記事・コラム 2023.04.01

神津仁の名論卓説

【2023年4月】メディカル・トリビア Ⅳ ~D-Mannose その2(細菌の会話を聞いてみる)~

講師 神津 仁

神津内科クリニック

1950年:長野県生まれ、幼少より世田谷区在住。
1977年:日本大学医学部卒(学生時代はヨット部主将、運動部主将会議議長、学生会会長)、第一内科入局後
1980年:神経学教室へ。医局長・病棟医長・教育医長を長年勤める。
1988年:米国留学(ハーネマン大学:フェロー、ルイジアナ州立大学:インストラクター)
1991年:特定医療法人 佐々木病院内科部長就任。
1993年:神津内科クリニック開業。

 長崎大学熱帯医学研究所臨床感染症学分野の教室紹介には「1974年(昭和49年)に熱帯医学研究所臨床部門の教授として東北大学より赴任した松本慶蔵現長崎大学名誉教授が、附属病院熱研内科の科長を兼任したことにより、はじめて熱帯医学研究所臨床部門(現在の臨床感染症学分野)と長崎大学医学部附属病院熱研内科(現在の感染症内科)の一致体制が確立されました」と書かれている。感染症領域では有名な研究者だが、その洒脱な語り口は聞く人を引き付ける魅力がある。その松本慶蔵先生を世田谷区医師会にお呼びして、2004年10月22日に抗菌薬の話をお聞きしたことがあった。実家は有名な日本酒「一ノ蔵」の蔵元ということで、懇親会の席で一ノ蔵をオーダーされていたのを思い出す。

 もう20年も前のことだが、この講演会で松本先生が緑膿菌のquorum sensing(クオラムセンシング効果)、細菌同士のcross talkのことをお話しされた。私はこれらの耳新しい言葉に魅了されたものの、細菌学の知識が乏しかったために、その内容について詳しくお聞きすることはできなかった。

 このcross talkをエリスロマイシンが遮断することで緑膿菌が作るbiofilmを壊し、びまん性汎細気管支炎(DPB)患者の排痰を楽にする、ということを日本医大の工藤翔二先生が発見し、現在も行われているエリスロマイシン少量長期投与療法が確立したという話も興味深く拝聴し、皆で首肯したことを思い出す。ただ、その頃はこれらのscientificなbackgroundについての知識は全くといって良いほどなかった。

細菌同士の会話

 quorum sensing、cross talk、biofilmという細菌用語からは、細菌同士が会議を開いてコミュニケーションをしていて、必要に応じて自分たちの身を守るためにバリアを作ってコミュニティを維持している、というイマジネーションが湧いてくる。今の医学部教育では分からないが、我々が学生の時には、細菌学の講義でそのような話を聞いたことがなかった。

 Wikipediaによれば、「クオラムセンシング(英語: quorum sensing)とは、一部の真正細菌に見られる、自分と同種の菌の生息密度を感知して、それに応じて物質の産生をコントロールする機構のこと。日本語では『集団感知』などと訳されることがある。quorumとは議会における定足数(議決に必要な定数)のことを指し、細菌の数が一定数を超えたときにはじめて特定の物質が産生されることを、案件が議決されることに喩えて名付けられた」とある。ではどうやって細菌同士が意見交換し、同意に基づいて集団行動を起こすのだろうか。

 この細菌同士のcross talkに利用される化学物質がpheromone(フェロモン=動物や微生物が体内で生成して体外に分泌後、同種の他の個体に一定の行動や発育の変化を促す生理活性物質)である。昆虫も個体同士の情報伝達にこのpheromoneを用いているようだ。

 そういえば、以前2016年12月のエッセー「感染症の季節に思うこと~抗生物質都市伝説を暴く(Ⅰ)~」で触れたが、Dr. Brad Spellbergはこう書いている。

神話1:20世紀になって初めて人間が抗生物質を発明した

 臨床の場で安全かつ効果的に使用された初めての抗菌薬は、1931年に合成されたサルファ剤のプロントジル(prontosil rubrum)である。しかしながら、プロントジルは最初に発明された抗菌薬ではなく、人間もまた最初の発明者ではなかった。

 遺伝解析によれば、バクテリアが2~2.5億年前に抗生物質と抗生物質耐性のメカニズムを発明していた。バクテリアは、我々が抗生物質の存在を知るまでの20万倍もの長きにわたって抗生物質という「武器」でお互いに殺し合い、抵抗性という盾でこの武器から自分たちの身を守っていた。

 産生側が利益を得て、受容者にはメリットがなく、害もある情報フェロモンをallomone(アロモン)というが、ここでいう「武器」にはこれも含まれるだろう。

クオラムセンシングとその仕組み

 pheromoneの中で、特別にクオラムセンシングに関与する、ということからquormone(クオルモン)と名付けられた物質は、autoinducer(オートインデューサー)とも呼ばれる。細菌はquormoneのやりとりによって、自分と同種の細胞が周辺にどれくらいの菌数、密度で存在しているのかの情報を感知する。その情報に基づいて、細胞内で転写制御因子に働きかけ、特定のタンパク質の合成を促進する。quormoneは菌体外に分泌され、それが他の細胞内に取り込まれることによって、その細胞にも作用するのだ。

 少数の菌だけが生息している環境では、細胞内で合成されたautoinducer(quormone)は細胞外に拡散し、結果的に細胞内の濃度は低くなる。このような環境ではautoinducer(quormone)による転写促進はあまり強く働かない(上の図で左図)。

 しかし多数の菌が集まって生息している環境では、これらの菌が環境中にautoinducer(quormone)を分泌するために環境中の濃度が上がり、細胞内の濃度も上昇する。

 腸内細菌(大腸菌を含む)などグラム陰性菌の多くでは、N-アシル-L-ホモセリンラクトン(AHL)類と呼ばれる物質がautoinducer(quormone)として働くことが明らかになっている。そして、その濃度が一定以上になったときにクオラムセンシングによって制御されている特定の物質、さまざまな酵素や毒素の産生が起きる。Biofilm、病原性大腸菌の毒素もその一つだ。

 言い換えると、細菌はある程度以上の菌数(密度)に増殖するまでは、特定の物質産生を抑え、その後、十分な菌数が確保された時点から、その物質産生を行うことで、環境中での自らの生存や増殖が有利になるようにこの機構を利用していると考えられる。このシステムはエネルギーの温存という面でも利点があるだろう。

 一個一個の細菌は弱いため、菌数が少ない段階ではあえて目立った行動を起こさずに増殖を続け、それが多数に増えて安定した増殖が見込める状態になったら、クオラムセンシングを行って、機を逃さずに一気に繁殖するという戦略をとっているのだ。緑膿菌の日和見感染(健康な動物では感染症を起こさない弱毒微生物・非病原微生物・平素無害菌などが原因で発症する感染症)はその代表的なものだ。

クオラムセンシングの新知見

 最近の研究では、環境中へのquormoneの拡散によるクオラムセンシング以外に、数ミクロンしか離れていない細菌同士が交信する、short-range quorum sensingが行われていることが分かってきた。近接した細菌の状況を感知し、bacterial conjugation(細菌接合)によって、プラスミド(染色体DNAから物理的に分離している、独立して複製することができる細胞内の小さな染色体外DNA分子)を、個体Aから個体Bへと移すことが出来る。この現象は遺伝子水平伝播といわれ、薬剤耐性遺伝子がコードされているプラスミドが、接合により薬剤耐性のある個体(供与菌donor)から薬剤感受性の個体(受容菌recipient)に複製されると、受容菌にも新たに当該薬剤の耐性が付与される。病原性因子も可動遺伝因子(Mobile genetic elements)の一つとして水平伝播される。「朱に交われば赤くなる」の例えは、細菌に対しても当てはまるのだ。

バイオフィルム

 バイオフィルム(Biofilm=菌膜)とは、固体や液体の表面に付着した微生物が産生する生物膜のことだ。上の図のラップのような薄い膜がそれで、バイオフィルムの成分はほとんどが高分子の糖、菌体外粘性多糖体(EPS=extracellular polysaccharide)である。身近な例としては、口腔内の歯垢や台所のヌメリなどがある。自然界にも広く存在し、岩石や堆積物、堆積物粒子、植物、大型藻類の表面など、あらゆる場所に存在している。

 EPSはバリアーや運搬経路の役割を果たし、環境変化や化学物質から内部の細菌を守っている。本来弱毒菌である緑膿菌が、宿主の免疫機構や抗生物質治療に抵抗して生き残るために、クオラムセンシングを行ってbiofilmを作りその中に立て篭り、機を見てexotoxin Aなどの毒素や溶血素、LasB elastaseなどのprotease(タンパク質分解酵素)を排出して宿主の細胞や防御システムを傷害する。バイオフィルムという盾で身を守り、敵がひるめば毒素という剣で相手をやっつける、細菌はひとつ一つがwarriorのようだ。

 ちなみにバイオフィルムの形成を抑制するには、物体表面の清浄を保つことが第一である。加えて食品添加物の中では、界面活性剤のショ糖脂肪酸エステルに食中毒菌のバイオフィルム形成抑制活性があるとされている。また緑茶に含まれるpolyphenolである没食子酸エピガロカテキン (EGCG= Epigallocatechin-3-gallate) には大腸菌のバイオフィルム形成抑制活性があるとされている。

 尿路病原性大腸菌が、膀胱上皮細胞の中でクオラムセンシングを行って住み続ける生態を理解することで、そのシステムを壊す何らかの方法が見つかるはずだ。次回はその詳細について調べを進めていくことにする。

(5月号に続く)

<資料>

  1. 長崎大学http://www.tm.nagasaki-u.ac.jp/internal/about/history.html
  2. Andrea Hertlein “Recurrent Urinary Tract Infections: What’s Good Prophylaxis?”https://www.medscape.com/viewarticle/983272
  3. 一ノ蔵https://ichinokura.co.jp/product
  4. クオラムセンシング(Wikipedia)https://ja.wikipedia.org/wiki/クオラムセンシング
  5. バイオフィルム(Wikipedia)https://ja.wikipedia.org/wiki/バイオフィルム
  6. 公益財団法人腸内細菌学会(中山二郎)「クオラムセンシング(quorum sensing)」https://bifidus-fund.jp/keyword/kw029.shtml
  7. フェロモン(Wikipedia)https://ja.wikipedia.org/wiki/フェロモン
  8. クォルモン(Wikipedia)https://ja.wikipedia.org/wiki/クォルモン
  9. 細菌も会話する(情報伝達)http://www.infonet.co.jp/ueyama/ip/episode/bacteria.html
  10. Jordi van Gestel: Short-range quorum sensing controls horizontal gene transfer at micron scale in bacterial communitieshttps://www.nature.com/articles/s41467-021-22649-4
  11. 佐賀大学「緑膿菌」https://www.microbio.med.saga-u.ac.jp/Lecture/kohashi3/part7/
  12. Regine Hengge; Targeting Bacterial Biofilms by the Green Tea Polyphenol EGCGhttps://www.mdpi.com/1420-3049/24/13/2403/htm
  13. Jordi van Gestel et.al.: Short-range quorum sensing controls horizontal gene transfer at micron scale in bacterial communities. Nature communications, 2021.https://www.nature.com/articles/s41467-021-22649-4
  14. プラスミド(Wikipedia)https://ja.wikipedia.org/wiki/プラスミド
  15. 接合(Wikipedia)https://ja.wikipedia.org/wiki/接合