記事・コラム 2023.09.15

ゴルフジャーナリストが見た、プロゴルファーの知られざる素顔

【2023年9月】大きなゴールのための小さな目標

講師 舩越 園子

フリーライター

東京都出身。早稲田大学政経学部卒業。
百貨店、広告代理店勤務を経て1989年にフリーライターとして独立。93年渡米。

在米ゴルフジャーナリストとして新聞、雑誌、ウエブサイト等への執筆に加え、講演やテレビ、ラジオにも活動の範囲を広げている。

『王者たちの素顔』(実業之日本社)、『ゴルフの森』(楓書店)、『松山英樹の朴訥力』(東邦出版)など著書訳書多数。

アトランタ、フロリダ、ニューヨークを経て、現在はロサンゼルス在住。

第75回

イングランドのロイヤル・リバプールが舞台となった今年の全英オープンは、36歳の米国人、ブライアン・ハーマンの勝利で幕を閉じた。

2位に5打差を付けて最終日を迎えたハーマンは、激しい風雨の中、ジョン・ラームやジェイソン・デイ、ローリー・マキロイといったメジャー・チャンピオンたち、あるいは若さが溢れるトム・キムといった選手たちの追撃に動じることも捉えられることもなく、最後は2位に6打差をつけて勝利した。敗北した誰もが思わず脱帽させられるほどの、あまりにも見事な勝ちっぷりだった。

米ジョージア州で生まれ育ち、地元のジョージア大学を経てプロ転向したハーマンは、2012年からPGAツアーに参戦開始。身長170センチの小柄な体型で、普段は右利きだが、ゴルフだけはレフティーでプレーする。ジュニア、アマチュア時代から数々のタイトルを奪って輝いてきたハーマンだが、PGAツアーに来てからは「上には上がいることを痛感させられた」。

飛距離では大柄な選手たちに物理的に敵わない。だから、ショットの精度と小技、とりわけパットの腕を磨き、「どんなに遠くに乗せても、しっかりカップに寄せられるよう、ロングパットの距離感を養った」。

その甲斐あって、2014年ジョンディア・クラシックで初優勝。それから3年間は勝利を挙げることができなかったが、2017年のウエルスファーゴ選手権で、ようやく2勝目を挙げた。

しかし、以後は再び勝利から遠ざかり、彼の勝利数は、ずっと通算2勝のままだった。

「未勝利だった時代も、2勝を挙げてからも、僕はいつも誰かの陰になっていた」

ハーマン自身がそう振り返るほど、彼は目立たない地味な選手だったが、「デビュー以来、この12年間、僕はシーズンエンドのプレーオフ・シリーズに連続出場してきた。そのことを僕は何より誇りに思っている」。

戦いの場に居続ければ、いつかは勝つチャンスに巡り合える。奇跡だって起こりえる。だからこそ、さらなる大きな目標を直接目指すより、ハイレベルな戦いの舞台に安定して「居ること」「出ること」「存在すること」が何より大事。

そう考えたハーマンは、大きなゴールを達成するために、まず目の前の小さな目標をクリアし続けることに黙々と取り組んできた。

初志貫徹、「オマエにはできる!」

今年の全英オープンは、そんなハーマンの姿勢や取り組み方が正しかったことを実証する展開になった。

2位に5打差の単独首位で迎えた3日目。出だしからボギーを2つも喫し、観衆からは落胆の声が聞こえてきたが、「僕ならできると自分に言い聞かせ、自分を鼓舞した」。

最終日も2番と5番で続けざまにボギーを叩き、2位との差はじわじわと3打差まで縮まった。しかし、ハーマンは「ブライアン、オマエにはできるはずだ。勝てるはずだ」と自身を叱咤激励し続けた。

風雨が強まる中、ショットやパットをしようと構えると、キャップのツバから雨滴がポトポトと滴り落ちて集中力が乱される。デイは、ついにキャップを取り、無帽で戦い始めた。ラームやキムはキャップを逆に被ったりしながら四苦八苦。フラストレーションを募らせたマキロイは何度か奇声を上げていた。

しかし、ハーマンだけは何も変えなかった。キャディが差し出す傘の内側に吊るされていたタオルをショットのたびに自分で手に取り、グリップとクラブヘッドについた雨滴を入念に拭き取ってから構えに入る。そして、手元を小刻みに動かしながらターゲット方向を見る独特のワッグルを10回前後も行ってからショットする。

風雨が激化したときも、野次を浴びせられたときも、ハーマンは表情を変えず、プレショット・ルーティンも崩さなかった。一度決めたら貫き通す。初心貫徹の姿勢はハーマンの生き方そのものなのだろう。

他選手のパットは大事な場面でことごとく外れたというのに、ハーマンのパットだけは面白いようにカップに吸い込まれていき、終わってみれば、2位との差は6打へ広がり、通算13アンダーの圧勝となった。

ハーマン流で「サポートをしたい」

メジャー大会30回目の挑戦にして、ついにメジャー初制覇を達成したハーマンは、表彰式でも優勝会見でも、その喜びを満面の笑顔で表していたが、口を付く言葉は、ゴルフの話より趣味の話のほうが多かった。

ハンティングとフィッシングをこよなく愛し、近年は農作業にも夢中だそうだ。新しい大型トラクターで「畑を耕すのが楽しみでたまらない」。

そう言って会見場を沸かせたハーマンだが、そうした趣味に興じる場所も、愛妻と3人の子どもたちと暮らしている場所も、一貫して生まれ故郷のジョージア州だ。

PGAツアー選手とその家族が大勢住むジョージア州のセント・サイモンズ・アイランドに居を構えているハーマンは、「地元の人々の役に立ちたい。社会に貢献したい」と考えているそうだが、彼のチャリティに対する取り組み方は、彼のゴルフに対する姿勢とよく似ているところが興味深い。

いきなりビッグなチャリティ活動に着手するのではなく、まずは地元の大先輩プロであるデービス・ラブやザック・ジョンソンらが長年、行なっているチャリティ活動に参加し、そこで最大限の貢献をしつつ、チャリティの手法を学ぼうとしているところが、ハーマン流だ。

ラブは2010年から「ラブの大会」マック・グラデリー・クラシック(現RSMクラシック)をPGAツアーの大会として創設したが、ハーマンはデビュー以来、この大会に欠かさず出場し、プロアマ大会やチャリティ・オークションにも積極的に参加してきた。

ジョンソンが2017年から開催しているチャリティ・トーナメントにも必ず参加。

「子どもたちにゴルフに触れる機会を授けてあげたいし、子どもたちのサポートの仕方を親たちに教えてあげたい。そして、傷病と向き合う子どもたちをサポートしている小児病院を支えるお手伝いもしたい」

そう語気を強めるハーマンは、チャリティ・イベントの主催者以上と思えるほど精力的に動き回り、毎年、100万ドル以上を集めては、然るべき団体へ寄付をしている。

もしも今年の全英オープンで勝利を挙げていなかったら、そんなハーマンのチャリティ活動が世に知られることはなかったかもしれない。

だが、知られても知られなくても、彼はチャリティ活動と趣味のハンティングやフィッシング、ファーミングと本業のゴルフのすべてに黙々と取り組み続けていたはずである。

そういうハーマンだからこそ、勝利の女神は彼に微笑んだに違いない。