医療ニュース 2024.05.31

コロナ解説きっかけ、SNS中傷5000件被害の医師「萎縮すれば正しい情報伝わらない」

 新型コロナウイルス禍でワクチン接種を呼びかけた医師らが<コロナ騒動の戦犯>などとSNS上で激しい 誹謗(ひぼう) 中傷にさらされた。「 萎縮(いしゅく) すれば次のパンデミック(世界的大流行)で正確な情報の発信が妨げられる」――。医師らは、そんな思いから今も悪質な投稿者の責任を追及している。(川畑仁志、石間亜希)

情報開示を申し立て

 <ワクチンを推進した人殺しの畜生><#コロナ脳死ね><生きている価値がない>

 埼玉医科大総合医療センター(埼玉県川越市)でコロナ禍に対応した岡秀昭教授(総合診療内科)は、2020年の感染拡大以降、SNSで続く中傷に頭を悩ませてきた。

 流行が始まった直後から、X(旧ツイッター)で 逼迫ひっぱく する医療現場の実情を発信し、感染対策の必要性を訴えてきた。すぐにSNSでの中傷が始まり、22年頃にネットニュースのコメンテーターとして、コロナワクチンの重症化予防効果などの解説を始めた頃から激化した。

 <おぞましいくらいに気持ち悪い>――。顔の見えない匿名アカウントからの言葉の暴力はやまず、昨年5月頃から約50件の投稿について発信者情報の開示を裁判所に申し立て、これまでに約20人を特定。謝罪を求めたところ半数はすぐに応じ、最高約100万円の和解金の支払いを受けて示談した。

 「感情的にならず、冷静に意見を述べればよかった。ひきょう者だった」などと反省の言葉を記した手紙も届いた。

 一方で、一部の投稿者は過激化し、<殺意がわいてきた><ぶっ殺したくなってきた>などとさらに乱暴な投稿を続けた。

 岡氏は特に悪質な投稿者について、損害賠償を求めて民事訴訟を起こし、警察にも刑事告訴した。岡氏が数えた中傷投稿は5000件を超えたという。「医師が 躊躇ちゅうちょ すれば、世の中に正しい情報が伝わらなくなってしまう。SNS事業者は、誹謗中傷や侮辱、名誉 毀損きそん に当たる投稿を厳しく規制してほしい」と訴えた。

開示に時間

 新型コロナワクチンの情報発信サイト「こびナビ」(23年11月活動終了)の副代表として、Xなどでワクチンの情報を発信してきた木下 喬弘(たかひろ) 医師(38)も中傷を受けた一人だ。

 自宅の住所をさらされ、<木下はワクチンを打っていないのに、打ったふりをしている>と事実無根の情報を拡散されたため、法的手段を取ることを決めた。

 ただ、発信者情報が開示されるまで、短くても半年、長ければ1年以上を要した。より悪質な投稿を探すため、自身を中傷する書き込みを約1000件見返し、1日がつぶれたこともあった。

 木下氏は「勝訴しても、まったく割に合わないが、私個人への中傷よりも、公衆衛生として重要な施策が実行できなくなる危機感から提訴を決めた」と強調。「明らかに違法性のある投稿は情報開示のステップを簡単にしてほしい」と訴える。

投稿・日時・URLの証拠印刷を…弁護士

 SNSなどで 誹謗(ひぼう) 中傷を受けた場合はどうすれば良いのか。ネット上のトラブルに詳しい清水陽平弁護士は「証拠を残しておくことが重要だ」と強調する。

 発信者の特定は、プロバイダー責任制限法に基づき、被害者側が裁判所に申し立て、SNSの運営事業者から発信者のIPアドレス(ネット上の住所)の開示を受けたうえで、接続事業者から氏名や住所を伝えられるのが通常の流れだ。

 法的に権利侵害にあたるか判断する際に参考となるのが、投稿に虚偽や人格を否定する内容が含まれるかだ。清水弁護士は「後から『投稿者の責任を追及したい』と思っても、証拠がなければどうしようもない」と言う。投稿をパソコンで表示し、投稿内容・日時やURLをPDFで印刷しておくことが望ましいという。

 総務省の「違法・有害情報相談センター」によると、2022年度は5745件の相談が寄せられ、10年度の4倍以上になっている。

 22年10月には改正同法が施行され、投稿者を特定する手続きが簡略化された。今月10日、同法はさらに改正され、SNSの運営事業者に、削除申請への迅速な対応のほか、▽削除を申請する窓口の設置▽削除する基準の策定・公表などが義務付けられた。