記事・コラム 2023.11.15

ゴルフジャーナリストが見た、プロゴルファーの知られざる素顔

【2023年11月】「永遠の女王」A・ソレンスタム

講師 舩越 園子

フリーライター

東京都出身。早稲田大学政経学部卒業。
百貨店、広告代理店勤務を経て1989年にフリーライターとして独立。93年渡米。

在米ゴルフジャーナリストとして新聞、雑誌、ウエブサイト等への執筆に加え、講演やテレビ、ラジオにも活動の範囲を広げている。

『王者たちの素顔』(実業之日本社)、『ゴルフの森』(楓書店)、『松山英樹の朴訥力』(東邦出版)など著書訳書多数。

アトランタ、フロリダ、ニューヨークを経て、現在はロサンゼルス在住。

第77回

ゴルフ界の「女王」、アニカ・ソレンスタムが「オーガスタ・ナショナルのメンバーになった」と米メディアによって報じられたのは、今年の10月末のことだった。

メジャー4大会の1つであるマスターズを主催するオーガスタ・ナショナル(米ジョージア州オーガスタ)は、1932年に創設されたプライベートクラブだ。創設当初から「男性オンリー」のクラブとされており、長きに亘り、女性メンバーは1人もいなかった。

しかし、2000年代序盤ごろから、米国の女性人権保護団体などから抗議の声が上がり始め、時代の変化や要求に対応したオーガスタ・ナショナルは、2012年に元米国務長官のコンドリーザ・ライス女史とサウス・カロライナ州の財政家のダーラ・ムーア女史を、初の女性メンバーとして迎え入れた。

その後、IBMの元CEOなど、さらに4名の女性がメンバーに加わったとされている。

そして今年、「ソレンスタムが新たに女性メンバーとなった」ことが、複数の米メディアによって報じられた。

とはいえ、オーガスタ・ナショナルも、ソレンスタム本人も家族も、この件に関しては「ノーコメント」を通しており、そのあたりは、「さすがプライベートクラブ」である。

だが、ソレンスタムがゴルフ界にもたらしてきたものの大きさを思えば、彼女がオーガスタ・ナショナルの数少ない女性メンバーとなることは、誰もが「ごもっとも」と頷ける当然の流れと言えるだろう。

「37歳で引退」の真意

スウェーデン出身の53歳、ソレンスタムは、かつて女子ゴルフ界を席巻した「女王」だった。

賞金女王に輝くこと8回。メジャー大会では合計10勝を挙げ、米LPGAでは通算72勝を挙げて不動の地位を築いていた。

「アニカみたいな選手になりたい」――そんな夢と希望を抱いたジュニアゴルファーたちが、次々にアメリカへ渡り、「ネクスト・アニカ」を目指した。

彼女の母国スウェーデンのみならず、韓国、オーストラリア、日本、台湾、メキシコ、パラグアイなど、世界中の子どもたちがソレンスタムに憧れ、彼女を追いかけた。

ソレンスタム自身も必死に走り続けた。2001年の春には米LPGAの「スタンダード・レジスター・ピン」という大会の2日目に、未曾有の「59」をマークして世界を沸かせた。

2003年には米男子ツアーであるPGAツアーの大会「バンク・オブ・アメリカ・コロニアル」に挑み、大きな注目を集めた。

その年に生涯グランドスラムも達成。世界ゴルフ殿堂入りも果たした。

そうやって、すべてを手に入れたソレンスタムは、それでもさらなる勝利を重ねていき、5年連続で女王の座に君臨し続けていた。

だが、2006年に、ついに王座をメキシコ出身のロレーナ・オチョアに奪われ、初めて翳りを見せた。

2007年には首から腰にかけての故障に泣かされ、年間0勝。世間ではソレンスタム時代の終焉が囁かれ始めていた。

だが、2008年は春先から次々に3勝をマークし、王座奪回を思わせる勢いを見せた。

「ケガでゴルフの練習ができなかった日々は本当に辛かったけど、ツアーに復帰できた今は、新しい人生を得たような気持ちです。だから私はもう1度、頂点を目指します」

3月ごろ、ソレンスタムは確かにそう言った。しかし、わずか2か月後の5月、彼女は電撃的に引退を発表。ゴルフ界は大きな驚きに包まれた。]

何にも代えられない「喜び」

忘れもしない。あれは2008年5月13日。米LPGAの「サイベース・クラシック」という大会の火曜日だった。

試合会場で突然、会見を開いたソレンスタムは、その年限りでツアーから退くことを発表。世界のゴルフ界に衝撃が走った。

とはいえ、彼女が口にしたのは「引退」をそのまま示す「retire(リタイア)」という言葉ではなく、「step away=離れる」という表現だった。

それは、これまでとは異なる道を進むために、自らの意志でツアーから離れるという決意を物語っていた。

そのとき、ソレンスタムは37歳。引退を決めた最大の理由は、婚約していたマイク・マクギー氏と結婚し、「家庭を築いていく人生を優先したい」というものだった。

当時の米女子ゴルフ界では、子育てをしながらツアーで戦う「ママさん選手」が現役で何人も活躍しており、これから結婚しようとしていたソレンスタムが37歳で引退を決めたことは「あまりにも早すぎる」と感じられたことは確かだった。

しかし、彼女の意志は固く、引退の決意が揺らぐことは決してなかった。なぜなら、彼女は、すでに未来へのビジョンをしっかり描いていたからだった。

「これからは競技とは別の形で、ゴルフに関わりながら生きていきたい」

自らの立ち位置を「インサイド・ロープ」から「アウトサイド・ロープ」へ変えようと決意したソレンスタム。

「アウトサイド・ロープ」のゴルフとの関わりとは、わかりやすく言えば、ゴルフ界や社会への貢献、ジュニアゴルファーを含めた子どもたちの育成といった活動のことである。

子どもと大人がともに楽しめるゴルフコースを設計・監修したり、女性ゴルファー対象のアパレル・ラインを考案したこともあった。

ジュニアや女子ゴルファーのための「アニカ・アカデミー」も設立した。

さらには、女子大生ゴルファーのための「アニカ・インターカレッジエイト」も創設し、毎年の運営も自身で手掛けた。

その開幕イベントでは、自らがマイクとクラブを握ってレッスンを行なうジュニアクリニックも実施。

ソレンスタムが企画する活動には、ジュニアや女性への気遣いと思いやりが常に溢れている。

「私のジュニアシリーズから巣立っていった子どもたちが、やがて大学ゴルフ部に入り、このインカレで私の目の前に再び現れて再会する。その喜びは何にも代えられません」

世界ナンバー1プレーヤーとして光り輝いた世界から「step away」したソレンスタムは、その後はゴルフを愛する子どもたちを育て、選手を育てることに力を尽くし、いまなお輝いている。

そのすべてが彼女の偉業と言っていい。昔も今もゴルフ界をリードしているソレンスタムは、永遠に「女王」であり続ける。