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記事・コラム 2026.02.24

プロフェッショナルインタビュー

第1回「研究チームの論文が『Nature』に掲載」大分大学病院 環境・予防医学講座 教授 山岡𠮷生先生

話題沸騰!数々の人気番組に出演している医師たちが語る
「キャリア」「信念」「未来」そのすべてに迫るインタビュー!

どのようにしてスキルを高め、逆境を乗り越えてきたのか?
日常の葛藤、医師としての信条、そして描く未来のビジョンとは――。

【出演番組一部抜粋】
NHK BSヒューマニエンス

今回は【大分大学医学部 環境・予防医学講座 教授】の山岡𠮷生 先生のインタビューです!

テーマは 第1回「研究チームの論文が『Nature』に掲載」をお話しいただきます。

プロフィール

名前
山岡(やまおか)𠮷生(よしお)
病院名
大分大学
所属
環境・予防医学講座 教授
経歴
  • 1961年に滋賀県大津市で生まれる。
  • 1979年に京都大学工学部に入学し、1983年に京都大学工学部を卒業する。
  • 1983年に京都大学大学院工学研究科に入学する。
  • 1984年に京都府立医科大学に入学する。
  • 1990年に京都府立医科大学を卒業し、京都府立医科大学附属病院研修医となり、第三内科に勤務する。
  • 1991年に大津市民病院研修医となり、消化器内科に勤務する。
  • 1993年に京都府立医科大学大学院に入学し、1997年に京都府立医科大学大学院を修了する。
  • 1997年に米国のベイラー医科大学に留学し、消化器内科のポスドクとなる。
  • 2001年にベイラー医科大学消化器内科講師、2002年にベイラー医科大学消化器内科助教授、2004年にベイラー医科大学消化器内科准教授となる。
  • 2009年に大分大学医学部環境・予防医学講座教授に就任する。
  • 2010年にベイラー医科大学消化器内科教授に就任する。
  • 2019年から2021年まで大分大学医学部長を務める。
  • 2021年に大分大学理事、副学長に就任する。

2006年から2007年までイラン国Shaheed Beheshti医科大学客員教授、2008年から2009年まで北海道大学病院客員臨床教授、2015年からモンゴル国モンゴル国立医科学大学客員教授、2017年からインドネシア アイルランガ大学医学部招聘教授、2019年からタイ タマサート大学医学部ASEAN特任教授、2020年からマレーシア国マレーシア国立サバ大学客員教授を務めている。

─ 2024年に先生の研究チームの論文が『Nature』に掲載されました。責任著者としての『Nature』への掲載は本学開学以来初のことだったそうですね。

その論文ではこれまで知られていなかったHelicobacter pyloriの古代系統 “hardy strain” を世界で初めて詳細に報告しました。この菌は主にシベリアなど高緯度の寒冷地域に暮らす集団から分離され、肉中心の食生活に適応して100遺伝子で独自の進化を遂げていることが明らかになりました。この発見は人類の栄養環境がピロリ菌のゲノム進化に直接影響を与えてきたことを実証した初めての例であり、ピロリ菌が単なる病原菌ではなく、ヒトの進化や食生活の変化に呼応してきた“共進化する存在”であることを示しています。さらにこの研究ではこれまでに知られていた系統(「hp」や「hsp」)とは異なる、生態学的に特異な“エコスペシーズ(ecospecies)”としてのピロリ菌の存在を提唱し、感染症学、微生物学、人類進化学の各分野に対して、新たな視座を提供するものとなりました。

─ 先生はその研究チームでどのようなお立場でいらしたのですか。

私は共同研究者として深く関与し、国際共同研究コンソーシアム「Helicobacter Genomics Consortium」の一員として、これまでに蓄積してきた数千株に及ぶピロリ菌のグローバルゲノムデータと解析技術を提供しました。この成果はこれまで長年にわたり取り組んできたピロリ菌を通じた人類移動史の解明という私自身のライフワークとも密接に結びついています。

─ 『Nature』に掲載されたことで、大きな反響がありましたか。

『Nature』や『Science』といったトップジャーナルに論文が掲載されると、「人生が変わる」とまで言われることがあります。私自身も2003年、2007年、2009年と『Science』や『Nature』に論文を発表しましたが、当時はアメリカに在住していたにもかかわらず、日本の新聞各紙にも大きく取り上げられました。研究者としての認知度が飛躍的に高まり、以後の国際共同研究や学会活動にも大きな影響を与えたことは言うまでもありません。2024年に発表した『Nature』の論文も既にその片鱗を見せつつあります。狩猟採集民の食文化に適応したピロリ菌系統(”hardy strain”)の発見は医学的意義だけでなく、人類史、進化学、微生物生態学の分野にも波紋を広げました。国内の新聞やテレビでも報道され、一般の方々にも「ヒトと菌の共進化」に関心を持っていただくきっかけとなりました。この論文が掲載されてから、まだ1年半も経っていません。ですから、その真のインパクトや波及効果はこれから明らかになってくるでしょう。しかし一つ確かなのはこの成果が私自身の研究人生における「次のステージ」の幕開けであるということです。これを足がかりに、未知の菌系統や人類移動史、そして環境因子と病原性の関係といったテーマに、より一層深く取り組んでいくつもりです。

青森県で新型ピロリ菌を発見

─ 青森県での新型ピロリ菌発見も画期的でしたね。

近年、私たちは青森県で、これまでの分類体系では説明のつかない新たなピロリ菌系統を確認しました。この菌は遺伝的に明確に既知の「hspEAsia型」から分離されており、私たちはこれを「北本土型ピロリ菌」(North Honshu strain)と名付け、2025年6月10日に『Microbial Genomics』にその全貌を報告しました(Microbial Genomics, 2025)。この北本土型は病原因子関連遺伝子であるdsbCやccsBAに特異的なアミノ酸置換や構造変異を有しており、従来の日本株とは顕著に異なる分子的特徴を持っていました。特にccsBAはヘモ結合や細胞毒性に関与する重要遺伝子であり、その変異が胃粘膜への病原性に影響する可能性があります。従来、青森を含む東北地方の胃がん高発症の背景には「食塩摂取」や「喫煙」などの生活習慣が注目されてきましたが、これに加えて「地域特異的なピロリ菌系統の存在」が新たなリスク要因として浮かび上がったことは胃がん予防戦略の再構築に資する画期的成果です。さらに、青森におけるこの北本土型の存在は大分県に存在する韓国型に近い菌株などとともに、日本列島に複数の独立したピロリ菌系統が分布していることを示しており、人類集団の移動や定着の歴史的痕跡とも深く関わっています。このように、ピロリ菌の地域型は疾患リスクの指標としてだけでなく、分子人類学や法医学においても極めて有用なマーカーとなりうるのです。

─ 記者会見もありましたね。

2025年にはこの成果について記者会見を開催し、「ピロリ菌が語る地域のルーツと病気の背景」として国内メディアにも広く紹介されました。今後はさらなる地域での系統調査を通じて、日本列島におけるピロリ菌進化と疾患感受性の多様性の全貌を明らかにすることを目指しています。

─ 人類の移動が分かってくるのは興味深いです。

これはサイドワークとして始めたのですが、世界の色々な国に行くと「ちょっと違う」ということに気づかされたんです。日本のピロリ菌とアメリカのピロリ菌は違いますし、ドイツのグループと組む中で、ピロリ菌がアフリカから出てきて、人間の移動とともに広がっていくことが分かりました。遺伝子は大きなもので、それを全部調べるとなると大変なお金がかかるのですが、ピロリ菌は細菌なので、そんなにお金をかけなくても変異がよく分かります。例えば黒人と白人は見た目が全く違いますが、黒人と白人の違いを示す遺伝子を特定するのは難しいです。でもピロリ菌であれば、とにかく全部を調べることが可能です。さらに調べると、アジアの中でも日本と韓国のピロリ菌は違いますし、日本の中でも青森県と大分県のピロリ菌は違うというふうに、開発技術もどんどん発達してきました。世界を移動するという長い流れの中で、最近は「では沖縄のピロリ菌はどこから来たのか」「青森のピロリ菌は」というピンポイントに注目しています。これを医学と関係づけると、青森には胃がんが多いというのは青森に行きついたピロリ菌が変化をして、ある病原因子から胃がんになっていくのだろうと思われます。病気との繋がりは面白いですね。

─ これが法医学にも繋がっていくのですね。

実際に法医学に使えるかどうかは分かりませんし、技術にもよりますが、身元不明の遺体が発見されたときに、唾液に微量なピロリ菌が含まれていれば、その遺伝子を調べることにより、「この人はもっと北のほうの人だな」と分かるようになるかもしれません。

ブータンの胃がん撲滅を目指す

─ ブータンでの活動について、お聞かせください。

私が現在、最も情熱を注いでいるのがブータン王国における胃がん撲滅のための国家規模の取り組みです。ブータンは自然豊かで国民総幸福(GNH)という独自の価値観を掲げるヒマラヤの小国ですが、近年、胃がんによる死亡率の高さが深刻な公衆衛生上の課題となっています。これに対し、SATREPS(地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム)の一環として、日本政府の支援を受けながら、科学的根拠に基づいた包括的な胃がん対策プロジェクトを展開しています。

─ プロジェクトの内容を教えてくださいますか。

このプロジェクトは大きく4つの柱で構成されています。

1. ICTを活用した自国生産型診断キットの開発
ピロリ菌の診断には高感度かつ簡便な方法が不可欠です。私たちは現地で生産、活用可能な便中抗原検査(SAT)やPCR診断技術の開発と導入を進めており、デジタル機器と連携した診断情報の共有・解析システムの構築も視野に入れています。これにより、遠隔地でも検査が行える体制を整えつつあります。
2. ピロリ菌の抗菌薬耐性の迅速診断と除菌治療の普及
抗菌薬耐性の問題は除菌治療の効果に大きく影響します。現地で収集した菌株を用いて、迅速な耐性診断法を確立するとともに、最適な除菌レジメンの確立と全国展開を推進しています。特に除菌率の低下を防ぐために、地域ごとの耐性パターンに応じた個別化治療戦略の導入を図っています。
3. 内視鏡技術の移転と人材育成
内視鏡検診は胃がんの早期発見に欠かせません。私自身が内視鏡医でもあるため、最新の内視鏡機器(Olympus X1システムおよび1200シリーズスコープ)を無償提供し、ブータン人医師、看護師へのハンズオン指導を通じて、技術移転と人材育成を進めています。特に地方都市ゲレフではエンドスコピーセンターを設置し、現地で自立した検診・診療体制の構築を目指しています。
4. 全国展開と持続可能な体制の構築
この取り組みを特定地域の成功例に留めず、全国規模で持続可能な医療体制へと拡張していくことが最終目標です。既に国のNational Flagship Program(胃がん予防の国家プロジェクト)として正式に位置づけられ、保健省と連携した政策レベルでの議論も進んでいます。

─ 大きなプロジェクトなのですね。

このプロジェクトは単なる医療支援ではなく、ブータン国民の健康寿命の延伸と医療インフラの自立的発展を目指す国家規模の公衆衛生プロジェクトです。私自身、かつてのブータン前首相と親交があり、国王陛下に謁見して本プロジェクトへのご理解をいただいたことも大きな後押しとなっています。最近ではこのブータンでの取り組みが、NHK『おはよう日本』やNHK World Reportなどの国際メディアでも紹介され、日本とブータンの科学外交、国際保健協力のモデルケースとして注目を集めています。このように、私の専門性と国際ネットワークを活かしながら、ブータンにおける胃がん撲滅という壮大なビジョンに向けて、医療、研究、人材育成、政策連携の全てを統合する挑戦を続けています。