記事・コラム 2022.11.01

神津仁の名論卓説

【2023年1月】メディカル・トリビア II ~weighted blanket~

講師 神津 仁

神津内科クリニック

1950年:長野県生まれ、幼少より世田谷区在住。
1977年:日本大学医学部卒(学生時代はヨット部主将、運動部主将会議議長、学生会会長)、第一内科入局後
1980年:神経学教室へ。医局長・病棟医長・教育医長を長年勤める。
1988年:米国留学(ハーネマン大学:フェロー、ルイジアナ州立大学:インストラクター)
1991年:特定医療法人 佐々木病院内科部長就任。
1993年:神津内科クリニック開業。

 2022年の春頃から、変な音がするようになった。それは我が家のドライエリアからのもののようだった。日によってその周期は違うようだったが、大体20分から40分に一回、鉄の板を何かで叩くような、乾いたカターン!という音がして、窓を開けていると家の中までその音が響いてきた。

 ドライエリアには、雨水や浴室の排水を排水溝に流すための組み上げポンプが付いていて、ある程度水が溜まると浮き球が動いてポンプが作動する。大体は正常に動いているのだが、一度に水量が増えて水面が急に上がると、浮き球の位置が大幅にずれて配管に絡みつき、排水が終わったのにもかかわらず、排水ポンプがシューッ、シューッ、と動き続ける不具合が生じる。夜中までそれが続くと、さすがに近所迷惑になるので、ポンプ屋や工務店にお願いして直してもらう事が度々あった。浴槽の定期清掃の時に、排水栓を開放して大量の水が放出される時にもそれが起きるようなので、ゆっくりと排水して欲しい、と業者にお願いしたことがある。

 今回のカターンという異音は、それとは明らかに違っていた。工務店の人に見てもらったがポンプは問題なく動いているようだった。さらに、貯水槽のカバーを外してもらって、どこに原因があるのかを探ってみた。

 カターンという音が鳴るたびに、ポンプの、止水弁とその先の排水管全体が、音と同時にブルブルと震えている。排水管を触診すると、その揺れが手に伝わった。しかし、私には心臓や僧帽弁、大動脈の解剖・生理は分かっていても、排水ポンプ、止水弁や排水管の知識は全くないので、「ここらへんが悪そうだ」という当たりはついたが、それ以上の「病的所見」を見出すことはできなかった。

 とりあえず、ここまでの所の状況をポンプ施工してくれた業者に説明して、さらに精査をしてもらいたいとお願いした。しかし、その後工務店の人から連絡があり、「ポンプ屋には『特別何も起きないからそのままで様子を見て欲しい』といわれました」と、しばらくは様子見だという。しかし、ドライエリアは隣のアパートのすぐ目と鼻の先にあって、24時間この異音が続いているので、昼間は出勤していて留守としても、夜この異音が鳴り響くのでは、住んでいる人からクレームが来てもおかしくない。私は内心冷や冷やしていた。

 夏になると、今年の夏は暑かったので、エアコンをつけて窓を閉め切る事が多くなったからか、多少は気にならなくなった。夏は地表の空気が温まって上昇することから、音も上に抜けていくらしく、大音量のカターン、カーンという音が弱まったように思えた。しかし、暑さが和らいで窓を開放する機会が増えると、このカターンという音がまた気になり始めた。

 この頃、iPhoneのリマインダーを始めてSiriを頻繁に使うようになった。何かの拍子で、walkingしている時に「Hey Siri、排水管にカーンという音がするのはどうして?」と聞いてみた。すると「こちらが見つかりました」と”Water Hammer”についての資料を開いてくれた。早速自宅に帰ってWebで検索してみた。Wikipediaを引くと、「水撃作用(すいげきさよう)またはウォーターハンマー(英: water hammer)とは、水圧管内の水流を急に締め切ったときに、水の慣性で管内に衝撃と高水圧が発生する現象である。弁の閉鎖や配管の充水時、ポンプの急停止といった急激な変化によって生じる」とある。そうなのだ、あの異音は高水圧によって生じたエネルギーが音エネルギーに変換されて、さらに排水ポンプ、排水管全体を揺さぶる振動を生じていたのだ。

 このwater hammer現象は欧米ではよく知られた現象なのだが、日本ではあまり知られていない。ちなみに、この現象を詳細に解説しているサイト(集合住宅管理新聞”Amenity”)があるので引用してみたい。

 「ウォーターハンマーってなに?」
キッチン、浴室、洗面所等で「ドン!」、「ガン!」、「コン!」あるいは「ゴン!」、「パシッ!」、と聞こえる「原因不明の異音や衝撃音」の経験はありませんか。また、原因不明の漏水や、シャワーの温度が急に変化したり、給湯器のセンサーが破損し修理を依頼されたことはありませんか。

 これらは全てウォーターハンマー(水撃)現象により発生する音や現象で、シングルレバー水栓器具や大型全自動洗濯機、食器洗浄器等の快適さや利便性を追求した水・湯の急閉止を伴う水栓器具や電磁弁を内蔵した家電製品が急速に普及したことが原因として上げられます。更に近年、建築物の高層化、高台への建築、3階建て住宅の普及、住居密度の増加等により、各自治体は給水圧力・給水量を増やさざるを得なくなりつつあり、今後ますます増加する問題です。

「ウォーターハンマー現象発生メカニズム」

 ウォーターハンマー現象はこれら機器の急閉止により、配管内の水や湯が瞬間的に停止させられることによって、流体の運動エネルギーが逃げ場を失い、圧力エネルギーに変換され、配管内に急激な圧力上昇(水圧変動)を招き「過大圧力波」(衝撃波)が発生します。

 この圧力波は配管や流体を通して瞬間的に遠方に伝播される為(水の場合、秒速千四百メートル以上)、原因不明の異音が原因となる機器以外の場所で発生し、戸建住宅での酷い場合ですと道を隔てた隣家に及ぶこともあります。

 集合住宅の場合、生活リズム、考え方の異なる上下両隣を含む隣家との原因不明の騒音・振動トラブルを含む為、精神的な苦痛からノイローゼになるケースも多々報告されており、最近の「キレやすい」個人の増加もある為、圧力変動を抑制する耐久性のある水撃防止器による恒久的な対策が必要とされています。
一般的にハンマーで叩いたような音がする為、ウォーターハンマー現象と呼ばれています。

 「ウォーターハンマー現象を放置すると」
ウォーターハンマー現象を放置すると、水撃発生の原因である配管内の急激な水圧変動は配管を振るわせる「加振力」となり、配管の固有振動数と一致して共振現象を発生させます。この共振現象は衝撃的で、発生する振動は非常に不快な衝撃音を誘発させ、この衝撃や振動を連続して経年的に供給した場合、配管やそれに接続されている器具や機器、給湯器等の各種センサー類に損傷を与え、漏水事故をも誘発させます。

< 水撃現象発生の3要素 >
  水撃現象が発生する基本条件は次の3つです。

  1. 一定以上の配管長
  2. 一定以上の流量・流速
  3. 急閉止を伴う器具もしくは急閉止行為

 また、配管の曲げの位置や数が多く角度が急でも発生しやすくなります。1の配管長は、水は質量のある非圧縮性流体の為、配管中の水の絶対重量と慣性の法則の為、重い車が急に止まれず衝突の衝撃が大きくなるのと同様です。2の流量と流速も車に喩えると、スピードが速ければ停車距離が伸び、また、止まった時の衝撃が強くなるということです。以前、給水圧力が高くなると発生しやすくなると書きましたが、圧力が高ければ流量も速度も速くなる為です。3の急閉止を伴うシングルレバー水栓は、現在は地震等で上から物が落ちた場合も考慮し、全メーカーが下げたら止まる方式に統一しましたが、このレバーをゆっくり閉めれば水撃は発生しませんが、利便性追求しレバー式にしたのですから遅く閉めることを強制するには無理があります。器具内部に緩閉止機構を付けたのもありますが、部品が増え故障率が高く製品寿命が短いのが欠点です。この為、単純構造のシングルレバー水栓器具と小型水撃防止器「メゾン2」や「小無騒」(こむそう)をセットで取付けたり、クレーム対策用に公共集合住宅や大手マンションメーカーでの採用が増えています。3の急閉止を伴う機器の代表で、水撃発生原因の約半数を占めるのが電磁弁を内蔵した全自動洗濯機ならびに食器洗浄器です。緩閉止の電磁弁を採用したメーカーもありましたが、耐久性が劣り故障が多発し、採用を中止しました。他にシャワーとカランの瞬間切換型は水撃を起し易く、予め耐久性のある水撃防止器をこれら器具の近くに取り付けることを推薦します。

 このことを工務店やポンプ業者に伝えてから数週間後、我が家は大惨事に見舞われた。
「院長!緊急事態です!」と事務長から連絡が入って、ドライエリアに行ってみると、いつもは全く水気のないドライエリアが、5cmほど水没していて、もう数センチで床上浸水という危険な状態になっていた。どうも、排水ポンプが働いておらず、排水するべき雨水などが逆流して湧出してしまっていた。くだんの工務店に連絡をしたが、排水ポンプを用立てるのに数時間かかるという。仕方なく、バケツで何十杯と汲み出して車庫の排水槽に流すことにした。不幸中の幸いで、そちらの排水ポンプはしっかりと働いてくれていた。

 結局、water hammer現象によって排水管の継ぎ目が緩み、最終的にそれがスッポリ抜けてしまったらしい(黄色矢印)。さらに悪いことに、ポンプを停止するために働く赤い浮き球が、外れた配管に絡まって停止位置で止まってしまった。ポンプの電源は入っていても、onにならないのだ。数時間後に駆けつけてくれた工務店のスタッフが、排水ポンプで水を汲み出し、現状を確認してくれてそれが分かった。応急処置として、排水管が再び抜けないように支持板を噛ませてくれたが、原因であるwater hammer現象を緩和・防止する治療が為されなければ、同じ事が繰り返され、しかも近所迷惑な異音を解消させる事が出来ない。

 今回のことは、医療についても同じことがいえる。早期発見、早期治療が為されないと、病気は重症化し、取り返しがつかなくなる。後手に回るのでは患者を回復させられない。これから、関係業者が我が家の大災難にどう対処してくれるのか、water hammer現象が病因と診断した私は興味津々なのだ。

 (追記)このエッセーの原稿をくだんの工務店の社長に見せたところ、かなり詳細に今回の災難の原因について調査してくれた。その結果、排水管にはwater hammer現象は起きないこと、異音は排水管内に設置された止水弁にかかる排水圧によって、弁が閉まる時に生じていること、その逆流圧が長い間止水弁を押し続け、その圧に耐え切れずに、ジョイント部分の接合部が外れてしまったのではないか、ということだった。今後どのように対処するかは検討中だが、止水弁の金属部分をゴム製部品に変更し、ジョイント部分を金物にする案が出ている。出来るだけ早期に改善策が実行されるように願いたい。

 (追記の追記)その後、この近隣の水道工事が始まってから、あの不快な異音がパタッと止んだ。くだんの工務店の社長と話しをしたところ、water hammer現象は給水管でしか起きないと説明されていたのだが、稀に排水管においても起こる、とどこかに書いてあったという。それは、長く伸びた排水管のどこかに詰まりがあったり、排水管の末端が開放されておらず、例えば水中に埋没して排水管内全体が水で満たされて密閉空間になっていた場合、給水管で生じるwater hammer現象が排水管でも起きるのだという。それが、ここのところの近隣の水道工事で改善された可能性がある。道路工事であちこち車が通れないのは困りものだが、我が家にとってはその工事が福をもたらした、というわけだ。臨床医学でも稀な症例、というのはある。もしかしたら、この「排水管で生じたwater hammer現象」は症例報告ものかもしれない。

<資料>

  1. 浄化槽排水ポンプ交換https://bit.ly/3f3wMAW
  2. ウォーターハンマー対策(その1)https://bit.ly/3D29e7l
  3. ウォーターハンマー対策(その2)https://bit.ly/3SyT9f4
  4. ウォーターハンマー対策(その3)https://bit.ly/3soHkNU