記事・コラム 2024.08.01

神津仁の名論卓説

【2024年8月】Food Matrix そのI

講師 神津 仁

神津内科クリニック

1950年:長野県生まれ、幼少より世田谷区在住。
1977年:日本大学医学部卒(学生時代はヨット部主将、運動部主将会議議長、学生会会長)、第一内科入局後
1980年:神経学教室へ。医局長・病棟医長・教育医長を長年勤める。
1988年:米国留学(ハーネマン大学:フェロー、ルイジアナ州立大学:インストラクター)
1991年:特定医療法人 佐々木病院内科部長就任。
1993年:神津内科クリニック開業。

 Matrixというと、キアヌ・リーブスが主人公のネオを演じた映画「Matrix」を思い起こす。映画で銃弾をよけるシーンが話題となった。

© Warner Bros. / zetaimage

 「Matrix」はラテン語の「母」を意味するmaterから派生した語で、転じて「母体」「基盤」「基質」「そこから何かを生み出す背景」などの概念を表す。映画の中では、コンピュータの作り出した仮想現実を「MATRIX」と呼んでいた。

食品の加工

 自然食、ビーガン食など、非肉食、あまり加工せずに昔の調理法で食べるのが健康に良いといわれて久しい。日本食は、その素材の選び方、調理方法が自然で健康に良いという認識が高くなり、「和食」がユネスコ無形文化遺産に選ばれるほどになった。かたや、西洋の近代文化が産んだ加工食品、それはスーパーマーケットで手軽に手に入り、廉価で調理も簡単な食品として消費者に人気を博していたが、最近では、その加工し過ぎて原材料が分からないほどになった食品群(超加工食品)が、健康に悪いのではないかといわれ始めた。

 この表(イラスト)は、食品を加工という側面からあえて4つに分類したNova分類を示している。このイラストを見ていると、超加工食品(Ultra-processed foods)に示されているものって、そんなに問題ありなの?と疑問に思うが、それは日本人の感覚だろう。勿論欧米でも議論のある分類だが、日本という、食の安全を大昔から考え、色々と工夫し調理している、世界でも稀な食文化を持つ国民の感覚からすると、デパートで売られているお惣菜や、弁当屋さんの調理済み食品が不健康な食べ物とは思えない。よくTVで美味しい食べ物の、原材料から加工、調理、保存、包装までの過程を消費者にわかりやすく紹介している番組を見る。梅干なら、紀州の梅の大きさどれくらいと決めたものを丁寧に天日干して、塩は高知の自然製法で作った塩田の塩を使って、砂糖、酢はどれくらいなど、日本人ならではの職人のこだわりが伝わってくる。それを賞味期限内に食べる分には何の問題のない、そう考えていて当然だと思う。

 しかし、世界の食は日本とは違う。材料からして、どこでどう調達されてきたのか分からないものも多く、衛生的に管理されているとは思えないものも多い。調理人や調理器具、調理環境が衛生的であるかは全く分からない。日本の水はキレイで、水道から出る水はそのまま飲料水や調理に使える。しかし、こんな水環境は世界でも稀なのだ。細菌、ウィルス、化学物質による汚染が常に問題となり、太古の昔に海底であった地球のあちこちの盆地に住む人々の使う水は塩分濃度が濃いために飲用に適さない。現地調達した素材が良いものだとしても、調理に使う油や加えられた調味料は、大企業が工業製品として作った、安価で、化学薬品がたっぷりと入ったものが使われる。除草剤、防腐剤が当たり前のように使用され、遺伝子組み換え製品も多くなった。世界中で原材料としての乳を出す牛は、乳をよく出させるためにホルモン剤が投与され、安い飼料で放牧などの手間をかけずに繋がれたまま屎尿にまみれている。感染予防、特に乳腺炎を案じて飼料に抗生物質も混ぜられる。一般消費者はそんなものを食べたり飲んだりしているのだ。例外的に、食品会社やバイヤーの流通に乗らない、すぐに飲んだり食べたりしないと傷んでしまう、freshで美味しいものを原産地の生産者は食べている。最近の日本では、地産地消、生産者から直接仕入れて即日消費者の手に渡る流通システムが使われることで、より安全で安心な食材が一般消費者の手に入るようになった。

Nova分類

 ノバ分類法とは,食品を加工の程度とその目的に応じて類別する方法だ。Novaはブラジル音楽に興味のある人なら聞いたことのあるBossa NovaのNovaだ。Bossaは傾向、流行などの意味で、Novaは新しい、という意味なので、Bossa Novaは新しいブラジル音楽で、Nova分類 (nova classificação)は新しい分類、ということになる。ブラジルのサンパウロ大学の研究者によって2009年に考案された。

 ノバ分類法では,食品を次の4つのグループに区分する。(グループ1)非加工食品または最小加工食品、(グループ2)加工食品原料、(グループ3)プロセスフード(加工食品)、(ループ4)ウルトラプロセスフード(超加工食品,UPF;Ultra-processed foods)。勿論、この食品のグループ分けには、同じ領域の研究者にも賛否両論があるようだが、公衆衛生における、啓蒙的手段として用いられる時、この分類法は分かりやすい指標となっている。

 グループ4に該当するUPFの摂取は、肥満、心臓病、高血圧、メタボリック症候群、抑うつ、がんなどの発症と関連づけられることが、疫学研究により示されており、これらの研究は、UPFの製造は主に食品産業における経済的便益の追求に起因するものだ、と結論づけている。

 Wikipediaの編集者によれば、「このような食品の製造工程や原材料は、低コスト原料、賞味期限の引き延ばし、ブランディングの強調といった要素を組み合わせて、利益を最大化するために利用されている。UPFは、便利で、かつ脳が過剰に美味しいと感じるように製造されているため、ノバ分類法におけるグループ1の食品の座を奪いかねない」と研究者たち、公衆衛生の広報担当者たちは恐れているようだ。その不安が彼らをさらに超加工食品への懸念をかき立てている。

 2014年にはブラジルの保健省が、ノバ分類法に立脚した新しい食品ガイドラインを発布し、カルロス・モンテイロをコーディネーターに任命した。このガイドラインは、「黄金法則」として、「ウルトラプロセスフードではなく、常に自然派の食品を選ぼう。加工は最小限に、新鮮なものを食卓に」といった標語を掲げている。さらに、ノバ分類法に呼応して、以下のような推奨をしている。

  1. 食事の基本原則として、主に植物由来で、自然のものや加工が最小限度に抑えられているもの(グループ1)を選ぶこと。特に、工業的手法によったものではなく、農業的で環境にやさしい方法で作られたものが望ましい。
  2. 油,塩,砂糖の使用は最小限度にとどめて,あらゆる調理方法を創造的に試してみること。
  3. 加工食品の利用は最小限度にとどめること。自然のものや最小加工食品(グループ1)をベースにした食事に対し,調味料や材料として使用することが望ましい。
  4. ウルトラプロセスフード(グループ4)は摂取しないこと。

Ultra-processed foodsはMatrixを破壊する

 The Washington Postに、「溶かし、叩き、押し出す。なぜ多くの超加工食品は健康に悪いのか」という記事が載っていた。一例として、トウモロコシの粒が洗浄され、衛生管理された工場で塩や砂糖を混ぜた水とともに缶に詰められる、というシンプルな加工がなされる場合と、水分が抜かれ、粉砕され、押出機でシート状に加工され、さらに叩いて平にしてチップスの形にカット、そのチップスをオーブンで焼き、油でカリカリになるまで揚げ、最後にチーズ、塩、グルタミン酸ナトリウム、砂糖、人工着色料でコーティングされ、袋詰めされる前に様々なスパイスと調味料が加えられて最終的にスナック菓子になる場合との比較がイラスト入りで紹介されていた。

 そして、最終的に「超加工食品」のFood Matrixが壊されている図が示された。Food Matrixについては、まだまだ研究段階のようだが、胚芽を除いた白米がB1欠乏症を起して健康に悪いように、食用に供するものを丸ごと頂くことの意味が重要なのだろう。次回はもう少し深堀りして考えてみたい。

(次号に続く)

1) ノバ分類法(Wikipedia): https://bit.ly/4cOZBK1

2) Food, Inc.(Wikipedia): https://bit.ly/4fnEMXA

3) A. O’Connor and A. Steckelberg; The Washington Post, June 27, 2023 “Melted, pounded, extruded: Why many ultra-processed foods are unhealthy: https://wapo.st/3LGAZHr