講師 千原 靖弘
内藤証券投資調査部
1971年福岡県出身。東海大学大学院で中国戦国時代の秦の法律を研究し、1997年に修士号を取得。同年に中国政府奨学金を得て、上海の復旦大学に2年間留学。帰国後はアジア情報の配信会社で、半導体産業を中心とした台湾ニュースの執筆・編集を担当。その後、広東省広州に駐在。2002年から中国株情報の配信会社で執筆・編集を担当。2004年から内藤証券株式会社の中国部に在籍し、情報配信、投資家セミナーなどを担当。十数年にわたり中国の経済、金融市場、上場企業をウォッチし、それらの詳細な情報に加え、現地事情や社会・文化にも詳しい
香港には多くの犯罪組織が存在し、その歴史は長い。中国南部では清王朝の時代から、「天地会」と呼ばれる秘密結社が存在した。その目的は中国を征服した満州人の清王朝を転覆し、漢民族の明王朝を復興すること。天地会は明王朝の開祖である洪武帝にちなみ、「洪門」と呼ばれるようになった。
この「洪門」から18世紀に数々の分派が生まれた。江南の水運労働者から「青幇」が発足。四川では「哥老会」、広東では「三合会」が誕生。これらは“清王朝の三大秘密結社”と呼ばれた。「洪門」を源流とする秘密結社は、不法行為や犯罪に手を染めたが、中国革命の影の立役者でもあった。
華人労働者の移民先であるサンフランシスコで19世紀に結成された「洪順堂」は、「洪門」の流れをくむ組織。孫文の革命に協力し、1925年に「中国致公党」に改称した。
中国致公党は中華人民共和国で政党活動が許された八つの“民主党派”の一つとして現在も存続。一方、台湾の中華民国では、同門の「中華民族致公党」が活動している。
「洪門」の流れをくむ広東の「三合会」は、1842年に正式に発足した英領香港の華人社会に流入。香港政庁の英国人は「三合会」を“トライアド”という英語名で呼んだ。
現代の香港で三大犯罪組織の一角に数えられる「和勝和」は、1880年代に英領香港で発足した華人労働者の互助会「和安図」を起源とする。香港には「和」の字で始まる犯罪組織が多いが、それらは「和安図」の分派であり、まとめて「和字頭」と呼ばれる。
「和勝和」と並ぶ香港三大犯罪組織の一つである「14K」は、旧日本軍と中国国民党(国民党)が、誕生の背景にあった。
戦時中に日本の傀儡だった汪精衛政権で軍事顧問を務めていた矢崎勘十・陸軍中将は、広東で「三合会」の活動が盛んなことに注目し、「洪門五洲華僑総会西南分会」を広州の西関宝華路14号に創設。この組織に中国人労働者を引き込んで、情報工作を展開した。
日本が降伏すると、中華民国の陸軍中将だった葛肇煌が、この組織を接収。「洪発山忠義会」に改称した。この組織が「14K」と呼ばれた。一説によると、「14」は本部の番地、「K」は国民党の頭文字を意味するという。
国民党が国共内戦に敗れると、葛肇煌は「14K」の構成員を率い、英領香港に移住。台湾から支援を受け、英領香港で反共工作活動を展開する一方、数々の犯罪に手を染めた。
「和勝和」「14K」と並ぶ犯罪組織の「新義安」も、出自は国民党だ。「義安」とは、広東の潮州地域の古称を意味する。創設者の向前は、香港で抗日運動を展開した中華民国の情報員であり、階級は少将だった。当初は「義安工商総会」の名義で活動していたが、1947年に香港政庁に犯罪組織と認定され、「新安公司」に名称を変更。これを機に「新義安」と呼ばれ、「和勝和」や「14K」と抗争した。
香港の三大犯罪組織は、いずれも「洪門」の伝統を継承し、秘密の儀式や掟などを有している。いまも香港社会で隠然たる勢力を保ち、その影響力は政財界にも及ぶという。