されている。これは、これらの細菌が炎症反応を引き起こし、食道の細胞にダメージを与えることでがんを促進すると考えられている。

口腔がん

◆タバコやアルコールと並び、一部の口腔内の細菌も口腔がんのリスク因子として注目されてる。例えばPorphyromonas gingivalisのような細菌が口腔癌の進行に関与する可能性が示唆されている。

大腸がん

◆腸内マイクロバイオームと大腸がんの関連はよく研究されているが、口腔マイクロバイオームが腸内の細菌叢のバランスを変え、それが大腸がんのリスクに関与する可能性も考えられている。

これらの関連性については、さらなる研究が必要だ。もちろん口腔内の細菌だけが癌の原因となるわけではなく、癌のリスクは、遺伝的要因や生活習慣、環境要因など多くの要素が絡み合って決まる。しかし、口腔ケアの重要性が、がん予防にも関与することを示唆する情報は増えてきており、適切な口腔ケアの実践が推奨されている。

この辺は、以前述べたように口腔は「医科」より「歯科」の領域になってくるので、今まで各種疾患との関連が検証されにくい環境になっている。

今まで、歯科の菌関係の疾患としては「う歯」か「歯周病」ぐらいしか関心が持たれておらず、口腔内のマクロバイオームと全身の疾患についてはあまり関心が無かったと思われる(関心持ってた方がいたらごめんなさい。)。一方「医科」の側も耳鼻科や消化器内科が関心持っているはずなのだが、やはり「口腔」って扱いにくい印象があるのかも知れない。

しかしながら、このように口腔内マイクロバイオームは、多様な微生物のコミュニティであり、バランスが取れているときは口腔の健康を保ち、感染症、虫歯、歯周病から保護する役割を果たしている。一方、う歯、歯周病、さらには口腔癌といった最も一般的な口腔疾患は、主に微生物の原因で発生することが知られている。

動的な口腔内マイクロバイオームは、宿主の免疫システムや代謝システムと協力し、口腔と全身の器官間で情報をやりとりする二方向の通信を反映しており、このマイクロバイオームのバランスが崩れると、ジスバイオーシスと呼ばれる状態になり、虫歯や歯周病を引き起こす病原性や気性菌やカリオジェニック(う歯を引き起こす)菌の過剰増殖につながる。

さらに、口腔内マイクロバイオームの不均衡は、虫歯や歯周病などの口腔疾患の主要な原因であるだけでなく、心血管疾患、糖尿病、消化器疾患などの全身疾患とも密接に関連している事がわかってきている。また、口腔疾患と全身の状態との間には、共通のリスクファクターを共有する相互作用があり、口腔マイクロバイオームの健康状態が口外の影響にも及ぶことが示唆されている。

結論として、口腔マイクロバイオームは口腔および全身の健康にとって重要な役割を担い、その構成の不均衡はさまざまな歯科疾患や全身疾患を引き起こす可能性がある。したがって、全体的な健康を維持するためには、健康な口腔マイクロバイオームを保つことが重要で、各種疾患との関連を更に遺伝子解析などで調べていくつもりだ。乞うご期待。