記事・コラム 2023.03.05

中国よもやま話

【2023年3月5日】全国展開可能な中華料理~アメリカザリガニの恵み

講師 千原 靖弘

内藤証券投資調査部

1971年福岡県出身。東海大学大学院で中国戦国時代の秦の法律を研究し、1997年に修士号を取得。同年に中国政府奨学金を得て、上海の復旦大学に2年間留学。帰国後はアジア情報の配信会社で、半導体産業を中心とした台湾ニュースの執筆・編集を担当。その後、広東省広州に駐在。2002年から中国株情報の配信会社で執筆・編集を担当。2004年から内藤証券株式会社の中国部に在籍し、情報配信、投資家セミナーなどを担当。十数年にわたり中国の経済、金融市場、上場企業をウォッチし、それらの詳細な情報に加え、現地事情や社会・文化にも詳しい

中国の国土は日本の25倍もあり、自然環境も多様だ。各地の自然環境に合わせ、人々は食材を調達し、独自の食文化を築き上げた。

中華料理の四大系統“四大菜式”
“八大菜式”“十大菜式”の区分もある

中華料理の四大系統(四大菜式)と呼ばれる大分類には、 “魯菜”(山東料理)、 “川菜”(四川料理)、“粤菜”(広東料理)、“蘇菜”(江蘇料理)があり、それぞれに強い個性がある。四大系統の内部にも違いがあり、中華料理の地域性と多様性は、挙げればきりがない。

このように食文化の地域色が強い中国では、全国展開が可能な料理に限りがある。世界的に有名な北京ダックの名店“全聚徳”も、粤菜地域の広東省などでは、苦戦している。

中国のマクドナルド(中国名:麦当労)
発音は中国の標準語で “マイダンラオ”
広東語では“マクドンロウ”

全国展開できる料理の代表格は、ファストフードを含む外国料理。改革開放とともに、中国に流入した外国料理は、どの地域にとっても目新しく、未経験の食べ物だったことから、ほぼ全国で一様に受け容れられた。中国の少数民族料理も、漢民族の居住地域では、外国料理と似たような扱いとなる。

中華料理として全国展開が可能なのは“火鍋”だ。火鍋と言えば、日本人は激辛な鍋料理を連想するが、これは正確ではない。中国語で“火鍋”とは、鍋料理全般を意味する。日本の鍋料理も、中国人にとっては“火鍋”だ。

中国の火鍋
食材や味付けは多種多様

中国の火鍋とは鍋料理全般なので、味付けは多様だ。辛くない火鍋もある。火鍋は自分の好みに合わせ、スープや食材を選べるので、食文化が多様な中国でも、全国展開は容易だ。だが、火鍋を除くと、全国的に受け容れられる中華料理は、なかなか見当たらない。

こうしたなか、2010年代に全国展開できる食材が“再発見”された。それがザリガニだ。ザリガニは中国語で“小龍蝦”という。

ロブスターが中国語で“龍蝦”なので、“小龍蝦”は「小さなロブスター」という意味になる。 “誇大広告”に感じるかも知れないが、ザリガニとロブスターは、同じく“ザリガニ下目”に属す水棲生物であり、誤りではない。ロブスターはザリガニ下目アカザエビ上科に属し、逆に“海のザリガニ”とも言える。

出前サービスで届いた酒の肴
ザリガニ料理は大人気

中国でザリガニ料理は、長年にわたり一部地域のマイナーな存在だった。だが、中国では全般的に、肉類よりも水産物の方が食材としては“格が上”だ。さらに“小さなロブスター”という美名も手伝い、2010年代の後半になると、全国的なザリガニ料理ブームが到来した。

なかでも2018年にロシアで開催されたFIFAワールドカップでは、中国の人々がサッカーとザリガニに夢中になった。中国はサッカーファンが多いことから、大勢がテレビ中継にクギづけとなり、出前の注文が急増。出前サービス大手の美団によると、ワールドカップ開催期間中の夜間に配達したザリガニ料理は、約6500万匹に達したという。ちなみに、ビールの注文も640万本を超えた。

中国のザリガニは外来種の“アメリカザリガニ”であり、持ち込んだのは日本人だった。

一説によると、日本では1920年代にウシガエルの養殖に使うエサとして、アメリカザリガニが持ち込まれ、全国的に繁殖した。別の説では、1910年代の終わりごろに、食用目的で日本に移入されたという。このほか、米国原産のウチダザリガニという品種が、1920~1930年代に摩周湖などで放流された。背景には食料事情の改善という切実な目的があったのだが、食材としては普及しなかった。

そうしたなか、1929年に日本人が南京付近にアメリカザリガニを移入。中国のアメリカザリガニの歴史は百年に満たないが、現在では長江流域の湖北省を中心に大繁殖している。

スウェーデンのザリガニ・パーティー
“月の男”のランタンを飾るのが特徴

ザリガニは日本では食材として定着しなかった。しかし、欧米には古くからザリガニを食べる食文化がある。フランスでザリガニはエクルビスと呼ばれ、ナンチュア・ソースの原料にも使われる。スウェーデンでは夏の風物詩として、ザリガニ・パーティーが開かれる。スウェーデンのザリガニ料理は、日本でもIKEAなどで食べることができる。

筆者が食べたIKEAのザリガニ料理
(埼玉県三郷市、2018年8月5日)

スペインにはザリガニのトマトソース煮があり、オーストラリアにはミナミザリガニの料理がある。ナイジェリアにはザリガニを原料とした粉末調味料もあるそうだ。戦いの最中にあるウクライナとロシアだが、ザリガニを食べるという共通の食文化がある。

米国ではミシシッピー川流域のルイジアナ州が、アメリカザリガニの産地であり、これを食材にしたケイジャン料理が有名だ。ケイジャンとはカナダから追放され、ルイジアナ州南部に移住したフランス系の人々。ケイジャン料理は“聖なる三位一体”と呼ばれるタマネギ、セロリ、ピーマンをベースにしている点が特徴だ。

筆者が上海で食べたザリガニ料理
(2019年9月1日)

湖北省とルイジアナ州は、いずれも長江、ミシシッピー川という大河の流域にあるうえ、北緯30度付近に位置していることから、日照時間はほぼ同じ。気候区分はどちらも温暖湿潤気候であり、自然環境が似ていることから、湖北省はアメリカザリガニの繁殖に適していた。きっとザリガニ自身も、海を越えた先の大陸に、こんなに暮らしやすい場所があるとは思わなかっただろう。

ザリガニを使ったケイジャン料理

ザリガニは水田で稲と一緒に養殖できることから、農家の新たな収入源となった。中国の“ザリガニ経済”は、21年で4222億元規模。米国原産のザリガニから、中国は恵みを受けている。