慢性炎症を起こす原因の一つは大腸の腸管バリアー機能の低下だ。
前述したように、腸管腔には食物抗原や腸内細菌をはじめとしたさまざまな「異物」が存在する。そして、それらが、循環血中に入らないように防御するのが、腸管バリアー機能だ。腸管バリアー機能は、それに関わる特殊なタンパク質が関係しており、高脂肪食負荷での大腸ではそのうちの一つClaudin1(クローディン1)という細胞間結合のタイトジャンクションに関わるタンパク質が低下する。そうすると腸管腔から物質が循環血中に漏れやすくなるのだ。
そして、腸内環境が慢性炎症に影響している事がわかったら、次は、大腸の炎症性マクロファージによる慢性炎症がどのようにインスリン抵抗性を惹起し、糖尿病を発症させていくかについてだ。
高脂肪食により大腸の炎症のシグナルを伝達する為のアダプタータンパクであるinflammasome(インフラマゾーム)の活性化が起こる。
ちょっと長くなるが、その機序について。
一般に、炎症性マクロファージの数を制御するのは「ケモカイン」と「ケモカイン受容体」と言われるものだ。ケモカインとは、炎症性の免疫細胞(マクロファージを含む)を炎症の場に誘導する液性因子のことだ。一方、ケモカイン受容体は免疫細胞の膜表面にあり、それぞれのケモカインに対するケモカイン受容体が存在する。
そして、マクロファージが炎症生マクロファージに変化する機序としては、局所のケモカイン産生に対して骨髄および末梢血液中にある対応するケモカイン受容体を持つ単核球がその局所に移動して、炎症性マクロファージになると考えられている。
マウスでの実験によると、大腸では高脂肪食負荷によりCcl2というケモカインが大腸の腸管上皮から分泌され、Ccr2というケモカイン受容体を持つ炎症性マクロファージが集まってくる。
そこで、実験では2種類のマウスを作成した。つまり①マクロファージのCcr2ケモカイン受容体を欠損させたマウスと②腸管上皮でCcl2ケモカインを欠損させたマウスだ。そしてこれらのマウス①、②ともに高脂肪食を与えた。すると、①、②どちらのマウスも高脂肪食を食べさせても大腸の炎症性マクロファージは増加しなかった。更に、①、②の両マウスとも対照群のマウスと同様に肥満を呈したにも 関わらず、ブドウ糖負荷による血糖の上昇は抑えられ、インスリンの感受性も良好であった。
さらに①の腸管上皮細胞特異的Ccr2ケモカイン受容体欠損マウスでは高脂肪食負荷による血糖値の上昇が30%抑制された。そしてなんと、②の腸管上皮でCcl2ケモカインを欠損させたマウスでは、大腸だけではなく脂肪組織でも脂肪細胞が肥大化しているにも関わらず、慢性炎症が低下した。
それだけでなく、脂肪組織における炎症性マクロファージの浸潤も抑えられたというのだ。
ここで、アダプタータンパクであるinflammasome(インフラマゾーム)に戻る。
高脂肪食を負荷した大腸においてはinflammasome(インフラマゾーム)の活性化が認められたが、①マクロファージのCcr2ケモカイン受容体を欠損させたマウスと②腸管上皮でCcl2ケモカインを欠損させたマウスの大腸では、それらが有意に抑制されていた。
また、inflammasome(インフラマゾーム)に制御される炎症性サイトカインとしてIL1βとIL18があるが、①マクロファージのCcr2ケモカイン受容体を欠損させたマウスと②腸管上皮でCcl2ケモカインを欠損させたマウスの大腸では、コントロールと比較してそれらの炎症性サイトカインの発現が低下しており、それに伴い門脈内IL-18濃度が有意に低下しており、インスリン抵抗性改善の一因になっていると考えられる。
以上の結果から、高脂肪食負荷大腸においては、inflammasomeの活性化が大腸の腸管上皮Ccl2ーマクロファージCcr2経路に制御を受ける事が示唆された。
つまり、これらの結果は、大腸の慢性炎症つまり、炎症性マクロファージを制御すれば、インスリン作用に重要な脂肪組織をはじめとする他の臓器のインスリン感受性をコントロールできるという事を示しているのだ。