講師 千原 靖弘
内藤証券投資調査部
1971年福岡県出身。東海大学大学院で中国戦国時代の秦の法律を研究し、1997年に修士号を取得。同年に中国政府奨学金を得て、上海の復旦大学に2年間留学。帰国後はアジア情報の配信会社で、半導体産業を中心とした台湾ニュースの執筆・編集を担当。その後、広東省広州に駐在。2002年から中国株情報の配信会社で執筆・編集を担当。2004年から内藤証券株式会社の中国部に在籍し、情報配信、投資家セミナーなどを担当。十数年にわたり中国の経済、金融市場、上場企業をウォッチし、それらの詳細な情報に加え、現地事情や社会・文化にも詳しい
中国の主要都市にある大型ホテルには、全国各地から人が集まる。漢民族の中国語は方言の違いが大きいうえ、55の少数民族は独自の言語を話す。ホテル館内ですれ違う宿泊者の会話が理解不能なのは、中国では普通のことだ。中国のホテルに宿泊すると、この国の多様性を実感できる。
宿泊者が多様なので、朝食バイキングの内容もバラエティーだ。日本との大きな違いを挙げると、麺料理の豊富さが思いつく。
麺料理と聞くと、日本人は「ラーメン」や「うどん」などを連想するだろう。つまり、ツルツルと食べる細長い食べ物が、日本人にとっての麺料理だ。
しかし、麺料理の概念は、日本と中国で異なる。中国で麺料理とは“小麦製の食べ物”を意味する。だから、「中華まん」、「ギョーザ」、「シューマイ」も、中国では麺料理の範疇に入る。欧米から伝わった「パン」も、小麦でできているから、中国では麺料理であり、「麺包」(ミェンバオ)という。
日本人が連想する麺料理は、中国では小麦でできていれば「麺条」と呼ぶ。しかし、小麦製でなければ、麺料理に分類されない。
例えば、ラーメンのようにツルツルと食べる米製の「ビーフン」やベトナム料理の「フォー」、それに日本でも店が増え始めた雲南省名物の「ミーシェン」。中国でビーフンは「米粉」、フォーは「河粉」、ミーシェンは「米線」と書き、米製なので “麺”とは呼ばない。
一方、日本人はこれらを「米でできた麺」などと表現したりする。つまり、“日本人とっての麺料理”とは、その形状に着目した概念であり、英語の「ヌードル」に近い。
“麺”という漢字を使っても、小麦製か否かで定義する中国とは、基本的な概念が異なる。“麺”とは呼ばない。
同じ漢字を使っていても、国によって概念が異なる麺料理もある。それが「饅頭」だ。
日本では“甘いお菓子”を指すが、中国では“マントウ”と発音し、“具材の入っていない中華まん”という意味だ。韓国では“マンドゥ”と発音し、いわゆる“ギョーザ”を意味する。
話を中国のホテルに戻そう。朝食バイキングに出される麺料理とは、「マントウ」や“具材が入った中華まん”の「包子」(パオズ)など。これらを好むのは、小麦を主食とする中国北部の人たちだ。
もちろん、日本人にとっても麺料理として認識される“麺条”や“中華ヤキソバ”の炒麺(チャオミェン)なども朝食に並ぶ。
一方、稲作地域に属する中国南部の人たちは、飯(めし)や粥(かゆ)などの米食を好むので、それに合う料理が用意される。
米食中心の南部にも麺料理があり、上海名物の「小籠包」(ショーロンポー)のほか、“もち米の入ったシューマイ”などがある。
ちなみに、「焼売」を“シューマイ”と発音するのは広東語。標準語では“シャオマイ”という。「ワンタン」は日本で「雲吞」という漢字を当てるが、中国では「餛飩」と書く。これを“ワンタン”と読むのは広東語。標準語では“フントゥン”だ。極東では麺料理の概念や名称が、ヌードルのように複雑に絡み合う。