会員登録者数 55,000人突破!!

記事・コラム 2026.05.01

神津仁の名論卓説

【2026年5月】日本人の起源、縄文人 その(Ⅻ)アイスマンと背広を着た縄文人

講師 神津 仁

神津内科クリニック

1950年:長野県生まれ、幼少より世田谷区在住。
1977年:日本大学医学部卒(学生時代はヨット部主将、運動部主将会議議長、学生会会長)、第一内科入局後
1980年:神経学教室へ。医局長・病棟医長・教育医長を長年勤める。
1988年:米国留学(ハーネマン大学:フェロー、ルイジアナ州立大学:インストラクター)
1991年:特定医療法人 佐々木病院内科部長就任。
1993年:神津内科クリニック開業。

縄文人がどんな人々なのか、大分分かってきたが、その身体生理についてはどうなのだろう。現代の我々と感染防御の生理学的な仕組みはどのように違うのだろうか?怪我をして出血する頻度も多く、人体への微生物や寄生虫、ウイルスなどの暴露に対して、彼らの免疫機構はどのように働き、縄文人の命を守っていたのだろうか、と疑問が湧いた。

 「縄文人、免疫」と打ち込んでサーチすると、興味深い話題がいくつも出てくるが、その中で「背広を着た縄文人-カタリーベ」というリンクがあった。

ホストの財団法人緒方医学化学研究所常務理事の只野壽太郎佐賀大学名誉教授が、「背広を着た縄文人」を執筆した、鹿児島大学医歯学総合研究科血管代謝病態解析学の丸山征郎教授に話を聞く、というものだ。

国立国会図書館で書籍をコピーする

いつもはAmazonで書籍を検索して購買しているのだが、この「背広を着た縄文人」は検索しても出てこない。ちなみに図書館を対象にして調べてみると、都内に一ヶ所だけこの本を所蔵する図書館が見つかった。それが国立国会図書館だった。

    

世田谷からそれほど遠くはないので、クリニックの休診日に行ってみた。駐車場に車を止め、まずは新館で利用者登録を行い、ID cardを作成してもらった。そのcardで出入館、検索用PCやコピー利用申請、プリンターの利用などが管理される。平日だったが、利用者は多く、新規申請者も私の後に途切れる事はなかった。

 

館内職員は親切で、丁寧に説明してくれたので初めての館内利用だったが、比較的スムーズに利用者登録が出来て大変助かった。書籍は持ち出し不可だがcopyが可能なので、一旦書籍を貸し出ししてもらい、コピー利用窓口に行くと、希望するするページを指示する申請書を渡された。基本は白黒だが、カラーコピーも可能とのことだった。

(A4のコピー用紙に印刷されたものを簡易製本したものが左の写真。右が国立国会図書館のID card)

背広を着た縄文人

 この本の序文によれば、当時のSRL社長であった近藤俊之氏と丸山教授との縁がきっかけで、(株)SRLの八王子ラボにおいて従業員対象に計4回にわたって講演した内容を書籍化したものだという。SRL社長の近藤俊之氏は、昭和51年慶應義塾大学医学部を卒業し、同大小児科に入局。横浜市民病院で臨床医を務めたのち、医系技官として厚生省(当時)保険局医療課、統計情報部衛生統計課に所属した。その後秋田県福祉保健部保健衛生課長、医務薬事課長、厚生省保健医療局健康増進栄養課、精神保健課を経たのち、平成2年に株式会社エスアールエルへ転職、平成7年に代表取締役社長に就任した異色の経営者だ。現在はNPO法人VHJ機構の専務理事を務める。何か面白いものが出来る時には、ケミストリーというか異種なものが混じり合って調和し、化学反応を起こしてそれまでにない視点が生まれる。「背広を着た縄文人」というアイデアも、この講演をきっかけに生まれたのだろうか。

丸山教授が只野教授にそのことをカタリーベで話している。

我々人類は長い歴史の中を、飢餓と怪我と感染症と闘ってきましたので、我々の体は一定期間飢餓状態が続いても、生きていける身体の仕組み、すなわち血糖維持機構を発達させてきました。塩分がなくても、塩分を鋭くサーチして、それを取り込み、一度取り込んだ塩分は身体から出さない機構を創ってきました。脂肪に対してもしかりで、我々は脂肪を“美味い”と感ずるセンサー機構と、一度取り込んだ脂肪は再吸収する仕組みを創り上げて、劣悪な食料時代を乗り越えてきました。怪我に対しても、瞬時に止血するような仕組みを作ってきました。

すなわち血小板も、凝固因子類も大過剰に備わっています。血糖を上げるホルモンは本当にたくさんあり、ありとあらゆるホルモンが血糖を上げるようにできています。このように、人類を取り囲んできた劣悪な環境に対して、完全武装した形で、生き延びてきました。しかしながら、この30年間に急速にヒトを取り巻く環境は激変してきたという意味で、「我々は背広を着た縄文人」というコピーを造りました。

 その際只野教授は「最初の章に5千年前のアイスマンのことを書かれています。怪我と飢餓と感染の中で、そのうち特に怪我が先生のご専門ですが、そのアイスマンの我々に対する教えについて、コメントをいただけませんか」という問いかけをしている。

アイスマン

 1991年9月19日、アルプス登山のルートから外れた場所を歩いていたニュルンベルクからの観光客、ヘルムートとエリカのジモン夫妻は、溶けた雪の下からミイラ化した遺体を発見した。最初はそれが5300年前の遺体とは分からず、通常の山中遭難者として扱われていたが、考古学者が調査したところ、遺体は現代のものではなく、青銅器時代前期の物だと分かった。2012年に初めて実施された解凍調査の結果、瞳、髪の色は茶色、肌の色は白色、身長160 cm、体重50 kg、骨からのデータにより年齢47歳前後、筋肉質な体型だと分かった。血液型はO型、乳糖不耐症の因子を持ち、腰椎すべり症を患っており、腰痛持ちであったという。この男性ミイラは氷河の中で氷漬けの状態で発見されたことから「アイスマン」と名付けられた。5300年前というと、日本では縄文早期から中期の、三内丸山遺跡時代の終わり頃だ。

丸山教授がアイスマンを通して見ていたのは、現代と5300年前とで、人間の生理・生態がどのように違っていたのかという科学的speculationだった。縄文人とアイスマンが生きた時代、極東とヨーロッパという地理的環境の違いはあっても、人体がどのように自然と向き合い、生き延びるためにどのような体内機構を進化させてきたのか、そして、その進化が現代人にとってどのような負荷を与えるようになったのか、その問いに丸山教授が答える対談はとても興味深く、臨床医にとっても非常に示唆に富むものだった。。

丸山教授はこう話す、「このアイスマン氏が物語るように、ヒトの歴史は『怪我』、『飢餓』,『感染』との闘いの連続であったわけでありますが、このことは現代人の諸疾患を理解するうえで大変重要であると私は考えております。すなわち、人間の体は長い『怪我』、『飢餓』,『感染』などの厳しい環境下での生存をかけた壮絶な闘いのなかで、非常に巧みな代謝系を作って今まで生き延びてきたわけであります。しかし、この人間の素晴らしい仕組みこそが、いわゆる『生活習慣病』を生み出す原因になっていると私は考えているわけであります」

怪我との闘いで得た増幅型止血機構

丸山教授はいう、「ヒトの歴史は怪我との闘いの歴史でありましたので、止血の機構が非常に発達しております。例えば,止血系は血小板と凝固因子類の組み合わせで遂行されますが、これらの因子類は表1に示しましたように、実際に止血に必要な量の数倍~10倍も備わっております。例えば、血小板は20万~30万/ulありますが、実際は5万/ulぐらいあったら我々はほぼ出血傾向もなく無事一生を終わることができますし、手術にも耐えることができます。それから凝固因子に関しても、正常を100%としますと10~20%もあったら我々は無事止血できますけれども、実際はそれの5~10倍も備わっております。このように止血系の因子は非常に過剰に準備されているという特徴があります。それに対して,血液凝固を制御するインヒビターに関しては余備能がなくて、例えばアンチトロンビンIIなどは血中濃度が30mg/dlありますけれども、それが20mg以下になってきますと血栓傾向になってきます。このように私たちの体の凝血系は凝固優位,すなわち『過剰防衛型』という特徴を有しておりますが、これはヒトが長い怪我との闘いの歴史のなかで勝ち取ってきた自慢のシステムであることを示しております」

 この自慢のシステムは、血管内皮細胞障害が生じやすい現代人にとっては、血栓形成が生じやすく、脳梗塞、心筋梗塞、慢性動脈閉塞症などの疾患に罹りやすい、という逆のベクトルで人体に傷害作用を生じさせてしまう、諸刃の刃となった。

飢餓に備える

 丸山教授が前述したように、我々の体は一定期間飢餓状態が続いても、生きていける身体の仕組み、すなわち血糖維持機構を発達させてきた。塩分を鋭くサーチしてそれを取り込み、一度取り込んだ塩分は身体から出さない機構を作ってきた。血糖を下げるホルモンはインスリンぐらいで、ありとあらゆるホルモンが血糖を上げるようにできている。血糖を上げて、生きて行動するためだ。

脂肪に対しても、人は脂肪を“美味い”と感ずるセンサー機構と、一度取り込んだ脂肪は再吸収する仕組みを作り、飢餓時代を乗り越えてきた。

丸山教授はいう。「脂肪の蓄え方には2種類あります。一つは皮下脂肪という,女性が皮下に蓄える脂肪の蓄え方で、これは女の人が10ヵ月間という妊娠を乗り切るための蓄え方でありますので、私は、これは10カ月間という定期預金型であり、蓄えたらなかなか引き出せないタイプの脂肪の蓄え方であると考えております。だから女性に皮下脂肪が付くとなかなか痩せられないのはこのためで、これは燃えにくい脂肪であります。それに対して、非常に燃えやすいのが内臓脂肪すなわち、内臓の周りに付く脂肪のタイプであります。これは男が闘争のために蓄える方法で、闘争すなわちカテコールアミンによって燃焼するのですぐ使える蓄え方で、私は普通預金型と呼んでおります。これは基本的には交感神経緊張で燃えます。したがって、それらは闘争のとき、生体を守るようなIL-1とか、TNFなどの炎症性の生体防のサイトカインであるとか、血液を固まりやすくするようなPAI-1とか組織因子(tissue factor)を出しながら燃えるというような形をとりますので、血栓傾向と」飢餓に備え、怪我に備えるという二重の保険をかけていた訳だ。

感染との闘い

我々の体はありとあらゆる感染因子に対して応答し、異物の存在を許さないという仕組みができ上がっている。自然免疫と獲得免疫の両者が機能的に働いて人の細胞と臓器を守っていることは周知のとおりだ。釈迦に説法だが、日本免疫学会のHPに書かれたものが分かりやすいので、理解を助けるために参考にしたい。

まずはprimaryに備わっている免疫機構により、体内に侵入した細菌の感染に対しては、顆粒球やマクロファージといった白血球が細菌を細胞内に取り込んで貪食・殺菌する。

ウイルスの感染に対しては、インターフェロンを分泌し、このインターフェロンを受け取った周りの細胞は、ウイルスに感染しにくいように性質を変えることでウイルスの広がりを抑える。また、ウイルスが感染した細胞は、血液中を流れるNK細胞と呼ばれる白血球によって攻撃され殺される。このように、感染後すぐに戦う免疫の仕組みは、人間がうまれながらに持っている仕組みと考えられ、「自然免疫システム」と呼ばれる。

 しかし、この自然免疫では即応できない多種多様な抗原が地球には存在し、体内に入り込んで傷害をもたらす。おそらく細胞生物が生まれて進化し続けて以来、生命体は地球上で生き延びるために自己を守り、他者を傷害するシステムを作り上げたのだ。

以前2016年の名論卓説のエッセー「感染症の季節に思うこと~抗生物質都市伝説を暴く(Ⅰ)~」で書いたが、バクテリアは2~2.5億年前に抗生物質と抗生物質耐性のメカニズムを発明していた。彼らは人間が抗生物質の存在を知るずっと以前から、長きにわたって抗生物質という『武器』でお互いに殺し合い、抵抗性という盾でこの武器から自分たちの身を守っていた。

我々の体の中には、約1兆個のリンパ球があるとされている。その1兆個のリンパ球は、原理的には一つ一つ違った病原体(抗原)に対抗する能力を持っているという。それはある意味免疫学的アプリオリ(a priori)といっても良いかもしれない。今まで遭遇しなかったが、これから遭遇したとしても、すでにその森羅万象を免疫システムは既知としているとはなんと不思議なことだろう。

麻疹と水疱瘡ウイルスを例にとって説明すると、麻疹専用のリンパ球や水疱瘡専用のリンパ球、新型コロナウイルス専用のリンパ球を我々は既に持っているが、数はとても少ないので直ぐには戦えない。そこで、麻疹に罹ると、身体の中で麻疹専用のリンパ球が増える。その時にBリンパ球が麻疹ウイルスと戦って無害化する「抗体」タンパク質を作る。Tリンパ球は、麻疹ウイルスが感染した細胞を見つけ出して殺すキラーT細胞に変わる。これらの武器を用いることで自然免疫システムでは押さえ込めなかった麻疹ウイルスを撃退する。これが獲得免疫である。

 丸山教授はいう。「マンモスを餌にすることは文字通り生死をかけた闘いの結果であり、そのときには我々は交感神経を全開して、血糖も血圧も脈拍も上げ、そして怪我をしてもすぐ血を止めるよう止血系もスタンドバイ状態にして獲物と闘うわけです。運よく、獲物を倒せた場合には、みんなで分け前を残さず食べて、上げた血糖も血圧もホルモンも全て消費して安らかな休息の時間を得ていたものと考えられます。しかし、現代に生きる我々は色々な場面で上げた血糖値、上げた血圧をもう1回リセットする間もなく過ごしています。世の中全体がストレスにさらされて、みんなイライラしていますし、エネルギーを使わないまま夜を迎えていますから、いつも血糖値、血圧が上がりっぱなしの状態になっています」


そして、あらゆる感染因子に対して応答し、異物の存在を許さないという仕組みは、高血糖状態でたんぱく質にグルコースが結合し、最終産物としてのAGES=advanced glycation end productsが作られ、これが生体内異物とみなされて免疫系の細胞が働き血管壁で炎症が起こってしまう。LDLコレステロールも酸化変性すると生体内では異物として認識されやはり動脈硬化が促進する。人類が飢餓との戦いの中で重装備型の身体の仕組みを武器にして頑張ってきたことが、今度は仇になってアレルギー、自己免疫疾患、膠原病を引き起こすようになった。止血機構は血栓を起こし、ナトリウム保持機構は高ナトリウム血症から高血圧、動脈硬化を促進する。1万年前は人間自慢の重装備機構が、逆に現代社会では健康を害するシステムになってしまった。ただ、ヨーロッパの人類より、縄文人の生活習慣のほうが健康的であることが、我々日本人にとっては救いだ。

大事MANブラザーズの「それが大事」に倣って歌うとすれば、

食べ過ぎない事・飲み過ぎない事・体を毎日動かす
今を健康に生きる時 それが一番大事
食べ過ぎない事・飲み過ぎない事・体を毎日動かす
たまに休んでもいいよ それを忘れなければ

(6月号に続く)

資料