話題沸騰!数々の人気番組に出演している医師たちが語る
「キャリア」「信念」「未来」そのすべてに迫るインタビュー!
どのようにしてスキルを高め、逆境を乗り越えてきたのか?
日常の葛藤、医師としての信条、そして描く未来のビジョンとは――。
【出演番組一部抜粋】
NHK BSヒューマニエンス
今回は【大分大学医学部 環境・予防医学講座 教授】の山岡𠮷生 先生のインタビューです!
テーマは 第4回「ピロリ菌に感染していない人はめったにがんにならない。」をお話しいただきます。
目次
プロフィール
- 名前
- 山岡(やまおか)𠮷生(よしお)
- 病院名
- 大分大学
- 所属
- 環境・予防医学講座 教授
- 経歴
-
- 1961年に滋賀県大津市で生まれる。
- 1979年に京都大学工学部に入学し、1983年に京都大学工学部を卒業する。
- 1983年に京都大学大学院工学研究科に入学する。
- 1984年に京都府立医科大学に入学する。
- 1990年に京都府立医科大学を卒業し、京都府立医科大学附属病院研修医となり、第三内科に勤務する。
- 1991年に大津市民病院研修医となり、消化器内科に勤務する。
- 1993年に京都府立医科大学大学院に入学し、1997年に京都府立医科大学大学院を修了する。
- 1997年に米国のベイラー医科大学に留学し、消化器内科のポスドクとなる。
- 2001年にベイラー医科大学消化器内科講師、2002年にベイラー医科大学消化器内科助教授、2004年にベイラー医科大学消化器内科准教授となる。
- 2009年に大分大学医学部環境・予防医学講座教授に就任する。
- 2010年にベイラー医科大学消化器内科教授に就任する。
- 2019年から2021年まで大分大学医学部長を務める。
- 2021年に大分大学理事、副学長に就任する。
2006年から2007年までイラン国Shaheed Beheshti医科大学客員教授、2008年から2009年まで北海道大学病院客員臨床教授、2015年からモンゴル国モンゴル国立医科学大学客員教授、2017年からインドネシア アイルランガ大学医学部招聘教授、2019年からタイ タマサート大学医学部ASEAN特任教授、2020年からマレーシア国マレーシア国立サバ大学客員教授を務めている。
─ ピロリ菌の病原因子のご研究についてもお聞かせください。
私がベイラー医科大学に渡った1997年当時、ピロリ菌の病原性因子に関してはCagAの有無程度しか議論されておらず、病原性の多様性に切り込む余地が大いに残されていました。そうした中、私はまずCagAの繰り返し構造に着目しました。CagAにはEPIYA配列という特異的なモチーフが複数含まれており、この数が多いほど炎症誘導能が強いことを見出しました。これは「CagA陽性=高リスク」という単純な分類を超えた病原性の“質的”違いに光を当てる研究であり、ピロリ菌研究における構造機能相関の重要性を示す端緒となりました。さらに、OipA(Outer inflammatory protein A)という外膜タンパク質を発見・命名しました。OipAは炎症性サイトカインIL-8の強力な誘導因子であることを世界で初めて証明し、またその遺伝子が“フレームシフト”により機能のオン/オフを切り替えるというメカニズムを明らかにしました。このOipAの機能状態と胃疾患との相関性を示したことにより、「ピロリ菌の表面構造が宿主応答を制御する」という新たな視点を提示しました。その後、2005年にはDupA(duodenal ulcer promoting gene A)という新たな病原因子を発見・命名しました。DupAは十二指腸潰瘍の発症リスクを高める一方で、胃がんのリスクを下げるという“二面性”を持つ特異な遺伝子です。これにより、ピロリ菌が一様に「悪者」ではないという認識が広まり、菌の遺伝子構成によって病態が大きく異なることを世界に先駆けて示すことができました。これらの発見により、私は2004年にNIHからの大型研究費(RO1)を獲得し、独立した研究室を開設しました。研究室には米国のみならず、イタリア、パキスタン、日本など多国籍の研究者が集い、まさに国際的な環境でピロリ菌の病原因子解明に取り組みました。私にとってこの12年間は最も充実し、科学者として飛躍できた時間であったと感じています。
─ 帰国後はその研究をどのように進めてこられたのですか。
大分大学に赴任してから、私が特に力を入れたのはピロリ菌の国際共同研究による病原因子の多様性の解明です。ピロリ菌感染は世界中で広くみられますが、同じ菌種であっても、その遺伝的背景や病原性は国や地域によって大きく異なります。私は臨床医としての内視鏡技術を活かし、タイ、ベトナム、モンゴル、ミャンマー、インドネシアなど15カ国に上る国々に自ら赴いて菌株を採取し、それらを大分大学に持ち帰って詳細な解析を行ってきました。もともとCagAの構造が欧米とアジアで異なることを米国時代から指摘してきましたが、それ以外の病原因子、例えばOipAやDupAもまた、地域によって機能性や構造に違いがあることが明らかになりました。こうした研究を通じて、「ピロリ菌は一枚岩ではなく、その病原性は地域的多様性に富む」という新しい視点が広まりました。さらに研究が進むにつれ、CagAやVacAといった既知の病原因子だけでは臨床病態を全て説明できない症例があることに気づきました。特に同じCagA陽性菌に感染していても、「ある国では胃がんの発症率が高く、別の国では低い」というような現象が存在したのです。この謎を解く鍵として、ピロリ菌の全ゲノムレベルでの解析が必要であると考えるようになりました。ちょうどその頃、次世代シーケンス(NGS)技術が急速に進歩し、菌の全ゲノムを比較的安価かつ高速に解読できるようになりました。私はいち早くこの技術を取り入れ、世界中から収集した数千株規模のピロリ菌の全ゲノム解析を開始しました。そして、これらの大規模なゲノムデータをもとに、ゲノムワイド関連解析(GWAS)を実施しています。GWASでは特定の疾患(例えば胃がん、胃潰瘍、十二指腸潰瘍など)の発症に関連するわずか1塩基の違い(SNP)を統計学的に抽出することが可能です。実際に、これまでの研究で複数の新規病原因子や発症リスク因子を特定することに成功しており、「ピロリ菌感染者=全員リスク」ではなく、感染菌の遺伝子構成によって個別のリスクを予測できる時代が見えつつあります。現在ではこの知見を臨床応用へと繋げ、将来的には感染菌のゲノムをもとに、“精密診断”や“個別化除菌療法”を行うことができる社会の実現を目指しています。さらに、ピロリ菌の病原性を決定づける分子メカニズムを深く理解することで、ワクチン開発や新たな抗菌戦略にも貢献したいと考えています。
ピロリ菌をマーカーにした人類移動史の研究
─ ピロリ菌をマーカーにした人類移動史の研究についても、お聞かせください。
ピロリ菌は主に母子感染で広がるため、宿主である人類とともに移動し、その軌跡をゲノムに刻んでいます。私はこの特性に着目し、ピロリ菌の系統解析を通じて人類の移動史を明らかにする研究を長年にわたりライフワークとして取り組んできました。この研究の出発点は、日本にいた頃に私が発見したcagA遺伝子の繰り返し構造が日本人の菌と欧米人の菌で異なるという観察にあります。これはピロリ菌が地理的・民族的な集団構造を持つ可能性を示すものでした。その後、ベイラー医科大学で研究を続ける中で、アラスカやコロンビアの先住民族からピロリ菌を採取する機会に恵まれました。解析の結果、彼らの菌は予想に反して欧米型ではなく、東アジア型に近いCagA構造を持っていることが判明しました。この発見は2000年にFEBS Letters誌に発表され、「アメリカ大陸の先住民の祖先がアジアから渡ってきた」という仮説を細菌の側から裏づける、世界初の成果となりました。その後、ドイツの研究者と共同研究を進め、2003年にはScience誌に、2007年にはNature誌に論文を発表しました。特に2007年のNature論文ではピロリ菌が人類の“出アフリカ”に伴って世界に広がっていったことを初めて系統的に示しました。ピロリ菌が“人類の伴侶”として進化してきたことを証明する、画期的な研究でした。
─ 素晴らしい成果を挙げられたのですね。
さらに2009年には、私が筆頭著者としてScience誌に発表した論文で、台湾の菌が太平洋の島々の菌と非常に似ていることを明らかにし、「オーストロネシア人の拡散ルートを細菌から証明した初の研究」となりました。この論文ではノーベル賞受賞者バリー・マーシャル博士との共同研究により、オーストラリアのアボリジニの菌が独自の新系統(Sahul型)であることをScience誌に発表しました。これらはいずれも大分大学に赴任する直前の成果であり、私の研究人生の大きな転換点となりました。
─ 大分大学に来られてからも、この研究を続けていらっしゃいます。
大分大学でもこのライフワークは続いており、私はアジアを中心に多くの国々を訪れ、自らの手で菌を採取し、世界中の菌の系統構造を明らかにしてきました。例えば沖縄における新系統の発見(2022年, iScience)や、2024年には南アフリカの狩猟採集民に特異的な“hardy strain”が肉食文化に適応し、100遺伝子に独自進化を遂げていたことをNature誌に報告しました。2025年には青森県で新たに発見された特異なピロリ菌系統に関する研究を発表し、日本国内にも未知の系統が存在している可能性を示しました。このように、ピロリ菌は単なる病原菌にとどまらず、人類の進化と移動の歴史を語る“分子化石”とも言える存在です。今後もこのテーマに情熱を持ち続け、医学と人類学の架け橋となる研究を展開していきたいと考えています。
─ 胃の中に存在するピロリ菌以外の細胞叢についても、お聞かせください。
これまで胃はピロリ菌以外にはほとんど菌が存在しない無菌環境と考えられていましたが、近年の次世代シーケンス技術の進歩により、胃内にも多様な微生物叢(gastric microbiota)が存在することが明らかになってきました。私はこれにいち早く着目し、胃がん発症リスクや疾患との関連性を明らかにするために、国内外の共同研究を通じて精力的に調査を行ってきました。特に注目すべきは、モンゴルの大学院生・Gantuya氏との共同研究です。モンゴルは世界でも最も胃がんの発症率が高い地域の一つであり、彼女の研究ではピロリ菌陰性者を含む様々な胃疾患患者の胃粘膜サンプルから、細菌叢の構成や多様性を解析しました(Gantuya et al., Cancers, 2019; Aliment Pharmacol Ther, 2020)。この研究では胃がんや前がん病変と特定の非ピロリ菌(例えばエンテロコッカス属)の関与が示唆され、実際に我々の研究室ではその菌の培養に成功し、機能解析も進めています。
─ インドネシアの方々とも研究をされているそうですね。
インドネシアの大学院生らとの共同研究ではピロリ菌の抗菌薬耐性と胃内細菌叢の関連を解析し、LactobacillusやStreptococcus属といった特定の菌群が耐性と関連する可能性を示しました(Dewayani et al., PLoS One, 2023)。さらに、GERD(胃食道逆流症)患者におけるピロリ菌感染と胃内細菌叢の変化についても調査し(Sugihartono et al., Gut Pathog, 2022)、疾患ごとの細菌構成の違いを明らかにしています。また、我々のグループではピロリ菌がいない状態の胃炎においても、非ピロリ菌性の細菌(non-H. pylori bacteria)が病態形成に関わっていることを示す知見を報告しました(Waskito et al., Gut Pathog, 2022)。この分野は従来のピロリ菌単独の病原論を超えた、新たな胃疾患の理解に大きく貢献しています。さらに、最近では非ピロリ性ヘリコバクター(NHPH)、特にHelicobacter suisの役割にも注目し、新たな共同研究を開始しました。H. suisは豚由来の菌として知られ、ピロリ菌と異なり形質的にも異なる病原性を持ち、胃疾患との関連が示唆されています。今後、NHPHと胃がんリスクとの関係を明らかにすることも重要なテーマです。
─ 今後、胃がんは制圧されるのでしょうか。
はっきり言えることとしてはピロリ菌に感染していない人はめったにがんにならないということです。したがって、ピロリ菌をなくせばいいということになります。しかし、それが絶対かとは言い切れません。そのためにブータンのような小さな国で一度、全てを除菌しようとしていますが、そう簡単にはいかないので、もう少し別の方法が必要です。ワクチンができれば最高なのでしょうが、それにはまだ長い道のりとなるでしょう。ブータンは小さな国なので、ピロリ菌を全て除菌してしまうと、本当に胃がんがなくなるのかという一種の検証をしているお話は以前の連載で申し上げましたが、そのために10分から20分でピロリ菌を測れるようなキットを大分県の地場産業と一緒に開発しています。感染するとどうしても薬剤耐性ができるので、そのミューテーションもすぐにPCRなどの簡単なもので分かるようにしています。ブータンでは全員の除菌が一つのストラテジーではありますし、日本はお金持ちの国なのでピロリ菌の除菌は保険適用になっています。しかし、世界にはアフリカの国々のようにお金のない国もあります。そこで大切なのが私が研究してきた病原因子なのです。ピロリ菌に感染しても病気にならない人もいますし、胃がんになる人もほんの数%ですが、今後は「あなたはピロリ菌に感染していますが、弱いピロリ菌なので除菌しなくてもいいですよ」といった診断ができるようになるかもしれません。近年の新型コロナウイルス感染症でもデルタ型やオミクロン型などの型がそれぞれ違ったように、「あなたはこの病原因子を持っているのだから、絶対に除菌しないといけません」という診断ができるといいですよね。さらに、2025年度からはピロリ菌のワクチンに関してもスウェーデンの研究者と組んで、研究を始めたところです。ピロリ菌の治療にしても抗生物質のみではなく、「あなたはこの薬では駄目です」など、薬を選ぶこともピッと簡単に分かるようになればいいですし、まだするべきことがありますね。