医療ニュース 2024.03.12

認知症と診断されて20年…現在は「希望大使」として講演する90歳「外に出ると脳が刺激、敬遠せず誘って」

取材帳 異次元の長寿<4>

 長生きすれば認知症になる確率も高くなる。注文紳士服の仕立て職人として腕を振るってきた 長田米作(おさだよねさく) さん(90)は、約20年前に認知症と診断された。今は東京都から任命された「とうきょう認知症希望大使」として、住まいのある練馬区を中心に認知症への理解を広げる活動に精を出す。(文・編集委員 猪熊律子、写真・鈴木竜三)

  「(診断された時は)これが認知症かって感じでね。自分では意識せず、普通だと思って生活していましたから」

 通い慣れた道がわからなくなる。知り合いの名前を忘れる。おかしいと気付いた妻の治代さんに付き添われて検査を受けたところ、認知症と診断された。72歳頃のことだ。

  「病院で一緒に診断された人たちと音楽療法で歌を歌ううちに楽しくなり、みんなと何かやるのが好きになりました。今は地域包括支援センターが開く当事者の集まりなど、いろいろな場に参加させてもらっています」

 診断でショックを受けたことはなかったと話す。しかし、二世帯住宅の上の階で暮らす娘の鈴木文恵さんによると、診断後は家に閉じこもってしまったという。

 中学卒業後、故郷の静岡県から埼玉県に来た。知り合いが経営する洋服店で一から洋裁を学び、20代で独立。東京都内に自分の店を持った。

 文恵さんによると1ミリの狂いも許さない仕事ぶりで、著名な政治家がスーツの仕立てを頼みに来るほど。それが60代終わり頃、難なくこなしていた仕事を夜も寝ずにやり直す日が続き、家族も「これはおかしい」と感じたという。

 受診後、外出しなくなった長田さんが再び出歩くようになったのは「すっかり自信をなくした父を母がいろいろな場に連れ出したから。人と触れ合ううち、こういう病気もあるんだと自分で納得してから、父は元気になったみたいです」と文恵さんは語る。

 昨年暮れ、治代さんが入院した。文恵さんが長田さんの外出予定を知らせるなど何かと気遣う。ただ、味付けが異なるため、食事は別だ。

  「自分の分は私が台所をやっています。認知症と診断された頃、家内が腰を痛めて立っていられなくなったんで、家内の指導のもと、初めて包丁を握りました。今では1人で食事を作れますよ」

 釜で米を炊く際は、必ず大豆と麦と昆布を入れる。汁は煮干しや昆布、乾燥小エビなどでダシを取る。具は「1種類じゃつまらない」から、ニンジン、大根、白菜、油揚げなどを包丁でざくざくと手際よく切る。手軽で便利なため、よく洗って乾かした牛乳パックをまな板代わりに使う。

 冷蔵庫のドアには、ひじき、ブロッコリーなど、20近い「常備すべき食品リスト」が貼ってある。これをもとにスーパーに自分で買い物に行く。

 時に豆腐が三つほど冷蔵庫にたまることがあるが、文恵さんは「食べちゃえば大丈夫。(家族は)責めずに怒らない、(本人は)出かける場がある、みんなが認めてくれる、というのが父を見ていると大切だと感じます」と話す。

 「とうきょう認知症希望大使」は、2021年に任命され、23年に再任命された。居間の棚には任命状が二つ並ぶ。

  「やっぱりこれがあると希望がありますよね。皆さんに話ができますもんね」

  「私自身は、自分が閉じこもっていた時のことはよく覚えていないんですが、やっぱり1人でいたんじゃ何もできない。みんなでやれば何でもできる。人の中に入って、できること、できないことを伝え合うのが一番大事じゃないかと思っています」

  「外に出ると、ああ、こんな花が咲いてるとか、あの人はこんな服装をしているとか、いろいろ目に入りますね。それだけでも脳が刺激を受ける。認知症だからといって声をかけないことはせずに、誘ってほしいと思います」

高齢期の外出・運動「推奨」

 認知症は、加齢とともに有病率が上がる。国の資料によると、60代後半で1.5%だった有病率は、80代後半には44.3%、90歳以上になると64.2%に上昇する。

 男女差が大きいのも特徴で、秋下雅弘・東京大教授(老年医学)によると、特にアルツハイマー型認知症は女性の方が男性より多く、進行の速度も速い。次のようないくつかの理由が考えられるという。

 動脈硬化による病気やがんなどになりやすい男性は、認知症の前段階ともいえる「軽度認知障害」のレベルで死亡しやすい。認知症の危険因子といわれる抑うつや身体活動の低さは、女性の方がうつ病などの患者数が多く、高齢期の運動習慣がある人の割合は男性より低いというデータがある。女性ホルモン(エストロゲン)については、神経伝達機能の活性化作用が報告されており、閉経後の女性ホルモン量の低下が発症に関与している可能性が指摘されてきた。ただ、ホルモン補充療法による効果はまだよくわかっていない。

 「運動は予防効果があることがわかっている。日本医学会連合では『80GO(ハチマルゴー)』といって、80歳になっても外出(ゴーアウト)して虚弱化を防ごうと呼びかけており、高齢期の外出や運動はお勧めできる」と秋下教授は話している。