2013年に父親が亡くなってから、仏壇のある和室には常に線香が焚かれ、二世帯住宅の二階に住んでいた我々家族のリビングは線香の匂いが常にしていた。
この頃から私は気管支喘息気味になって、咳が抑えられないことが度々出現したため、吸入薬のシムビコートを使うようになった。線香の煙が原因ではないかと薄々気付いていて、弔問に訪れる方から頂く線香が身体に合わないというか、その煙で咳き込むことが多く、日本香堂のラベンダー香を自分で取り寄せて家族に使ってもらっていた。線香の多くは杉の葉を原料としていて、スギ花粉によるアレルギーの原因にはならないという事だったが、2021年に母が亡くなってしばらくしてからは、煙のでない電池式のものに替えた。
その後、ここ2年くらいは吸入薬を使う事なく過ごす事が出来ている。自分では、気管支に良いといわれるラッキョウ酢と黒酢に漬けた自家製ラッキョウを食べているお陰で体質改善されたかと思っていたが、最近の研究成果を見ると、線香を焚く事によって発生する化学物質やPM2.5などの微粒子が問題なのだと知った。
Sick house syndrome
クリニックに通院していた30代の女性が、「新築の家の接着剤の匂いが臭くて体調が悪くなったので、田舎の方に引っ越す事にしました」と報告に来たことがあった。いわゆるシックハウス症候群だが、Wikipediaによれば「新築の住居などで起こる、倦怠感・めまい・頭痛・湿疹・のどの痛み・呼吸器疾患などの症状があらわれる体調不良の呼び名」とある。
混同されやすいが、ある種の化学物質に暴露された時に生じる「化学物質過敏症」とは異なり、シックハウス症候群は原因と考えられる環境から離れれば症状が改善する。それに対し、化学物質過敏症では特定の化学物質への接触がなくなっても、症状が継続することや、全く異なる化学物質に対しても症状がみられることがある。心理的な要因も含め原因究明はまだ研究途上のようだ。こちらはここでは深掘りしない。
また、新品の自動車でも新車の匂いによって同様の症状(New car smell)が報告されていてシックカー症候群といわれるらしい。私の場合は線香を炊く環境がSickをもたらすことを考えれば、Sick incense stick syndromeと呼んでも良いかも知れない。
線香の何が悪い?
「線香の煙を吸入すると喘息が悪化する?」という報告が九州大学から出されている。副題に「-線香の煙が気道に及ぼす影響を科学的に解明-2021.04.01」とあり、その研究成果が九州大学のHPにニュースリリースとして発表されているので紹介したい。
九州大学大学院医学研究院呼吸器内科学分野の松元幸一郎准教授、九州大学病院の神尾敬子医員、山本宜男医員らの研究グループは、線香の煙を吸入すると気道が収縮しやすくなり、気道を覆う上皮のバリア機能が低下することで、喘息を悪化させる可能性があることを明らかにしました。
線香はアジアや中東の多くの国で、宗教的行事や香りを楽しむものとして慣習的に使用されています。線香を燃やすと多くの有害物質が発生し、タバコの燃焼時よりも高濃度のPM2.5が室内に長時間浮遊することが知られています。また最近の臨床研究で、線香を日常的に使用する家庭の子供は、使用しない家庭と比べて喘息のリスクが高く、肺機能も低下しやすくなることが報告されています。しかし、線香煙の吸入が、肺や気道の機能にどのように影響するのかは不明でした。
本研究では、マウスに線香煙を吸入させると、気道過敏性が亢進(気道が収縮し喘息をおこしやすくなる)し、肺のタイトジャンクション蛋白の発現が低下することを明らかにしました。さらに、線香煙は気道を覆う上皮細胞のバリア機能を低下させました。タイトジャンクション蛋白は、細胞同士を密に結合させ気道上皮のバリア機能を保っており、炎症の原因となる吸入抗原が体内へ侵入することを防いでいます。これらの線香煙によるマウスの肺や気道への有害な作用は、線香煙吸入後に発生する酸化ストレスによるものであり、抗酸化剤を使用することで症状を改善することができます。この成果は2021年3月31日付で「Scientific Reports」に掲載されました。
実験結果の参考図を見ると、燃焼させる線香の量が多いほど、線香煙に曝露されたマウスの気道過敏性を亢進させているのがわかる。
線香アレルギー
株式会社孔官堂のHPにあるQ&Aによると「お線香の主な原料はタブ(椨)粉といって、タブの木の樹皮を粉末にしたものです。これを水で練り、ダンゴ状にしますが、これだけでは香りがありませんので、匂いつけとして、チョウジ(丁子)、ビャクダン(白檀)、ヂンコウ(沈香)などの植物性香料や、ジャコウ(麝香)のような動物性香料、香水系の合成香料などを加えます。種類によっては、着色料、増量剤(燃焼時間調整剤)、防カビ剤を適時混入します。タブの木は樟科の一種で、日本では高温多湿の南九州に産します」とある。
線香を扱う各会社のHPを見ると、線香アレルギーという言葉が多く出てくる。特に線香の原料の一つで、線香の粘土を作るタブの木を粉砕した「タブ粉」に対するアレルギーが認知されているようだ。そのため、京都の徳泉堂のHPには「線香アレルギーに一番安全な材料、白檀と米の粉のみで作っています。なぜ、米の粉かは、つなぎの粉のタブの粉でアレルギーを起こされる方でも使ってもらえるように、つなぎの代わりになり体に安全なので米の粉にしました」と特別の線香を作って消費者に提供していることをアッピールしているほどだ。
また、線香の成分はカビやすい原料で製造されているため、一般にはデヒドロ酢酸やジイソシアネートなどのメチレンビス類の防腐剤が使われている。これらの化学成分には吸入長期毒性や発ガン性、感作性(アレルギーの原因)があるといわれている。
多くの化学物質によって曝露されるヒトの生活
2023年9月4日に行われた「第24回シックハウス(室内空気汚染)問題に関する検討会」に提出された資料を見ると、既にこの問題は「居住環境に起因する健康影響の問題」と認識されている。平成12年からは、以下の12物質について「室内濃度指針値」を設定し、測定方法の策定などを行ってきたとある。
厚労省の「第18回シックハウス(室内空気汚染)問題に関する検討会(2014年3月17日)議事録」を読むと、当時ベンゼンの室内曝露の問題が取り上げられていて、東京都健康安全研究センター薬事環境科学部環境衛生研究科斎藤育江氏が「線香、お香及び蚊取り線香の 煙中ベンゼン濃度」という報告をしている。
タバコ喫煙による有害性は、副流煙も含めて既に既知の事実だが、それと同等の、炎を出さずに燃える煙が発生する使用方法の日用品である、線香、お香、蚊取り線香について研究したのがこの報告だ。議事録に斎藤氏がご自分で説明した詳細が載っているので確認していただければと思うが、ここで使われたスライドの何枚かを提示しておきたい。
香害は公害?
昔アメリカ留学をしていた時に、エレベーターの中で現地の女性と一緒になると、その強い香水の匂いに参ったものだ。もちろん、香り自体が悪い匂いというわけではない。その強烈なパワーに私の嗅球がねじ伏せられる、といえば良いだろうか。最近、日本語がnative levelの外国人がYouTubeでいろいろな情報を発信している。日本が大好きで、もう祖国に帰りたくない、という彼女達が本音トークをしているのだが、「日本人の男って、若く見られるから、私の方が年下なのに年上に見られて、めっちゃ損する」とか、「日本人の女の子は可愛いし、オシャレ!」とかいう会話の中で、「日本人の汗腺は少ないから、あまり匂わないみたい。私たち外人は汗腺がこことか、こことか、すごく多いから、夏なんか汗かくと恥ずかしい、それに匂うし、だから香水をたくさん使うんだよね」と話をしていた。それはそうなのだろう。「パリって、日本人は宝石箱とかいうけど、実際は犬の糞だらけで靴が汚れるんだよね、だからハイヒールが作られたっていうじゃない?日本みたいにきちんと糞を片付けないでホッポリっぱなしだし、公衆トイレも汚くて臭いし」それはそうなのだろう。日本もいいところばかりではないけれど、まだ世界の他の国に比べれば暮らしやすい国であることは確かだ。エレベーターの香水おばさんを公害といったら申し訳ないが、昔のような隙間だらけの日本家屋なら問題にはならなかっただろうが、今の建築住宅はサッシも完璧で、室内の空気が自然に抜けていかない。そんなところで長い間線香を燃やすなど以ての外だ。今回いろいろと調べてみて、我が家で電池式線香にしたのは正解だと改めて思った。呼吸器内科のDr.は、是非ともこの案件を確認して頂きたい。
1) シックハウス症候群(Wikipedia): https://x.gd/mpQAY
2) 第24回シックハウス(室内空気汚染)問題に関する検討会(厚労省): https://x.gd/s7l9Hhttps://x.gd/s7l9H
3) 線香の煙を吸入すると喘息が悪化する?(九州大学):https://x.gd/7zq06
4) 2014年3月17日第18回シックハウス(室内空気汚染)問題に関する検討会議事録:https://x.gd/0Cscjf
5) 線香、お香及び蚊取り線香の煙中ベンゼン濃度(東京都):https://x.gd/nTvre