記事・コラム 2025.08.05

中国よもやま話

【第57回】コーカン族と特殊詐欺~中国政府の怒りを買う

講師 千原 靖弘

内藤証券投資調査部

1971年福岡県出身。東海大学大学院で中国戦国時代の秦の法律を研究し、1997年に修士号を取得。同年に中国政府奨学金を得て、上海の復旦大学に2年間留学。帰国後はアジア情報の配信会社で、半導体産業を中心とした台湾ニュースの執筆・編集を担当。その後、広東省広州に駐在。2002年から中国株情報の配信会社で執筆・編集を担当。2004年から内藤証券株式会社の中国部に在籍し、情報配信、投資家セミナーなどを担当。十数年にわたり中国の経済、金融市場、上場企業をウォッチし、それらの詳細な情報に加え、現地事情や社会・文化にも詳しい

ミャンマー連邦共和国シャン州コーカン自治区のラオカイ市
市の中心部から中国との国境まで10㎞に満たない

中国の雲南省に接したミャンマーのシャン州北部に位置する「コーカン」は、面積が1900平方㎢弱で、日本の香川県ほど。ラオカイ市(老街市)を中心に、約16万人が住んでおり、住民の大部分がミャンマー政府公認の少数民族「コーカン族」(果敢族)。コーカン族とは17世紀にコーカンへ移住した漢民族。言語や習俗は雲南省の漢民族と同じだ。


雲南省臨滄市鎮康県の南傘国境検問所
ここからコーカン製の違法薬物が中国に流入

コーカンは武装勢力が麻薬の密造で戦争を続ける「黄金の三角地帯」(ゴールデン・トライアングル)の一角であり、1989年からコーカン族の「ミャンマー民族民主同盟軍」(MNDAA)を率いる彭家声が統治。ここにはミャンマー政府の支配力が及ばない。

2009年8月にミャンマー国軍がコーカンに侵攻すると、彭家声は徹底抗戦を訴えたが、部下が離反。彭家声はコーカンを脱出した。


彭家声が去ったコーカンは、離反者らの「五大家族」が、ミャンマー国軍を後ろ盾に統治。彼らは違法薬物、賭博、売春、人身売買などで荒稼ぎし、コーカンは「ヴァイス・シティ」(悪徳の都)に変貌。一方、彭家声と息子の彭徳仁はMNDAAを再編し、他の少数民族武装勢力と同盟。コーカンの奪回を目指し、ミャンマー国軍との戦闘を続けた。

アルメニアで逮捕された特殊詐欺集団(2016年9月)
中国本土の警察が台湾籍78人、本土籍51人を広東省へ護送
台湾人を本土で裁くことに台湾当局は抗議
台湾のSNSでは厳しく処罰して欲しいと歓迎の声も
金光党に始まる中華系の特殊詐欺集団は世界各国で活動
2016~2017年にマレーシア、カンボジア、ケニア、アルメニア、スペインで逮捕された
特殊詐欺集団の台湾人は本土送りに
こうしたなかでコーカンは特殊詐欺の一大拠点に成長
五大家族の武力に守られ、詐欺要員の確保も容易だった。
近年は日本人の犯罪集団も海外の拠点で活動
中華系と連携している可能性がささやかれる

こうした情勢下で、コーカンは特殊詐欺の一大拠点に発展した。中国の特殊詐欺は、台湾の詐欺集団「金光党」が始めたと言われる。台湾の特殊詐欺集団は1990年代に中国本土に上陸したが、厳しい取り締まりを受け、活動拠点を東南アジア各地に移した。

やがて特殊詐欺集団は、悪徳の都となったコーカンに結集。五大家族の庇護の下、「ハイテクパーク」などの名義を隠れ蓑にした特殊詐欺の拠点は、2023年には千カ所を超え、詐欺要員として集めた中国人は数万人に上った。中国の特殊詐欺被害は、発信元の6割以上がコーカンとなった。詐欺要員も高額報酬に騙されて監禁された被害者であり、暴力で支配され、反抗すれば殺害された。


中国の公安を生き埋めにする様子
実行者は五大家族の明学昌
写真がXに投稿され、中国が激怒
2023年10月20日

こうした深刻な状況を背景に、中国政府は2023年9月から周辺武装勢力への影響力を行使し、コーカンに前例のない圧力を加えた。

これを受け、コーカンの特殊詐欺集団は拠点の移動を開始。その際に監禁されていた詐欺要員の一群が逃亡を試みたが、五大家族の私兵に見つかった。そこに潜伏捜査中だった中国の公安が名乗り出て、殺害を阻止しようとしたが、全員殺された。これに中国政府は激怒し、MNDAAと少数民族武装勢力の同盟軍に働きかけ、10月にコーカンの五大家族とミャンマー国軍を壊滅させた。こうして彭家声の遺志を継いだMNDAAの彭徳仁が、2024年1月にコーカンの統治者となった。


明学昌が経営していた「臥虎山荘」
特殊詐欺の拠点であり、虐殺事件が起きた現場
MNDAAなどで構成する「三兄弟同盟」の攻撃で壊滅

コーカンを失った特殊詐欺集団は拠点をミャンマー南部に移転。詐欺要員を確保するため、タイで拉致された中国人を買い取り、ミャンマー南部の拠点に監禁するようになる。2025年1月には中国の俳優も拉致監禁され、大騒ぎとなった。同月中旬に中国政府の仲介でミャンマー国軍とMNDAAの停戦が実現したが、その大きな背景には特殊詐欺集団の全滅という目的があったとみられる。

特殊詐欺集団の拠点から救出された俳優の王星さん
2025年1月3日にタイで失踪し、SNSで大騒ぎに
王星さんはタイで拉致され、特殊詐欺集団に売られた後、ミャンマー南部のミョワディで監禁されていた。
中国政府の働きかけで救出され、1月7日にカレン民族軍からタイ王国陸軍に身柄を引き渡された。
コーカン五大家族の壊滅を受け、特殊詐欺集団はミョワディに移転。
特殊詐欺要員を確保するため、タイで拉致された中国人を買い取っていた。
王星さん事件を受け、中国と東南アジア諸国が特殊詐欺集団の壊滅で共同作戦を展開。
だが、特殊詐欺集団は新たな庇護者を求め、ウクライナなどに新しい拠点を設けているという。