講師 神津 仁
神津内科クリニック
1950年:長野県生まれ、幼少より世田谷区在住。
1977年:日本大学医学部卒(学生時代はヨット部主将、運動部主将会議議長、学生会会長)、第一内科入局後
1980年:神経学教室へ。医局長・病棟医長・教育医長を長年勤める。
1988年:米国留学(ハーネマン大学:フェロー、ルイジアナ州立大学:インストラクター)
1991年:特定医療法人 佐々木病院内科部長就任。
1993年:神津内科クリニック開業。
医学生の実習は生理学から始まる。まずは自分の尿をとって、蛋白量や試薬を調整してpHを測る、尿比重屈折計を使って比重を計測する。誰かの血液を講師が採取して、メランジュールで吸った検体を血球計算器に乗せ、血球計算盤上に顕微鏡で見える血球数を1区画ずつ数える。今はそんなことをするのかどうか知らないが、50年以上前の医学生は白衣を着て楽しく学んでいた。
その時に私の尿比重が高かったのか、指導教官が「君の腎臓は濃縮能が高いね」といったのを覚えている。ヨット部員だったから、海の上に出ると自由に飲水が出来ない。先輩と一緒に2人で乗っていると小水をしたいとなかなかいいだせない。太陽と風にさらされて脱水になりやすかったなど、いろいろな要因があっただろう。それから10年が経って、尿路結石の激痛に襲われることになるにはそんな下地があったのだろう。2017年の2月号にはその一部始終を書いた。
60歳代でクレアチニンが1.62と高くなっていて、腎臓内科の知人に「この数値はどんなものだろう?」と尋ねたことがある。同年代の男性に比べれば、筋肉量も運動量も多いのでそのためとは思っていたが、「問題ないですよ」といわれて安心した。最近は1.36程度で落ち着いている。Agingを考えれば、GFR40.1も個性の内かもしれない。
糖代謝の異常
父が2型糖尿病だったので、私も早晩糖代謝異常が出てくるだろうと思っていたが、60台になって徐々に耐糖能が悪くなった。2型糖尿病の発症要因は半分が遺伝、半分が環境因子だから、美食や運動不足が祟ったのだろう。私の義弟も内科医だが、彼も2型糖尿病になった。若い頃、といっても妹二人が結婚して子供が出来た頃だが、私と義弟二人の三人で、レディーボーデンの丸いバケツに入った1.5Lアイスクリームを完食するのがお決まりのデザートコースだった。2型糖尿病になった義弟はまだその癖が治らないで、妹に冷蔵庫を開けると分かるように鈴を付けられた。ここ数年は、彼がHbA1c6.7%の時に私は6.4%と優位に立っていたが、今回は私が7.9%とぐんと上がってしまった。この半年で、Original Cokeが気に入ってついつい箱買いしてしまったこと、以前は必ず半分にしていたおやつの菓子類を完食し、時には2個と増えたこと、「ざわつく金曜日」で美味しそうなポテトチップスやカップ麺の特集をするものだから、ついつい大量に購入して食べつくしてしまったこと、最近はまっていた豚丼のたれや焼きそばのたれを頻回に料理に使っていたこと、美味しい新米が次々に届いて、いつもは食べない艶やかな銀シャリを食べ過ぎていたこと、たくさん頂くバレンタインデーのチョコレートを、いつもは数か月はもつのに、1カ月で食べつくしてしまったこと、考えてみれば、悪化の要因は多々あった。
ポテトチップスを大量に買ってきたり、スーパーがその日はアイスクリームの特売日で安いからと、大量に買い込んで冷凍庫に入れてくれるのはwifeだ。それに、韓国ドラマの面白いシリーズをNetflixでやっているから、とカウチに座らされて、いや座って、数時間の視聴を強いられる、いや一緒に楽しむことも、運動不足に拍車をかけたのだろう。CBC、肝機能は正常で、脂質代謝、血圧コントロールにも問題はなく、クレアチニンも下がってきているので腎機能は悪くなっていない。どちらかというと、ペットボトル症候群に近い状態になっている。急に糖代謝が悪化する場合には、膵臓癌も考慮しないといけないが、とりあえず、糖分、炭水化物を制限して2か月後に再検査をする予定だ。
亭主を早く逝かせるには
ハーバード大学栄養学教授のDr. Jean Mayerがフロリダの新聞に書いたものが以下の「夫を早く殺す10の方法(Ten Quick Ways to Kill Your Husband)」だ。もちろん、この方法は逆説的に「健康でいたいなら、これらを厳に慎んでほしい」というMayer教授の願いが込められている。私のwifeがそれをもくろんでいるとは思えないが、夫の喜ぶ顔を見たいがために意図したこととは正反対の効果を生んでしまうことは、ままある。「贔屓の引き倒し」で愛する人に健康被害を起こさせたのでは元も子もない。自戒を込めてここに掲載をしてみたい。
Ten Quick Ways to Kill Your HusbandBy Dr. Jean Mayer,Professor of Nutrition, Harvard University
- Fatten him up. Excessive overweight increases his chance of succumbing to diabetes, liver and kidney disease, stroke and heart attack.
(あなたの夫をまずは太らせなさい。過度の太り過ぎは糖尿病、肝疾患、腎疾患、脳卒中、心臓発作になりやすいから) - Keep him sitting down. Strongly discourage any departure from a sedentary life. Don’t let him walk to the station – drive him. If he gets any ideas about gardening, playing football with the kids, or the like, switch to a football game on TV, suggest a long ride in the country or call friends over for a slow game of bridge. Be generous; if he plays golf, buy him a golf cart.
(夫を座ったままにさせておきなさい。座ったままの生活をやめようなどと、絶対に思わせないように。駅までは歩くのではなく、車で行くようにさせなさい。ガーデニングや子供たちとサッカーをしようと思い立ったら、テレビでサッカーの試合を見せたり、田舎まで長距離ドライブに行くとか、友人を呼んでゆっくりとブリッジのカードゲームをするように提案してください。太っ腹でいてください。ゴルフをする人なら、ゴルフカートを買ってあげましょう) - Feed him lots of saturated fats. Give him all the foods he loves that don’t love him: good country butter, well-marbled steaks, deep-fried potatoes and chicken, most of all, bacon and eggs. Avoid broiled fish; in fact, never broil anything if you can fry it.
(飽和脂肪酸をたっぷりと与えなさい。好きなものは何でも、それが必要でなくとも食べさせるのです。脂たっぷりのカントリーバター、脂肪ののったステーキ、じっくりと揚げたポテトやチキン、それに何よりもベーコンと卵を。煮魚なんてとんでもない、揚げて出せるなら絶対に煮ないでください) - Load him down with salt. This is likely to push his blood pressure, and if it’s already a little high, you can push it right off the top of the gauge while you send his life expectancy down to the bottom of the chart.
(塩をたっぷりとやること。そうすると血圧が上がり、元々やや高めの人なら、血圧計の数値を押し上げて、同時に夫の寿命を平均寿命の表の一番下に繰り下げることが出来るはずです) - Ply him with coffee. There is no proof that it will give him a heart attack any sooner, but there’s a possibility, so why miss a chance? At any rate, caffeine may promote insomnia, which is definitely injurious to health.
(コーヒーをがぶがぶ飲ませなさい。それが心臓発作をもっと早く起こさせるという証拠はありませんが、可能性はあります。なぜチャンスを逃すのですか?いずれにせよ、カフェインは不眠症を促進する可能性があり、これは間違いなく健康に有害です) - Keep him well supplied with liquor. Make his drink stiff and make them sweet or sweet and fat – Manhattans or brandy alexanders fill the bill.
(たくさん蒸留酒を飲ませなさい。アルコールの度数が高くて、甘くて、生クリームたっぷりの、マンハッタンやブランディアレクサンダーのようなものを注文して) - Don’t let him run out of cigarettes. They are the would-be widow’s best friend. Buy him a lighter; he’ll be reluctant to quit and waste the expense.
(タバコを止めさせない。タバコは未亡人の親友です。ライターを買ってあげましょう。お金の無駄遣いだとタバコを止めようとすることに消極的になるはずです) - Don’t let him relax. Judicious overspending will prevent him from being able to afford a vacation – and the chance of exercise, relax, and escape from your cooking.
(夫をリラックスさせないでください。計画的にうまくお金を浪費すれば、休暇を取ったり、運動したり、リラックスしたり、外食するなどという余裕はなくなりますから、あなたの”例の”手料理を食べざるをえなくなります) - Keep him up late. In addition to coffee and late-night television, frequent entertainment of friends and reserving bedtime for bringing up worrisome matters should wear him down and prepare the way for the “cardiovascular storm” that will carry him off and allow you to get back to regular hours.
(彼を夜遅くまで起こしておきなさい。コーヒーや深夜番組に加えて、友人を頻繁に呼んでわいわい騒いだり、心配事で眠らせないことなどは、彼を疲れさせ、「心血管病変の嵐」が彼を連れ去って、あなたをいつもの生活に戻してくれるはずです) - Never let up the nagging and the worrying. Money and children are hot topics and, for good measure, throw in a question about the man in the office who just got a promotion.
(とにかくしつこく、ストレスをかけ続けなさい。お金と子供の話題が一番です。おまけに、勤務先で最近昇進した男性についての質問を投げかけるのです)
握力と腎機能
私は学生時代にヨット部だったので、ヨットに必要な機材を運ぶこと、セーリングの時にシートを引くことなどで握力がついた。昔はシートを固定するカムなどなかったから、風を受けたセールをきれいに張り続けるためにはシートを握って引っ張り続ける以外ない。少しでもシートが緩むと艇速が落ちてしまうので、二人乗りで舵を握っている先輩にどやしつけられた。おかげで今でも握力が強い。それに、毎日の診療で1日何百回と血圧計のゴム球を握ることで握力が落ちない。10年前に54kgだった握力は、72才になった今でも51.5kgを保っている。
最近読んだ論文に、握力と腎機能との関係について書かれたものがあって、そんな関係があるのかと興味を引いた。詳細は省くが、トピックだけを紹介したい。
「男性における問題解決とeGFRの逆相関に関して、我々は、関連する生物学的および生理学的測定値を有するサブコホートからのデータを用いて、腎機能にも影響を及ぼす可能性のある問題解決の相関を広範囲に探索した。その結果、男性における問題解決は握力(血清テストステロン濃度と強く関連していることが報告されている)と有意に正の相関があることが分かった(年齢調整ρ=0.07[P < 0.001]、男性被験者3384人に基づく、データは示さず)。テストステロンは腎機能の悪化に関与していると考えられているので、1つの可能な説明は、より高いレベルの問題解決を必要とする男性は、より高いテストステロンレベルを有する傾向があり、それによってより低いeGFRを提示するということである。残念ながら、本研究ではテストステロンの測定はしなかった。したがって、この可能性はさらなる検証が必要だ」
自分の身心を良く理解し、よりよく生きることが大事だと思う今日この頃だが、この論文を読むと、良く解釈すれば、私のテストステロン値が高く、そのために握力が保たれ、腎機能が低下しているのだと理解することもできそうだし、それは悪いことではなさそうだ。この名論卓説の読者は、若い医師たちだから、今の生き方が、数十年後自分に返ってくることを考えて、是非とも今を謳歌してもらいたいものだ。
<資料>
1) エルマ販売株式会社「血球計算盤各種」:http://www.erma.co.jp/product/bloodtest/bloodboard/
2) 神津仁の名論卓説2017年2月号「うう~っ痛い」:https://www.e-doctor.ne.jp/c/kozu/1702/
3) The Ledger:https://www.theledger.com/
4) Ten Quick ways to kill your husband:https://pacificwellness.ca/lessons-from-dr-mayers-ten-quick-ways-to-kill-your-husband/
4) Koga K. et. All: Association of perceived stress and coping strategies with the renal function in middle-aged and older Japanese men and women. Scientific Reports volume 12, Article number: 291 (2022):https://www.nature.com/articles/s41598-021-04324-2