卒業検定1回目
7時間の教習が無事終わると、卒業検定を受ける資格が得られる。私の父の実家が長野県の佐久だという話は以前書いた。400年以上続く旧家であって、実家の裏には一族の墓を守る菩提寺が建てられている。その寺の若い住職は、今時の若い人で、ギターを弾いたり、バイクに乗ったりする。彼も大型二輪の免許を取ってハーレーに乗っていた時期があった、と母の三回忌で話してくれた。「私は一発検定で、11回目に受かりました」と笑っていたから、73歳の私はそう簡単には受からないだろう、と予想はしていた。
1回目の卒業検定は見事に失敗した。予想通り、といえばそうなのだが、受験前にAppleWatchで脈拍を計ってみたら86/min.あった。いつもは60/min.以下なので、やはりかなり緊張して交感神経優位になっていたのだろう。
乗車して次の角を右折するまでは良かったのだが、クランクを出る時に、前輪ブレーキを握ってしまって、パイロンに前輪が当たってしまった。その後、S字を出て直線コースに入り、40km/h走行車線で速度オーバーしてしまったらしい。検定終了後の評価の際に試験官が教えてくれた。ただ、検定前の説明では、「構内の制限速度40km/hですが、この区間は出来るだけ40km/hまで出してください」という話だった。これは、ほとんどの教習がホンダのバイクで行われるためで、教習生が短距離でスピードを上げるのが難しい。それに加えて40km/h走行した後にすぐにパンピングブレーキ操作を行うのだが、このコンビネーションを正しく行える教習生が少ないので、教官はどうしても「まずはきちんと40km/hまで出してくださいね、その後パンピングブレーキで後続車が分かるようにブレーキを掛けてくださいね」と指導することになる。しかし、Harley-Davidson 883はトルクが強く、加速が良いのですぐに40km/hに到達する。私としては、パンピングブレーキのスキルが大事で、その前の加速については、40km/h以上出ていれば良いのだろう、と適当に解釈していた。正直、速度超過で20点減点を取られていたことに驚いたが、2回目の検定に向けての調整に役立つ指摘だ、と思い直した。
その他で注意を受けたのは「他の車両がいなければ、目視で安全を確認すれば、特に強く減速したり停止したりせずにスムーズに走行せよ」ということだった。いつもの教習中はといえば、道路は教習生の乗ったバイクや4輪車で混んでいて、走り出したと思ったら、優先権のある車両が通り過ぎるのを待つためにすぐに停止する、ということが多かったので、検定中の教習所の環境とはまるで違っていたのに戸惑った。後で話を聞くと、普段の教習中はバイク、4輪車合わせて約60台が走行しているとのことだった。卒業検定中はほぼ10台程度だから、どちらかというと、ノロノロと安全を必要以上に確認しながらおっかなびっくり走るより、どんどん走って課題をこなして、バイクを乗りこなしている、という印象を与える方が、試験官の受けが良いのだと理解した。
卒業検定2回目
1回目の失敗を糧にしての、2回目の挑戦は2週間後に決まった。教習中は勿論、1回目の卒業検定を受けるまで、自宅から自転車に乗って教習所に通っていた。停留所は道路交通法上設けられてはいないのだが、駒沢大学の前にある「ほっともっと」の前に送迎バスが来る。1分ほど停車するので、そのバスに間に合うように荷物を背負って自転車で通うことにした。自宅から駒沢大学前までは、自転車で20分弱の行程だ。多少のup downがあるが、ギア付きの自転車なのでトレーニング代わりになると思っていた。
しかし、トレーニング代わりに乗っていた自転車が、実はバイクのスキルにはマイナスだということが分かったのは後になってからだった。1回目の卒業検定の失敗を反省してみると、最大の要因はバランスを崩すと直ぐにフロントブレーキを握ってしまうことだと分かった。それは試験官の評定の際にも言われたことだった。
ではなぜ右手のフロントブレーキを握ってしまうのか。分析してみて分かったのは、自転車に乗った後にバイクに乗ると、自転車のブレーキを掛ける癖が残ってしまっている、ということだった。ご存じのように自転車では、前輪、後輪共にハンドルに付いている両手のブレーキレバーを握る。日本では、通常右手のレバーが前輪、左手のレバーが後輪ブレーキになっている。自転車では右手のブレーキレバーを汎用するが、それは右レバーが前輪のブレーキで、制動を掛けた時に前輪が道路面により強く接地してよりよく止まるからだ。バイクは右手の前輪ブレーキと右足の後輪ブレーキを使う。
ほとんどの車種の自転車にはないが、バイクには重い車体を安定させて走行させるために、サスペンションが付いている。高速で走る車輪に当たる衝撃を吸収するためだ。そのため前輪ブレーキを掛けると、重いバイクの車体が前方に傾く。バイクはスピードがついていないと真っ直ぐに走らない。前輪ブレーキが掛かったバイクは、タイヤが強く道路と接地してハンドル操作がしにくくなり、その上スピードが落ちてバランスを崩す、当然バイクは倒れてしまうのだ。リアブレーキを踏んで半クラッチで動力を車輪に伝えながら走ればバイクは安定した走りをしてくれる。自転車では好んで使われる右の前輪ブレーキは、バイクでは禁なのだ。自転車を降りてすぐにバイクに乗ると、右ブレーキの脳の回路の働きが残っていて、ついついバイクでも右の前輪ブレーキを握ってしまう、brain circuit障害を生じているのだ。
これが分かれば、右ブレーキを使わないようにすれば良い。私は右手を握りグーを作って、左手は半クラッチモードでニギニギを繰り返す動作を早速始めた。これを1週間続け、2回目の検定の時には自転車は使わず、車で家族に送ってもらった。送ってもらった車の中でもグー、とニギニギを繰り返して。。あと大事なのは臍下丹田に力を入れてknee gripし、肘を軽く曲げて前傾姿勢を保つ。
検定合格のためのイメージトレーニング
学会や医師会の仕事は、年齢的にお役御免になったのでそちらは大丈夫なのだが、外来診療をしながら、個人的な用事(例えば母の三回忌など)をこなして教習や検定のスケジュールを作るのは結構難しい。本来なら、短期集中的にやって、バイクの勘、skillが低下しないうちに最終段階で卒業検定まで行くことが望ましい。しかし、それが出来ないとなると、イメージトレーニング、自宅でのシミュレーション訓練をするしかない。そのために、検定コースを想定した運転操作を言語化し、これをWordに書いた。シミュレーションをする時には、この原稿を読み取り機能を使って音声で流し、その音声に従ってオットマンの足の部分をバイクに見立てて跨り、身体を動かした。これは結構優れもので、何回もやると、自然に脳の中に検定コースが出来上がった。また、YouTubeに徳島の教習所の教官が作って載せてくれている動画を繰り返し見ることで、バイクに乗れないハンデを克服しようと頑張った。特に苦手のクランクについては、延々とクランクだけを通るイメージ動画を見ることで、脳に仮想現実が作られ、実際の検定に役に立った。
ここで、私が書き留めた走行中に必要な注意点を書いたものを残しておこう。私の通った教習所では、Aコース、Bコースの2パターンがある。14番まではAとBは同じコースだが、15番からは踏み切りに入る方向が逆になる。それ以後の特別課題は同様だ。図の上に書かれている線が走行ライン。私がやったようにWordにコピー&ペーストして、読み上げ機能を使って声を聞き、指でなぞってもらうと仮想現実を味わってもらえると思う。
- まずは安全確認。目視で後方確認を。確認したら、スタンドを払い乗車。キーをオンにしてエンジンをかける。右折信号を出し、右後方確認して発進。横断歩道の手前で右折信号を出して中央線に寄る。
- 右折信号を出したまま、11丁目で右折。星印の直ぐそばを曲がる。前輪が触らないギリギリを通る。short cutにならないように。安全なら遅滞なく進行。右折信号をoffする。
- 交差点で左右確認し、安全なら遅滞なく進行。
- 車線左側を進み、左折信号を出し、止まれの標識、白線の手前で停止。右からの車両を確認し、徐々に頭を出す。
- 左折する時に、縁石近くを丁寧に曲がる。膨らまないように。
- 左折信号を出したまま、1速で早すぎず遅すぎずにスピードをコントロールし、クランク入り口の右側コーン近くを曲がる。後輪ブレーキと半クラッチを上手く使い、S字を描くように大きく回り、ハンドルを動かし身体は傾けずに曲がる。短い直線でクラッチを繋ぎ、曲がるときは後輪ブレーキと半クラッチをうまく使う。目線は少し遠くを見る。
- クランク出口で一時停止し、右折信号を出し、左右を確認する。中央線側に寄って、信号に従って右折する。車線左側を進み、左折信号を出し、止まれの標識、白線の手前で停止。右からの車両を確認し、徐々に頭を出す。
- 左折する時に、膨らまないように縁石近くを丁寧に曲がる。
- 左折信号を出したまま、短い直線の後に、S字コースへ入る。入り口のコーンの外側から入り、S字は身体を傾けてゆったり回る。
- S字コースの出口で一時停止。左右を確認して、右折信号を出し、右折する。
- 左信号を出して左車線の坂道の途中のポールの横に停車する。
- 右信号を出し、右後方を確認して、ゆっくりと半クラッチから発進。頂上に来たらエンジンブレーキを使って徐行して下りる。坂を下りて一時停止し、左右を確認して安全なら右折する。右折後は車線の中央に寄り、止まれで白線の少し手前で止まる。3秒止まったらもうすこし先に出る。左右を確認する。
- 左右の安全を確認したら、右折して、直線を40km/hまで速度を上げ、パンピングブレーキで速度を落として、カーブは1速で曲がる。
- 河川側の直線を走り、3丁目の手前で右折信号を出し、安全を確認し、交差点の真ん中を曲がって、その先の車線左側に寄って止まれで停止(6丁目)。左折する時に、膨らまないように縁石近くを丁寧に曲がる。
- しばらく直進し、カーブ手前で1速に落とし、4丁目の手前で左折信号を出す。
- 左折後、右信号を出して中央線側に寄り、踏切で一時停止。左右確認を行い、ゆっくりと発進。
- 大通り手前で右中央線寄りに停止し、左右確認後安全を確認して右折。
- 車線左側を通行し、左信号を出して急制動コースへ入る。
- 前方に車両がいなければ、そのままコースに侵入する。3速までギアを上げ、40km/hになったら、コーンの手前バイク二つ分くらいでアクセルを戻し、コーンの位置で、手足両方のブレーキをかける。足4手6くらいの力配分をする。乾いた路面では11m二本目の線で止まる。雨の時は14m三本目で止まる。ギアを戻すのは停止してからで良い。
- 急制動コースを抜けたら、右折信号を出して停止し、右後方を確認して安全なら発進する。
- Keep leftのまま35km/h程度で川沿いの通りを進行。障害物を右折信号、次に左折信号で回避し、波状路へ進む。
- 波状路に入るために左信号を出し、10m以上手前でバイクから腰を上げて立ち姿勢となる。この時に右足がフットブレーキを踏まないように注意する。
- 波状路には早すぎず遅すぎないスピードで入り、半クラッチで乗り越える。スピードが遅い場合はクラッチを断続的に繋いでスピードを確保する。
- 波状路を終了したら、大通りに戻るために右信号を出して右方の安全を確認し、走行車がなければ止まらずに車線に入り、keep leftで平均台コースまで進む。
- 平均台コースが近づいてきたら、左信号を出してコースエリアに入り、平均台手前の白線で停止する。
- 前方に車両がいなければ、ゆっくりと平均台に乗る。クラッチは半クラッチの断続で、リアブレーキを踏みながら、スピードをコントロールして10秒で渡り切る。ハンドブレーキは触らない。頭を前に傾けて、腕が軽く曲がるように、肩の力を抜いて、knee grip!目線は少し遠くを見てハンドルをこまめに動かしてバランスを取る。速度が落ちたらクラッチをつなぐ。
- 平均台の後のスラロームは、スラロームの入り口にある2本のコーンの左側から入り、次のコーンで軽くリアブレーキを掛けながら、車体を傾けて、すぐにアクセルをつないで次のコーンで軽くリアブレーキを掛けて車体を傾けてすぐにアクセルをつないで最後のコーンを通過する。コース取りを優先に。アクセルを使うか、クラッチを断続的に繋げてスピードを得るかは入り方次第。
- 最後は左ウインカーを出して、右後方確認し、ポールの横に白線から離れて停車。ニュートラルに戻して、エンジンを切って、後方確認して降車する。スタンドを立て、ハンドルを左に切って、車体から離れる。白線を踏まない。
- 後輪ブレーキをうまく使う人ほどうまく走る。前輪ブレーキをかけると右足がつきやすくなる。
- 出来るだけ後輪ブレーキを使う。カッコよく乗る。
合格
最後に、皆さんに卒業検定合格と、大型自動二輪免許取得の報告をしたい。夢は叶った。
以前は、年齢と共に人間の生理機能が低下するのは必定で、それは仕方のないことと思っていた。今は年齢が問題ではなく、年齢を理由に努力しなくなる事なのだと思い始めている。合格した日に、ドライビングスクールの教官に「73歳でHaley-Davidson 883に乗って検定合格した人が今までいますか?」と聞いてみた。
「私が知る限り、いませんね」と、教官はしばらく考えて答えた。
もしかすると、ギネス級の偉業かもしれない。Never, ever give up!。
<資料>
- 卒業検定前に見て欲しいクランクイメトレ 【 徳島中央自動車教習所 】:https://www.youtube.com/watch?v=3I3c46v3nLE