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記事・コラム 2026.04.21

プロフェッショナルインタビュー

第5回「最大の目標の一つは自分を超える弟子を育てること」大分大学病院 環境・予防医学講座 教授 山岡𠮷生先生

話題沸騰!数々の人気番組に出演している医師たちが語る
「キャリア」「信念」「未来」そのすべてに迫るインタビュー!

どのようにしてスキルを高め、逆境を乗り越えてきたのか?
日常の葛藤、医師としての信条、そして描く未来のビジョンとは――。

【出演番組一部抜粋】
NHK BSヒューマニエンス

今回は【大分大学医学部 環境・予防医学講座 教授】の山岡𠮷生 先生のインタビューです!

テーマは 第5回「最大の目標の一つは自分を超える弟子を育てること」をお話しいただきます。

プロフィール

名前
山岡(やまおか)𠮷生(よしお)
病院名
大分大学
所属
環境・予防医学講座 教授
経歴
  • 1961年に滋賀県大津市で生まれる。
  • 1979年に京都大学工学部に入学し、1983年に京都大学工学部を卒業する。
  • 1983年に京都大学大学院工学研究科に入学する。
  • 1984年に京都府立医科大学に入学する。
  • 1990年に京都府立医科大学を卒業し、京都府立医科大学附属病院研修医となり、第三内科に勤務する。
  • 1991年に大津市民病院研修医となり、消化器内科に勤務する。
  • 1993年に京都府立医科大学大学院に入学し、1997年に京都府立医科大学大学院を修了する。
  • 1997年に米国のベイラー医科大学に留学し、消化器内科のポスドクとなる。
  • 2001年にベイラー医科大学消化器内科講師、2002年にベイラー医科大学消化器内科助教授、2004年にベイラー医科大学消化器内科准教授となる。
  • 2009年に大分大学医学部環境・予防医学講座教授に就任する。
  • 2010年にベイラー医科大学消化器内科教授に就任する。
  • 2019年から2021年まで大分大学医学部長を務める。
  • 2021年に大分大学理事、副学長に就任する。

2006年から2007年までイラン国Shaheed Beheshti医科大学客員教授、2008年から2009年まで北海道大学病院客員臨床教授、2015年からモンゴル国モンゴル国立医科学大学客員教授、2017年からインドネシア アイルランガ大学医学部招聘教授、2019年からタイ タマサート大学医学部ASEAN特任教授、2020年からマレーシア国マレーシア国立サバ大学客員教授を務めている。

─ 大分大学では海外からの留学生をどのように受け入れているのですか。

私が大分大学に赴任してまず直面したのは日本人の医師が大学院に進学する意欲が非常に低いという現実でした。私自身は研究を通じて得られる知見やそこから生まれる医療の進歩に強い意義を感じており、これを次世代に継承したいという思いがありました。しかし、日本人医師の大多数が臨床一辺倒のキャリアを志向する中で、講座を維持、発展させるには海外からの留学生を受け入れるシステムを構築するしかないという結論に至りました。そこで私は以前から交流のあったアジアの研究者ネットワークを活用し、海外の優秀な医師や研究者志望の若者に、日本で研究する機会を提供する仕組みを整えていきました。最初に受け入れたのはベトナムからの国費留学生であり、その後、タイ、モンゴル、インドネシア、ネパール、ブータン、パキスタン、コンゴ民主共和国、カザフスタンなど、アジア・アフリカ各国から次々に留学生を迎えることができました。現在では常時10人以上の国費または共同研究プログラムに基づく留学生が在籍する、非常に国際色豊かな研究室となっています。これらの留学生たちは在籍中にピロリ菌の研究や内視鏡技術の習得に従事するだけでなく、卒業後も自国に戻って現地の大学や病院で活躍しつつ、継続的に私たちとの共同研究を行っています。例えば、モンゴルのGantuya博士は帰国後にモンゴル国立医科学大学(Mongolian National University of Medical Sciences)の研究部門を率い、共同研究によってモンゴルにおける胃がんのリスク解析と予防戦略構築に貢献しています。また、このような卒業生たちが自国の後輩を新たに推薦、紹介してくれるという良循環が生まれており、私の研究室はまさに「国際的な人材育成と研究ネットワークのハブ」としての役割を担うようになっています。中にはインドネシアのアイルランガ大学出身のMiftah先生のように、母国の大学で副学長に就任した元留学生もおり、私たちの教育や研究の種が世界各国の教育機関や保健行政において芽吹き、育っていることを実感しています。アイルランガ大学とは大分大学初のダブル・ディグリー制度も立ち上げました。教育面でもこれらの留学生たちは私の指導のもと、論文執筆から学会発表、研究資金申請までを一貫して経験します。これにより単なる“留学”にとどまらず、自立した研究者としてのスキルを身につけ、自国で研究文化を発展させる中核人材となることを期待しています。今後もこうした国際的な人材育成と交流を柱に据えた教育体制をさらに発展させ、アジア・アフリカ地域における感染症や消化器疾患の克服に向けた国際協力を加速させていきたいと考えています。

─ 先生は海外の大学でも教えていらっしゃいますよね。

私はこれまでインドネシア、モンゴル、タイ、マレーシアなど、アジア各国の大学において客員教授や招へい講師として教育・研究指導を行ってきました。これらの活動は単なる短期的な講演ではなく、継続的な交流と人材育成を目的とした教育実践であり、現地の教育・医療レベルの底上げに微力ながら貢献できるよう努めてきました。特にインドネシアのアイルランガ大学には定期的に訪れ、医学生や大学院生に対する講義、ワークショップ、研究指導を継続的に行ってきました。現地の大学教員と連携し、ピロリ菌感染症や消化器疾患の最新の知見を伝えるとともに、論文執筆や研究計画の立案や発表など、実践的なトレーニングを英語で指導しています。アイルランガ大学には日本留学経験のある研究者も多く、相互の信頼関係のもとに教育と共同研究が進んでいます。また、モンゴル国立医科学大学では長年にわたる共同研究と教育交流の成果が認められ、外国人としては極めてまれな「名誉教授(Honorary Professor)」の称号を授与されました。モンゴルでは胃がんの罹患率が非常に高く、ピロリ菌や胃のマイクロバイオームに関する研究指導を通じて、若手研究者の育成にも注力してきました。現在ではモンゴルの研究チームが国際的な論文を数多く発表するまでに成長しています。タイやマレーシアにおいても大学院レベルの授業を通じて、研究倫理、分子疫学、病原細菌の進化など、多岐にわたるテーマで講義を行ってきました。授業は全て英語で行い、国際標準の医学教育の一端を伝えることを常に意識しています。学生とのディスカッションでは単に知識を与えるだけでなく、各国の医療課題に即した問題解決型のアプローチを重視しており、双方向の学びの場を提供しています。これらの海外教育活動を通じて、グローバルに活躍できる医学・研究人材の育成を支援するとともに、日本の医学教育や研究の存在感を海外に発信することも、私の大切な使命と考えています。

後進の育成

─ 若手の研究者をどのように育てていらっしゃるのですか。

私にとって研究とは一人で成し遂げるものではなく、仲間とともに築き上げていく創造の営みです。だからこそ、「自分を超える弟子を育てる」ことを研究者としての最大の目標の一つに掲げています。指導においては単なる技術や知識の伝授にとどまらず、研究の問いを立て、戦略的に展開し、世界に通用する論文として結実させるまでの“思考の筋道”を伝えることを重視しています。学生や若手医師が自らの力でテーマを構築し、世界と対話できるようになる過程をともに悩み、支え、導くことに大きな遣り甲斐を感じています。特に私が実践している国際共同研究の場は単なる研究成果の発表の場ではなく、多様な文化的背景を持つ研究者同士が互いに学び合い、高め合う絶好の教育フィールドです。そこでは英語での議論はもちろんのこと、異なる視点を受け入れ、調整し、合意を導くという、“科学のグローバル市民”として不可欠な資質が育まれます。このように、私は一人ひとりの可能性を最大限に引き出す「舞台」と「機会」を創り続けることを、自らの使命と考えています。そして、世界を舞台に活躍できる次世代の研究者たちが育ち、やがて私の研究を超えていくことが、私にとって最大の喜びです。

今後の展望

─ ピロリ菌の研究の今後の展望をお聞かせください。

私のピロリ菌研究はこれまで病原因子の同定、人類移動史の解明、そして国際共同研究による疫学的解析と多面的に展開してきましたが、今後はこれらの成果を実際の予防医療や公衆衛生政策へと昇華させる応用フェーズに入っていきたいと考えています。まず重要な柱の一つはピロリ菌ワクチンの開発です。ASPIREプロジェクトを通じて進めてきたBabAやOipAなどの外膜タンパク質に対する免疫応答解析を基盤とし、真に効果的で国際的に実装可能なワクチンの実用化を目指します。また、AIを活用した内視鏡診断支援についても、すでに複数の企業や国と連携して技術開発を進めており、特に内視鏡医が不足する低中所得国において、胃がんの早期発見と診断精度の向上に寄与することが期待されます。さらに、胃マイクロバイオータとピロリ菌の相互作用に関する研究も深化させていきます。近年、Helicobacter suis を含むNHPHや、胃内常在菌の役割に注目が集まっており、私はこれを「感染症とがんの接点」と捉え、より高度な予防医療モデルの構築に貢献したいと考えています。

─ ブータンでのプロジェクトも興味深いですね。

これらの研究成果を最も象徴的に社会実装しようとしているのがブータンにおける国家規模の胃がん撲滅事業です。SATREPSプロジェクトのもと、内視鏡機器の供与、ICTシステムの自国生産支援、抗菌薬耐性迅速診断、そして全国民を対象とした除菌事業という4本柱を通じて、世界に類を見ない胃がん予防モデルの実現を目指しています。すでに首相や国王との面談も行い、国家的理解と支持のもと、10年以上にわたる長期戦略として位置づけています。

─ 人類移動史のほうはいかがでしょう。

ピロリ菌を用いた人類移動史の解明は私の原点であり、ライフワークでもあります。菌は一般的には垂直感染するため、人類とともに移動し、そのゲノムには民族や地理的背景の痕跡が残されています。今後、ゲノム解析技術の更なる進歩により、県単位や民族単位での違いの解明が可能となり、法医学的応用や文化人類学との融合も視野に入っています。沖縄の新種型「hpRyukyu」の発見はその好例であり、まだ見ぬ“系統地図”の完成に向けて夢が膨らみます。

─ アフリカでのプロジェクトも進行中ですね。

近年、新たに採択された日本政府の支援によるプロジェクトではアフリカとの共同研究に本格的に着手しています。アフリカには「ピロリ菌感染率は高いのに胃がんは少ない」という“アフリカのエニグマ”が存在し、これは単なる検診不足による過小評価なのか、それとも菌の毒性が低いという真の生物学的理由があるのかを、分子疫学、内視鏡、ゲノム解析の複合的アプローチで明らかにしていきます。

─ 地域との連携も始まっています。

地域との連携による公衆衛生活動として、昨年度から大分市と協力し、小学5年生を対象としたピロリ菌検診(すこやか検診)を開始しました。将来的な胃がん予防を見据え、若年層からの早期発見・早期対策を推進する取り組みです。これからも私はピロリ菌という一つの細菌を通じて、感染症、がん、公衆衛生、人類学、AI医療という学際領域を架橋し、世界に発信し続ける研究を展開していきます。

若手医師へのメッセージ

─ 最近の若手研究者をご覧になっていかがですか。

医学部の人ならともかく、他学部の人は科研費などの研究費を取らないですよね。なぜ取らないのかを尋ねると、「取ったら大変でしょ」と言われます。私立大学もそうかもしれませんが、国立大学は取ったところで給料が変わるわけではないのだから、「取ることで、忙しくなるのは損だ」ということになってしまいます。医学部長だった時には「出しなさいよ」と促し、多くの論文を書いたり、研究費を取ったりした講座には分配金などを配分したのですが、アメリカと違い、個人に給与として支給するわけにはいかないので、難しいですね。

─ 留学にも二の足を踏むケースが多いそうですが、先生は言葉の壁をどのように越えられたのですか。

私も10年以上アメリカにいたからといって、いわゆるネイティブの発想ができるわけではないし、ジャパニーズイングリッシュを話しています(笑)。でもベイラー医科大学のラボにしても、本当に色々な国から来ていますので、ペラペラの英語でなくても大丈夫でした。タイ人の英語もインド人の英語もそれぞれですし、文法が正しくなくても伝わればいいんですよ。日本人の場合、小さいときにアメリカに住んでいたという人以外はネイティブな発音ができないものです。私は大分大学でも医学生に2時間ほど英語だけの講義を行っています。私は学生の皆さんに、留学にあたっても「行ってみれば何とかなるよ、ぜひチャレンジしてみてください」とお伝えしています。

─ 経済的な面が心配という先生方もいらっしゃいます。

私も最初は無給と言われていたところが、年収200万円になりましたけれども、そのぐらいだとやはり足りません。ある意味、アメリカでは貧しい生活をしていました。私たちの頃も皆が皆、留学したわけではないし、私は200万円でももらえただけまだ良かったのですが、無給でも行きたいという人はいました。ヒューストンにはベイラー医科大学だけでなく、MD Anderson Cancer Centerもあり、100人近くの日本人が留学していました。当時はインターネットが普及した頃でしたし、日本のニュースも手に入らず、NHKの衛星放送を見たり、朝日新聞を購入して、ようやく日本の情報を手に入れていました。LINEもないので、日本の親に電話しようと思ってもお金がないので、諦めたこともあります。そういう状況の中でも、皆で頑張っていました。一方、現在の私のラボでも海外に行く人は少ないのですが、それはお金がないからという理由ではありません。お金でしたら、今は出張費という名目で1日いくらという形で出しています。それでスウェーデンに留学している人もいますよ。受け入れ先が無給であっても、こちらからの出張費があるので、年収700万円から800万円と日本にいるのと変わらないような収入になります。これは私のラボだけの特殊なケースかもしれませんが、奨学金なども多くの大学などでも募集していますので、ぜひ世界に飛び出してもらいたいと思います。

─ 若手医師や医学生に向けて、メッセージをお願いします。

医学の道は決して平坦ではありません。しかしその先には人の生命や人生を直接的に変える力があり、これほどまでに意義深く、遣り甲斐のある職業はほかにないと私は信じています。日々の勉強や研修に追われ、ふと自分の将来に迷う瞬間もあるかもしれません。けれども、どうか「自分の心が動くもの」を大切にしてほしいと思います。臨床、研究、教育、国際協力――どんな分野でも構いません。そこにあなた自身の「夢」や「問い」があれば、きっと道は開けます。私自身、最初は「2年くらいアメリカで研究できれば」という軽い気持ちで渡米しました。しかし、次々と湧き上がる好奇心や探究心に導かれ、気づけば12年もアメリカで過ごしていました。もちろん、苦労もありましたが、その分、得たものも計り知れません。そして帰国後も、日本で再び新たなステージを築くことができました。どこにいても、自分の意思と努力次第で活躍の道はあるということを、私は身をもって体験してきました。人生は一度きりです。「自分はこれをやってみたい」と思える何かに出会ったとき、どうか恐れず、挑戦してみてください。世界は思っている以上に広く、そして繋がっています。私はピロリ菌という一つの細菌を通じて、世界各地の研究者や臨床医と手を取り合い、ときには国家の保健政策まで動かすようなプロジェクトを進めてきました。そんな世界が、皆さんの目の前にも必ず広がっています。世界に羽ばたく医師に――。その第一歩は「自分を信じて、一歩踏み出すこと」から始まります。