話題沸騰!数々の人気番組に出演している医師たちが語る
「キャリア」「信念」「未来」そのすべてに迫るインタビュー!
どのようにしてスキルを高め、逆境を乗り越えてきたのか?
日常の葛藤、医師としての信条、そして描く未来のビジョンとは――。

【出演番組一部抜粋】
命を救う!スゴ腕ドクター・Nスタ・プロフェッショナル仕事の流儀・世界一受けたい授業
今回は【東京女子医科大学病院 乳腺外科教授】明石定子先生のインタビューです!
女性医師の外科医の苦労とは。どのようにして大学教授になったのか。
乳腺外科の今後についてなど語っていただきました― ―。
第2回「医師と患者で『綺麗』の感覚はやはり違うんです」をお話しいただきます。
プロフィール

名 前 | 明石(あかし)定子(さだこ) |
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病院名 | 東京女子医科大学病院 |
所 属 | 乳腺外科 |
資 格 |
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経 歴 |
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受賞歴 |
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論 文 |
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主な役職・活動歴 |
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東京女子医科大学乳腺外科 明石定子教授 インタビュー
ー国立がん研究センター中央病院でも研修されたのですね。
東大病院での研修を終え、レジデントという立場でがんセンターに行きました。医局の先輩でがんセンターのレジデントになった方がいらっしゃったので、そういう道もあるんだなあと知ったんです。
学生時代に大学病院以外の場所で実習する機会があり、がんセンターで実習したことがあったのですが、そこで先生方の手術を見たことも大きかったです。がんセンターでは毎日、多くの手術をしているので、手術が上手な先生方ばかりなんですね。先生方の手術は速いし、動きに無駄がなく、こういうふうになりたい、ここで腕を磨きたい
と思ったので、医局の教授に「がんセンターのレジデントになりたいです」とお願いしました。その教授は懐の深い方でしたので、「よしよし、いいよ。行ってらっしゃい」という感じで送り出してくださいました。

ーがんセンターでの修行の日々はいかがでしたか。
とにかく場数を踏まないとうまくならないと思っていたので、多くの手術を経験させていただきました。がんセンターのレジデントになる前は手術がうまくなりたいという一心で、レジデントの試験を受けるための説明会に出席しました。その説明会で渡された書類に外科の中で何を専門にしたいのかを書けという欄がありました。当時のレジデントは卒後3年目から5年目の医師がなるもので、その説明会は2年目の秋にありましたので、まだ医師になって1年半しか経っていない時期
だったんです。1年半のうち、最初の1年間は外科にいましたが、次の半年は麻酔科にいましたので、その状態で専門を決めろと言われてもまだ立派な外科医にすらなっていないわけです。手術も2、3件しか経験していませんでした。
そういう状態で専門を選ばないといけないのかと不安になりましたが、そこで「そう言えば講師の先生が『明石くんは女性だから、将来は乳腺がいいんじゃない』と言ってくださったな」と思い出したんです。それで何科かを書かないといけないのであれば、とりあえず乳腺にしようと決め、「乳腺」と書きました。そうしたら、乳腺外科の先生がとても喜んでくださいました。当時の外科はやはり消化器が主流の時代でしたので、私が乳腺を選んだことに対して、その先生は嬉しかったんでしょうね。その後もその先生にはとてもかわいがっていただきました。今日の自分があるのはその先生のお蔭だと感謝しています。
ー外科のレジデントを終えられてからは乳腺に特化されたのですか。
そうです。外科のレジデントを3年間やって、そのあと乳腺外科のチーフレジデントになりました。そこからは完全に乳腺ですね。当時としては様々な外科を一通り経験してから乳腺に行く先生方が多かったのですが、私の場合は早い時期に専門特化したので、それが強みでもあるし、弱みでもある
のかなと思っています。
ー弱みでもあるのですか。
やはり乳がん以外のことに少し弱いという自覚があります。乳腺に行く前にもう少し色々なことを知っておいたほうが良かったのかなという思いもありますが、人間は欲を言うとキリがないですしね。
ー乳腺に特化されてからの修練の日々はいかがでしたか。
お蔭様で、非常に楽しかったです。がんセンターは症例数が非常に多い
ので、自分の腕を磨くという意味でも良い機会でした。論文も書き放題でしたね(笑)。論文も最初は何を書いていいのか分からないので、「ネタをください」と上の先生方にお願いをしていましたが、途中からは自分で「これはどういうことなんだろう」という疑問を持てるようになってきました。症例数が豊富にあるので、臨床上で疑問に思ったことを研究し、論文に書いていくということを繰り返しながら、楽しい日々を過ごしていました。
ー手術をどのように上達させていったのですか。
人の手術を見ているだけでうまくなる人もいるかもしれませんが、やはり自分がやってみることで、「ここが難しい」などが分かってきます。そのため、ある程度の腕になるまでは術者の立場をもらわないとうまくならないのではないかと思います。
私は幸い、がんセンターで術者になる機会に恵まれたというのが有り難かったですね。機会に恵まれただけでなく、仲間の存在もあります。がんセンターのレジデントは皆、手術がうまくなりたくて、がんセンターを選んでいます。それで、がんセンターの安月給にもあえて耐えているわけなので(笑)、「この症例は自分のところに来ないかなあ」という感じで、皆ががつがつしていました。そこはチーフレジデントが均等になるように配慮して、うまく回していましたが、そういう環境の中で上達させていきました。その頃に先輩の先生から聞いたのは乳がん手術の際に大胸筋の表面の筋膜を残すと術後の痛みを訴える患者さんが少ない
ということで、これはその後に身につけた技術に繋がる教えでした。
ー患者さんとどのようにコミュニケーションを取られるのですか。
乳がんの患者さんは増えており、様々なニーズがありますが、中でも乳房の整容性へのニーズは大きいですね。医師が考える「綺麗」と患者さんが考える「綺麗」はやはり違います
。そこで、患者さんの立場に立って、患者さんの思いを汲み取ることに努力してきました。
温存療法が始まった頃に、私としては綺麗に整えたと思った手術をしたのですが、その後、患者さんが脂肪注入をされ、乳房の形を整え直されたというお話を耳にしました。そのときに乳房への思い入れは皆さんが違うのだということを感じましたし、一方で、患者さんの年齢や組織の状態などでも「綺麗」のあり方は変わってきます。そうした現実は患者さんにきちんと伝えるようにしています。しこりの大きさや場所を考え、切除する範囲や切除する量を決めていくのですが、乳房の形がどう変形するのかについては患者さんの求めるイメージと予測されるイメージとのギャップを埋めなくてはいけません。このコミュニケーションはとても大事だと思っています。
ー乳がん診療は手術だけではありませんよね。
薬物療法もありますね。こちらも患者さんのニーズは様々です。異型度が高く、抗がん剤が必要な患者さんでも副作用などが気になって拒否される方もいます。もちろん、抗がん剤には副作用が全くないわけではありません。でも、今は吐き気止めなどの薬も進化していますし、抗がん剤治療を受けた患者さんの中にも「想像していたよりも酷くなかった」と言われる方が少なくありません。私も患者さんの多様なニーズにお応えするために、遺伝子分析や術前術後の薬物療法についての臨床研究に力を入れてきました。