記事・コラム 2024.07.01

神津仁の名論卓説

【2024年7月】イグ・ノーベル賞とその周辺 そのII

講師 神津 仁

神津内科クリニック

1950年:長野県生まれ、幼少より世田谷区在住。
1977年:日本大学医学部卒(学生時代はヨット部主将、運動部主将会議議長、学生会会長)、第一内科入局後
1980年:神経学教室へ。医局長・病棟医長・教育医長を長年勤める。
1988年:米国留学(ハーネマン大学:フェロー、ルイジアナ州立大学:インストラクター)
1991年:特定医療法人 佐々木病院内科部長就任。
1993年:神津内科クリニック開業。

バイクと尿路結石

 尿管結石は私も何回かやったので、その痛みは身に染みて分かる。患者さんには「縄跳びするのもいいですね」とか、マウンテンバイクに乗るのが好きな人には、「水分をたくさん飲んでオフロード走ってみるといいかもですね」ということもあったが、ジェットコースターは想定外だった。

 68歳でバイクの中型免許をとってから、今年は大型二輪の免許をとって、ハーレーXL883Rスポーツスターに乗っていることはお話しした。ハーレーは振動が大きい。それなら尿管結石持ちのハーレー乗りで、乗っているうちに結石が流れた、という人がNetでコメントしているかもしれない、と思い立った。しかし、英語圏での検索では全く引っかからなかった。それなら、と日本語で検索してみると、なんと、2022年5月28日にジG★ライダーさんが投稿したツーリング情報「バイク振動療法」がヒットした。周防大島の下水工事後のデコボコ道をライディングしたところ、その翌日から結石の痛みがなくなったらしい。主治医に確認したところ「出たようだね」と。やはり、バイクの振動も尿管結石に有効らしい。

ビッグサンダーマウンテン

 さて、ミシガン州立大学の名誉教授ワーティンガー博士とドクターズ クリニックの泌尿器科医であるマーク・ミッチェル医師が、患者の腎臓から3D プリントされたシリコン キャストを作成し、それに腎臓結石と尿を詰めてディズニーワールドに向かった話の続きを、Steph Yinの記事から見てみよう。

 医師らは模型を腎臓の高さに持ち、その中に一度に3個の石を入れて、ビッグサンダーマウンテンを20回走行しました。彼らは多くの場合腎臓結石が、腎臓モデルの末梢部位から尿管上部に向かって移動するのを観察しました。ジェット コースターの成功率は前席よりも後席の方が高く、前席64%対 後席17%でした。これはおそらく、後席の方ガタガタした乗り心地で、身体が車体にぶつかりやすいためでしょう。

(尿中に浮遊した腎結石を含むシリコンキャストのシート位置:資料3)の原著より掲載)

 年間 30 万人以上のアメリカ人が腎臓結石の救急治療を求めていますが、そのほとんどが大きな腎臓結石が尿管に詰まっていることによる激しい痛みのためです。こうした患者はジェットコースターに乗っても良い効果は得られないでしょう。

 「この研究は、非常に小さな結石を抱えている人々を対象に設計されたものです」と、この研究には関与していない、ニューヨーク大学泌尿器科医(助教授)のジェームス・ボーリン氏は述べています。

 現時点では、小さな腎臓結石があることがわかっていて、ジェットコースター治療を試してみたい場合は、泌尿器科医に相談してください。楽しみながら腎臓結石を取り除くことができれば一石二鳥かもしれません。

 Dr Mitchellは the Doctors Clinic in Poulsbo,(Washington) の開業医であり、Dr Wartingerはthe Department of Osteopathic Surgical Specialties at the Michigan State University College of Osteopathic Medicine in East Lansingの勤務医だった。

(The Doctors Clinic in Poulsbo)

 地域医療を担当するDr.が、良く耳を傾けて患者の話を聞くと、いろいろなことが見えてくるのはどこの国でも同じだが、ここまで頑張って検証するエネルギーは大したものだ。まさに称賛に値する臨床医たちだ。

 この研究のユニークなところは、腎結石、尿管結石の治療に、手術や薬物といった西洋医学で常識とされている手法が出てこないことだ。医師、との記載はあるがMD.の称号の記載がないのにも引っかかった。

1874年

 アメリカの医学部には2種類の教育体系があり、日本でいうところの西洋医学にあたる、ヨーロッバ医学(特にドイツ、イギリス医学)を下に教育を行う医学部と、アメリカ伝統医学を教える医学部だ。

 日本が西洋医学を取り入れて近代化を計ったのは、従来行われていた江戸時代の漢方医や産婆、薬師のレベルが低く、欧米に比べて国民の衛生管理に不十分だという明治政府の考えからだった。そのため、「文部省統轄の下で衛生行政機構の整備」、「西洋医学に基づく医学教育の確立」、「医師開業免許制度の樹立」、「近代的薬剤師制度及び薬事制度の確立」など、日本に近代的な医事衛生制度を導入すべく発布されたのが「医制」である。1874年のことだった。

 その年を同じくして、その西洋医学に絶望して作られたのがOsteopathyだ。アメリカ伝統医学、といってもNative Americanの呪いや薬草の使い方を教えるのではない。ヨーロッパ医学の系譜としてのドイツ医学やイギリス、フランス医学の当時の実力に失望し、ある意味患者にとってより良い医学、医療とは何かを模索した中で生まれたものだった。

 1874年、日本は西洋に追いつこうとして、その系譜を盲信して「医制」を発布し、アメリカでは、その西洋医学に絶望してOsteopathyが生まれるという、何とも因縁めいた年が1874年だった。

M.D.とD.O.

 Osteopathyは、アメリカ合衆国ミズーリ州カークスビル在住の医師アンドリュー・テーラー・スティルによって創始された医学体系だ。スティルは南北戦争の従軍医師であったが、二人の息子と養子を次々と髄膜炎によって亡くし、自分の無力さに嘆き、それから研究を重ねて10年後の1874年にオステオパシーを創始した。

 元々、スティルは人体の自然治癒力を阻害している原因は骨にあるとしていたが、後に筋肉やリンパ、内臓、神経、血管等の異常を治せば自然治癒力が高まると提唱した。当初は西洋医学からは受け入れられなかったが、多くの人に支持され、1892年にアメリカン・スクール・オブ・オステオパシー(現在のA. T. Still University) がミズーリ州にprivate medical schoolとして設立され、1910年に医学認可を受けた。

 現在 ATSU (A. T. Still University)には、年間平均して35か国から3,100人以上の学生が在籍している。2018-19年度は、35か国から合計3,717人の学生がATSUに在籍し、そのうちの57%は女性、43%が男性だった。また56%が白人、14%がアジア人、9%がヒスパニック/ラテン系、7%が黒人またはアフリカ系アメリカ人、1%がネイティブアメリカン、もう1%がネイティブハワイアン、また5%は2つ以上の人種であり、残りの学生はそれ以外の民族(6%)であった。

 アメリカでは、D.O.(Doctor of Osteopathy)は第一職業学位(First professional degree)であり、西洋医学医師(M.D.)と同様に、正規の医師と位置付けられている。D.O.はすべての州で「医師免許」を認可されており、西洋医学医師(M.D.)と全く同等に「診断・外科手術・処方・投薬」等の全ての「医行為」が認められている。オステオパシー医学を学ぶ医学校も、西洋医学医師(M.D.)を輩出する医学校と同様に、大学院レベルに設置されており、通常は4年制である。

 現在では専門の手技療法を医学教育の最終段階で多少学ぶ程度であり、手技療法だけで治療しているD.O.は少数派である。また、D.O.は臨床研修(レジデンシー)を経た後は、類似する分野である整形外科医のみならず、救急救命医・一般内科医等の専門を選ぶ事もできる。アメリカ軍の軍医の中にはD.O.の医師も多数存在しているが、D.O.の存在は一般アメリカ人にとってあまり知られていないもののようだ。アメリカ以外の国(イギリスやオーストラリアなど)では、D.O.ではなく、オステオパシーの学士号(Bachelor of Osteopathy, B.Ost)や修士号(Master in Osteopathy, M.Ost)を習得できる。

 東京大学の宮脇氏が行なった研究「米国の2種類の医師(MDとDO)が治療した入院患者の死亡率は違うのか?」によれば、医学教育体系は同様で、質の担保もされており、医師としての臨床技術の評価としての死亡率も変わらないとされる。DOの米国における医師数の割合は年々上昇しており、約10%程度となっている。「DO 医師は、MD 医師と比較して、地方や経済的に貧しい地域で診療を行い、プライマリーケアに従事する傾向が強く、米国における医療アクセス格差の縮小に貢献する役割を持っています」と宮脇氏がコメントしているように、むしろ、薬物療法に偏重しがちな西洋医学より、DO医師は患者を統合的に見る視点が強いことから、地域医療の現場において必要とされる医師たちといえるかもしれない。

 D.O.を知らないアメリカ人が多いというが、日本ではその存在はほとんど知られていない。もっとこのことを知って、その上で将来の日本の医療を考えることも大事だと思う。

(追記)
ちなみに、アメリカでカイロプラクターは「ドクター・オブ・カイロプラクティック (Doctor of Chiropractic) (D.C)」などと称されるが、正規の医師ではない。M.D.、D.O.と違い、代替医療(Complementary and alternative medicine is a group of diverse medical and healthcare systems, practices, and products that are not generally considered part of conventional medicine =補完代替医療とは、一般的に従来の医療の一部とは見なされない多様な医療・ヘルスケアシステム、実践、製品のグループ)に分類される。D.C.の施療は、日本においては整体・カイロプラクティック同様、無資格の無届医業類似行為となるので、その違いは明記しておきたい。

1) モトクル(ジG★ライダー「バイク振動療法」): https://goobike.com/motocle/detail/904276

2) Marc A. Mitchell and David D. Wartinger: Validation of a Functional Pyelocalyceal Renal Model for the Evaluation of Renal Calculi Passage While Riding a Roller Coaster: https://x.gd/VvoPC

3) A Roller Coaster Remedy for Kidney Stones?(The New York Times): https://x.gd/Zfc6H

4) The Journal of Osteopathic Medicine: Journal of Osteopathic Medicine (degruyter.com)

5) オステオパシー(Wikipedia): https://x.gd/xqFXg

6) A.T. Still University(Wikipedia): https://en.wikipedia.org/wiki/A.T._Still_University

7) 宮脇敦士「米国の2種類の医師(MDとDO)が治療した入院患者の死亡率は違うのか?」(PDFファイル): https://x.gd/dXns6

8) がんの補完代替医療(CAM)診療手引き(PDFファイル): https://x.gd/H18aQ