能登半島地震の余震が続く中、石川県七尾市の「 恵寿 総合病院」(426床)で、被災地の希望となる新たな命が誕生した。両親は地割れした道路を車で走り、海に面した病院に駆け込んだ。院内に響く元気な産声に、両親や医療スタッフらは喜び合った。(杉本奏)
地震発生から2時間が過ぎた1日午後6時半頃、同病院で急きょ勤務に入っていた産婦人科長の新井隆成さん(60)が1本の電話を受けた。「10分おきに痛みが来ています」。切迫した声の主は、妊娠39週の山田優美さん(35)。すでに陣痛が始まっていた。
悩んだ末、新井さんは院外での出産はリスクが大きいと考え、「到着さえしてくれれば、守ります。とにかく気をつけて来てください」と伝えた。
新井さんによると、山田さんは第1子出産のため昨年11月、東京都から同市に隣接する志賀町の実家に帰り、同病院をかかりつけ医にしていた。救急車を頼むと、救命活動で手いっぱいで「自分で病院へ行ってくれ」と言われた。
病院までの道路は隆起してひび割れもひどく、夫の運転で到着したのは約1時間後の午後7時半頃だった。病院は壁に亀裂が入り、水漏れが発生。産科病棟は足の踏み場もないほど備品などが散乱して使えず、 分娩 は急きょ手術室で行うことになった。
一時は帝王切開をする可能性もあったが、無事に3130グラムの元気な女の子が生まれた。新井さんは「余震も気づかないくらい集中した」と振り返る。気がつくと、翌2日の午前2時を過ぎていた。
「こんな大変な時でも、赤ちゃんって生まれてくるんだ」。そう 安堵 する山田さんを、看護師らが涙ぐみながら「おめでとう」と祝福した。「周りの人が大変な時に、その気持ちを理解して行動できる子になってくれれば」と山田さん。待望の我が子を優しいまなざしで見つめていた。
地震の後、9日現在で同病院は妊婦8人を受け入れ、山田さんを含む3人が出産した。新井さんは「病院のスタッフも被災して長くつらい日々が続くが、大切な命を守り抜きたい」と決意を新たにしている。