記事・コラム 2022.02.01

神津仁の名論卓説

【2022年2月】William H. Mastersの業績~人間の性科学の課題を探る(I)~

講師 神津 仁

神津内科クリニック

1950年:長野県生まれ、幼少より世田谷区在住。
1977年:日本大学医学部卒(学生時代はヨット部主将、運動部主将会議議長、学生会会長)、第一内科入局後
1980年:神経学教室へ。医局長・病棟医長・教育医長を長年勤める。
1988年:米国留学(ハーネマン大学:フェロー、ルイジアナ州立大学:インストラクター)
1991年:特定医療法人 佐々木病院内科部長就任。
1993年:神津内科クリニック開業。

月2回

   私「Mさん、今日は血圧が高いね175の98だ。ここに薬の能書きがあるでしょ?ここに、ほら、『禁忌:コントロール不良の不整脈、低血圧(血圧<90/50 mmHg)又はコントロール不良の高血圧(安静時血圧>170/100 mmHg)のある患者』ってね」
Mさん「えっえーっ。残念だなぁ」
私「まあ、今回は諦めて、体の方が大事だから」
Mさん「分かりました。じゃ、今回は」

   こんなやりとりが外来であった。7、8年前に「どうも夫婦関係がうまくいかない。女房が一週間口聞いてくれない。あっちの方もダメで。。」と、Mさんが外来で泣きを入れて来た。夫婦仲が良くなるのだったら、と勃起不全の診断でシアリスを出すことにした。それからは、保険診療に加えて自費診療で毎月々2錠ずつ取りに来ていた。奥さんも外来に通院しているかかりつけ患者なので、それとなく聞いてみると、「私はそんなに好きじゃないんですけど、あちらが。。」と、迷惑そうに言葉を濁したが、顔は微笑んでいた。ED治療薬は、脊髄損傷、末梢神経障害、糖尿病など、EDの原因となる疾患を持つ患者に対して、その恩恵をもたらした画期的な薬剤だ。倫理上妻とのコミュニケーションを前提とする。不特定なパートナーという広範囲で身勝手な処方の希望を叶えることはお断りだ、家庭医としてのかかりつけ医がそう考えるのは当然だ。Primary health careを信条とし、continuityとcontextual careを大事にする医師が、家庭の不和を助長するようなことは厳に慎まなければならない。

   最近は、高齢社会を反映して、高齢者の性の問題がクローズアップされている。東邦大学医療センターのリプロダクションセンターHPには、70歳台の男性が妻の婦人科疾患で夫婦生活がなくなって意気消沈していたが、ED治療薬で自信を取り戻した、という話が載っている。社会が多様化しているのに対応して、ED治療も患者のニーズに合わせた使い方が望まれているのかも知れない。

正常:22〜25点。軽度ED:17〜21点。中等〜軽度ED:12〜16点。中等度ED:8〜11点。重度ED:5〜7点

高齢者の性

   この新型コロナウィルスのパンデミックが始まってから、日常生活が一変した。会合という会合は全てキャンセルされ、医師会関係の講演会も同様に出来なくなった。私が世田谷区医師会高齢医学医会会長になってから、高齢医学医会の独自の活動として、市民公開講座や医師会員対象の講演会を年に2回開催していたが、それも全てが延期または中止になった。2021年の5月には、高齢者の性についての講演会を企画していた。それまで、高齢者の検査データの正常値とは?高齢者の皮膚、などをテーマにして来たが、日本が高齢社会を迎えて避けては通れない性の問題に切り込んでいきたいと考えたためだ。

   しかし、性の問題を正面から取り扱うのに障害になるのがその社会性だ。ともすると卑猥、下品、恥といった過剰反応、加えて無視、拒否といった隠蔽性、密室化を伴う拒絶反応によって、掬ったと思った水が手からこぼれ落ち、元の木阿弥になってしまうことが予想された。慎重かつ真摯に、医学・医療、社会科学の分野からこの問題を取り上げて、石垣を組んで堅固な城を作るように、一つの確固とした分野を作り上げて行く必要があると認識していた。

   高齢医学医会で取り上げるために、どのようなアプローチが良いのかと考えて色々と思い悩んでいたときに、いくつかのメディアで一般社団法人ホワイトハンズのことを知った。

   ホームページを見てみると、若い人達が実に見事にこの問題に切り込んで活動している。身障者の性の問題、セックスワーカーや高齢者についても、理論と実践を伴う積極的な活動をしているのだ。代表の坂爪真吾氏は1981年生まれの41歳。東京大学で上野千鶴子(東京大学名誉教授)氏の薫陶を受け、2008年に「障害者の性」の問題を解決するため、非営利組織・ホワイトハンズを27歳で設立した。その後の活動は破竹のごとく多方面に渡り、この分野での著書も数多い。

   2014年12月には社会貢献者表彰(公益財団法人社会貢献支援財団)、2015年5月には新潟人間力大賞グランプリ(一般社団法人新潟青年会議所)を獲得している。昨年は朝日新聞DIGITALに性風俗で働く人達のために活動する姿がとりあげられた。今回、世田谷区医師会高齢医学医会で2年越しにお願いをしていたところ、5月に講演会を行うことが決まった。どんな話が聞けるのかとても楽しみだ。

高齢者の本音

   私のよく知る、訪問看護ステーションや介護施設を運営しているSさんは、レクリエーションの一環として入居者、通所者にアダルトビデオを見せているといっていた。「もう目を見開いて、おじいちゃんもおばあちゃんも見てるわよ!認知症でぼーっとしてた人も、本当に元気になるんだから」と楽しそうに話していた。脳が活性化するのは間違いない。しかし、「当局から、注意がくるんだけど、こっちの勝手だといってるのよ、未成年に見せてるわけじゃないんだから」と、周囲は必ずしも良い目では見てくれていないらしい。大変個性的で活動的なSさんだから、そのうちに風船バレーと同じようなレクリエーションの一つになって行くかも知れない。

   先日、Mさんが来院して「女房、来てますか?ここのところドンパチやっちゃってて、1週間口聞いてくれないんですよ」と困った顔をして私に聞いてきた。
私「じゃあ、今回は自費の薬は要らないですね」
Mさん「いや、頂きます。ドンパチやってても、あっちは別なんで」
と、苦笑いをした。
私「Mさん、月2回はそろそろ多くないですか?」
Mさん「いや、多くないです」
と、クリニックの看護師の顔を見ながら即座に答えた。

   30年前にもなるが、私の父が70歳代の時に旧制高校生仲間と私の家の食堂でどんちゃん騒ぎをしていた。気分は学生時代に戻って仲間の誰かが夫婦生活のことを話題にしたらしく、父が「月1だ」といったら皆が大笑いしていたことを懐かしく思い出す。Mさんには、月2回の夫婦のコミュニケーションをうまく使って夫婦喧嘩は止めてもらいたいと思っているのだが、なかなかそうはいかないらしい。夫婦の機微は難しいものだ。

夜這い文化

   2010年の12月号「隣はなにをする人ぞ」にブータンのことを書いた。西岡京治氏の奥様たちが学術集会の帰りに寄ったスペイン料理店で、私達夫婦が隣の席に座った事がきっかけで着想を得たものだった。

   (前略)早くに店に入ったので、お客はそう多くなかったのだが、帰る頃には満員になっていた。我々は四人掛けのテープルに家内と二人で食事をしていたのだが、となりに六人の席が設けられ、賑やかな団体が入って来た。聞くともなく話が耳に入って来て、どうも農業系の研究者の集まりのようだった。種の話、東南アジア諸国の穀物の話で持ち切りだったが、ブータン、四代目、夜ばい、奥さんが四人、などという単語が耳の端々に引っ掛かった。ブータンといえばGDPの替わりに「国民総幸福指量(Gross National Happiness, GNH)」という概念を提唱した国王を持つ国。その国を話題にする集団というのは東京でも珍しい。知らず知らずに耳はダンボになった。(https://www.e-doctor.ne.jp/c/kozu/1012/

   Wikipediaによれば
「夜這い(よばい)とは、夜中に性交を目的に他人の寝ている場所を訪れる事。国文学関係の研究者の間では、一般には夜這いは古代に男が女の家へ通った「よばう」民俗の残存とする考え方が多い。語源は、男性が女性に呼びかけ、求婚すること(呼ばう)であると言われる」
とある。日本でも、万葉集に「他国によばひに行きて大刀が緒もいまだ解かねばさ夜そ明けにける」と詠まれているくらいよく知られていた行為だったようだ。「明治政府が夜這い弾圧の法的基盤を整備した」が、「大正時代まで農漁村中心に各地で行われていた習俗」とあるから、アジア圏全体の文化的適合性が似ているのかもしれない。

   ブータンではそのおおらかさが残っていて、それがまた「国民全体の幸福度」を示す尺度である「国民総幸福量(Gross National Happiness, GNH)」に反映しているのかも知れない。糸井重里と南伸坊が訪れた2011年の紀行記には、現地の人の口から直接聞いた話が載っていた。

南    :あのね、ちょっとうかがいたいんだけどね、夜這いの風習っていうのが、ブータンの一部には残ってますよね。

青年:はい、そうですね。最近の「夜這い」は昔の「夜這い」とは違っていて、泥棒のように忍び込むようなやり方はあまりやりません。男性側にも女性側にも個性や好みがありますし、相性というのも大切です。それで、男性側は調査をします。たとえば、日中、畑などでいっしょに働いて、ターゲットを定めるわけです。どの女の子がフレキシブルで、どの女の子がタフか。日中にだいたい狙いを定めておいて、口約束くらいは、その場で。ただ、そういうふうに事前に約束するようになったのはごく最近のことです。

おじさん:昔はね、夜、女の子の家に行って、外から石を投げて、いるかどうか確認して、ドマを渡してっていうことをやってたもんだけどね、最近はもう、ほんっとに簡単になった!昔はね、わざわざね、歩いていって確認したもんだよ、ぜんぶ。でも、いまはぜーんぶ、テレホン!昔はね、そりゃぁ、たいへんだったよ。なにがたいへんって、冬だよ。冬は寒いだろ? いちばん暖かいのが火のある台所なんだよ。だから、台所に一家全員が寝るんだよ。そんななか、会いに行くわけだからさ。せっかく昼間にあの娘と決めててもさ、真っ暗だからどこに寝てるんだかわかりゃぁしないよ!しかも、よりによってその娘が一家の真ん中に寝てたりするんだ。そうすると、ほかの人を起こさないように、こう‥‥(割り込むように寝る仕草)。ただし、結婚したあとは、自分の妻や子どもにも、よくしなければならないのでナイトハンティングはほどほどに。結婚したあとは、同じ村でナイトハンティングしてはいけないんです。違う村の人でなくてはならない。ですから、ナイトハンティングのシーズンは6月か7月です。なぜなら、田植えのシーズンですから、お手伝いするために、行き来がある。

   この記事が10年前だから、最近の夜這い事情はもっとIT化しているかも知れない。しかし、肌と肌との触れ合いが幸せをもたらすという人間の感覚は変わって欲しくない。もっと変わって欲しくないのは、センサーやらCCDカメラによる監視システムなどをやたらと付けてプライバシーを侵害する事だ。ブータンでは、そうした機器を無闇に売買しない様に強く望みたい。もちろん、日本でもそうだが、アメリカのCIAの真似はしないで頂きたい。

(次号に続く)

<資料>
1) 東邦大学医療センター大森病院リプロダクションセンターhttps://bit.ly/3GY8OQ7
2) 一般社団法人ホワイトハンズhttps://white-hands.jp/activity/senior/
3) 朝日新聞DIGITAL「性風俗店で働く女性に食料品を 支援団体「悩み吸い上げたい」」https://bit.ly/3IvGG7v
4) 夜這いの真実(2011-10-31-MON):https://bit.ly/3AsrpBB
5) ブータン(Wikipedia):https://bit.ly/3FYFNT8
7) 夜這い(Wikipedia):https://bit.ly/3FP1ogQ