記事・コラム 2024.08.15

ゴルフジャーナリストが見た、プロゴルファーの知られざる素顔

講師 舩越 園子

フリーライター

東京都出身。早稲田大学政経学部卒業。
百貨店、広告代理店勤務を経て1989年にフリーライターとして独立。93年渡米。

在米ゴルフジャーナリストとして新聞、雑誌、ウエブサイト等への執筆に加え、講演やテレビ、ラジオにも活動の範囲を広げている。

『王者たちの素顔』(実業之日本社)、『ゴルフの森』(楓書店)、『松山英樹の朴訥力』(東邦出版)など著書訳書多数。

アトランタ、フロリダ、ニューヨークを経て、現在はロサンゼルス在住。

アメリカのPGAツアーのシニア部門であるチャンピオンズツアーに、パーキンソン病を抱えながらも出場し続けているチャレンジャーがいる。オーストラリア出身の53歳、ジョン・センデンという選手だ。

米ゴルフウィークによると、センデンは50歳の誕生日を迎え、これからシニアの世界で楽しみながらツアー生活を送ろうと思っていた矢先にパーキンソン病と診断されたという。

「言葉にはできないほどのショックを受けた」

しかし、センデンは力の限り、試合に出続け、「パーキンソン病でありながらツアーで優勝を成し遂げた史上初で唯一のチャンピオン」になることを目指している。

とはいえ、「2つ以上の動作を同時に行なうことはできない」「突然、意識を失ったかのように1点を見詰める」「クラブを握ることが難しくなることがある」「言葉が出てこない」「うまくしゃべれない」など、すでにパーキンソン特有の症状がいくつも出始めているそうで、一般的に考えれば、「ツアープロとして試合に出ていることは、奇跡的としか言いようがない」と米国の医療関係者は口を揃えているそうだ。

センデン自身、「痛みを伴ったり、自分を必死に鼓舞したりしている。苦しくないかと問われたら、とても苦しい状況に何度も襲われている」と明かしている。

壮絶な日々と向き合いながら、それでも彼が試合に出続けているのは、なぜなのか。
「パーキンソン病に勝つと決めたからだ。パーキンソン病でありながら、ツアーで勝つことは、まだ誰も、トライしたことも達成したこともない。だからこれは正真正銘のリアル・チャレンジだ。それを私が成し遂げたい」

「感謝」の心で、チャリティ活動へ

センデンは、日本のゴルフファンにとっては、あまり馴染みがない選手かもしれないが、かつてPGAツアーで戦っていた日本の田中秀道は、当時からセンデンを絶賛し、多大なるリスペクトを払っていた。

「ジョン・センデンはツアーで最も美しいスイングの持ち主です」

オーストラリアのブリスベン出身のセンデンは、1992年にプロ転向し、2002年からPGAツアーに参戦。2006年ジョンディア・クラシックで初優勝を挙げ、2014年にはバルスパー選手権でも勝利して、通算2勝の実力者となった。メジャー4大会でも、しばしば上位に食い込み、底力を示してきた。

しかし、2017年のチューリッヒ・クラシック・オブ・ニューオーリンズの開幕前に、誰にも何も告げずに試合会場から姿を消し、周囲を驚かせたことがあった。

聞けば、あのときは当時13歳だったセンデンの長男ジェイコブくんが脳腫瘍と診断され、センデンは自分のゴルフは放り出して、一目散に母国オーストラリアへ帰国。

以後、14か月間、ツアーを欠場し、ジェイコブくんの入院や手術、治療のために奔走したという。

幸いにもジェイコブくんは徐々に快方へ向かっていき、センデンは「息子のために多大なるサポートをしてくれた医療関係者やツアー仲間、母国の友人知人、そして幸運を授けてくれた神様や女神様に心の底から感謝した。息子が元気になったこれからは、今度は私が社会に恩返しをしたい」。

それからというもの、センデンはチャリティ活動に精を出すようになり、彼は社会への「ギビングバック」を自身の信条に掲げるようになった。

白血病で命を落としたオーストラリア出身のPGAツアー選手、ジャロード・ライルの家族や白血病と闘っている患者とその家族のために、2021年ごろからチャリティゴルフトーナメントを開催。

その後も、ジョン・センデン・チャリティ・ゴルフは、全米やオーストラリアの各地で行なわれるようになっていった。

行けるところまで行こう

息子のジェイコブくんがすっかり回復し、順調に成長している姿に安堵したセンデンは、50歳の誕生日を迎えるころに「これからは、少しゆったりした気持ちで、シニアのチャンピオンズツアーで楽しみながらプレーしよう」と考えていた。

その矢先に、今度はセンデン自身がパーキンソン病と診断され、「言葉を失った。これ以上ないほどのショックを受けた」。

しばらくは衝撃から立ち直れず、失意の底にあったそうだが、センデンは考え直し、気持ちを前に向けて生きていこうと心に決めたという。

「いずれは、クラブを握れなくなるだろう。体の半身が動かなくなったり、その逆側が動かなくなったりするだろうとも言われている。そういう日は、やがて訪れる。でも今は、試合から離れることもゴルフをやめることも考えてはいない。そんなことは考えず、とにかく、行けるところまで行こうと思う」

試合会場には、医療関係者を含めた特別チームを編成し、同行してもらっている。愛妻ジャッキーあるいは20歳になった息子ジェイコブくんも必ず同行し、センデンが試合で戦うための手助けを懸命に行なっている。

そのための経費は多大なる金額になり、もはやセンデンが稼いでいる賞金は決して多くはないため、愛妻ジャッキーは「出るたびに赤字はどんどん膨らんでいる」と明かしているが、「お金のことは、あとからどうにでもなる。なんとでもなる。でも、夫がゴルフを続けられるのは今しかない。秒読みなんです。だから赤字なんて、どうでもいい」。

チャンピオンズツアーでは、これまで64試合に出場し、予選通過は60回。今季もすでに10数試合に挑み、トップ10入りもやってのけている。

「パーキンソン病で、これだけ試合に出て、実際に戦えていることは奇跡的だ」

センデンの挑戦を耳にした米国の医療関係者は、みな驚きの視線を向けている。

「パーキンソン病でありながら、ツアーで優勝するなんてことは、これまで誰一人、やってのけたことはないよね。私にとっても、正真正銘のリアル・チャレンジだけど、やってやれないことはない。自分と闘い、そして優勝したい。私が戦う姿を1人でも多くの人々に見てもらい、勇気や元気を抱いてもらえたら、私はそれが一番うれしい」。

それは、センデンだからこそできる貴重で最高の社会貢献だ。いや、彼にしかできない社会へのお返しであり、社会への激励にもなる。そんなセンデンのリアル・チャレンジを私も見守っていきたい。