記事・コラム 2017.01.01

高原剛一郎の専門家しか知らない中東情勢 裏のウラ

【第十回】トランプ新政権とイスラエル

講師 高原 剛一郎

大阪ヘブル研究所

1960年名古屋出身。大阪教育大学教育学部卒業後、商社にて10年間営業マンとして勤務。
現在では大阪ヘブル研究所主任研究員として活動。イスラエル、中国を中心とした独自の情報収集に基づく講演は、財界でも注目を浴び、外交評論家としても知られている。

トランプ大統領誕生は、悪い知らせか、よい知らせか。

トランプが次期米国大統領に選ばれた。世界は大衝撃を受けた。私自身もしばらく胸騒ぎが止まらなかった。政治経験も軍隊経験もない暴言王が、ホワイトハウスの主人となり、世界最強の軍隊の最高司令官になるのだ。
現時点で、新大統領が何をするのかがわかる人はいない。トランプ大統領誕生を、想像することすら出来なかった米国の名だたる政治評論家たちにも、その能力はあるまい。だから今の時点で新政権の動向を論じるのは無駄だ。
だがこの世紀の番狂わせを、むしろ良きことの前兆のように受けとめる世界がある。
米国のカネの流れだ。結果が出た11月9日、日本の株価は1,000円以上も下げた。だが、翌日の米国市場は逆に上げた。
なぜ順当ではないこの顛末を歓迎するのか?

予想されていた通りにヒラリーが当選した場合、議会は上下両院とも共和党が取ると見られていた。トランプ支持派は、容易に負けを認めないで、選挙後も大統領が出す政策を葬りさることだろう。負けじと大統領も拒否権を連発する。これがますます議会を頑固にする。こうして第二次オバマ政権時代のねじれとこじれのダブル停滞状況は、クリントン政権になっても引き継がれる。つまり何も決まらない政治が続く。
だが、トランプが勝った。しかも上下両院とも共和党が勝った。史上最も醜い選挙と言われたものの、勝利宣言の場でトランプは、クリントンをほめたたえた。クリントンも潔く負けを認めて、泥仕合に終止符を打つことに同意した。こうして選挙から一夜明けた時には、ホワイトハウスと議会のねじれが解消し、兎にも角にも前に進む政治環境が誕生していた。
クリントンが当選していれば、金融規制も環境規制も一層強化されることになっていた。米国市場ではこれらの悪材料が反映された株価だった。が、突如としてこれら悪材料が取り除かれた。だから株価が上がった。
しかも、トランプは共和党主導の議会を味方につけているから、やろうと思ったら大抵のことは出来る。彼が公約する経済政策は、法人・個人の所得減税と歳出の大拡大だ。レーガノミックスと似ている。となると、レーガン時代のように財政赤字が膨れ上がる可能性が高い。だからこそ、債券市場では長期金利が上昇している。これも悪い話ではない。というのは今は世界中が、低金利、低成長でデフレ脱却が出来ずに喘いでいるからだ。ところが、米国のリフレ政策を見込んで、ドル買いが進んで円安傾向にあり、日本株価までジリジリ上がり出している。劇薬トランプがもたらした良い効能だ。

不透明なトランプの外交戦略

よく効く薬には、副作用がつきものだ。選挙中に吹聴した「米国第一主義」「孤立主義」を外交と安全保障のジャンルで実行すれば、米国の凋落は決定的になる。だがトランプといえど、まず変えることはなかろう外交関係がある。それは対イスラエル関係である。米国とイスラエルの間には文書化された同盟条約はない。だが、文書化されたいかなる他国との同盟関係よりも強固である。

米国がイスラエルを支援する4つの理由

米国がイスラエルを全面支援する第一の理由は、イスラエルが誕生したときから民主主義国家だからだ。米国政治にとって民主主義は、至上の価値観だ。アメリカン・デモクラシー、アメリカン・ウェイ・オブ・ライフは、世界中に広まるべき生き方であり、この在り方を脅かすものとは断固として戦うべきだと信じてきた経緯がある。だからこそ、独裁国家に囲まれた小さな民主主義国家イスラエルは、守るべき国家となる。更に言うなら、国の成り立ちが似ているのだ。イスラエルは、世界中で迫害され続けてきたユダヤ人たちが、今まで住み着いてきた国を捨てて自分たちの絶対安全圏を祖先の地に建てた国だ。米国も、ヨーロッパで様々な苦難を受けてきた人々が、生まれ育った国を捨てて移民となって造り上げた国だ。それだけに、共感が深くなるのだ。

第二の理由は、米国のユダヤ人たちが米国内からイスラエルを支援するよう政府に影響力を及ぼすからだ。世界中にいるユダヤ人の人口は、1,500万人だ。そのうちイスラエルに570万人がいる。そして米国には530万人いる。つまり、ユダヤ人国家イスラエルとほぼ同数の同胞が米国にいるのだ。これは米国人口の約2パーセントに過ぎない。米国議会では5パーセントがユダヤ系だ。政財界の有力者には、更に多くを占める。昨年の米誌長者番付トップ50人の2割はユダヤ系だ。これら有力者たちは、圧力団体を作って政府や議会に働きかけ、米国の力をイスラエルのために使うよう説得するのだ。だからといって、米国がユダヤ人たちに支配されているというのは、言い過ぎだ。一頃、ユダヤ陰謀論が日本でももてはやされたことがあった。ユダヤ地下政府が米国を意のままに操っているというのだ。だが、それは事実に反する。昨年のことだが、最強のユダヤ圧力団体であるAIPACが、総力を挙げてオバマ政権が進めるイラン核開発合意を阻もうとした。だが、彼らの努力の甲斐無く、核開発合意は調印された。

第三の理由は、イスラエルが冷戦時代に、中東地域をソ連の共産革命戦略から守る橋頭堡だったからだ。かつてソ連は、イラク、シリア、リビア等急進強硬派のアラブ諸国に軍事顧問の名目でソ連軍を置いた。油田地帯に向かって南下政策を取り、隙あらば革命工作を起こして国を乗っ取ろうとしてきた。あからさまな軍事演習は、いつでも侵略に変わり得た。そのような緊迫状態が続く中東地域の、しかも三大陸の結び目部分に、親米・民主主義国家で滅法戦争に強いイスラエルは、米国にとって貴重な資産だった。米国にとって、イスラエルの存在は実利上どうしても守るべき存在だった。

第四の理由がある。それは、イスラエルが、米国人の半数以上が信奉するユダヤ・キリスト教文化のルーツであり、かつバイブルの真実を実証する国となっているからだ。ユダヤ民族の苦難の歴史は、A.D.70年にローマに国を滅ぼされたところから始まった。彼らは、人口の9割近くが虐殺され、生き残った者たちは奴隷として世界中に連れ去られた。以来1900年間、国なき民は想像を絶する迫害歴史をくぐり抜けて、ついにもと居たところに国を再建した。この一部始終を、バイブルは前もって預言していたのだ。ここに、国の損得を越えて相当なる米国人たちがイスラエルを支持する理由があるのだ。そういうわけで、トランプ新政権もことイスラエルについては冷遇することはないと言える。

日本はトランプと良好な関係を築けるか?

さて、イスラエルのように、強力な圧力団体を持たず、共通の文化的ルーツを持たぬ日本が、トランプ政権と良い関係を築くことができるだろうか? できるはずだ。
アメリカ第一主義を掲げるトランプ氏は、損か得かを意思決定の基準に置くように思われるからだ。自由主義という共通の価値観を持つ日本と良い関係を保つことは、アジア・太平洋という巨大経済エリアでアメリカの主導権をむしろ強化することになる。これは、アメリカにとって絶対的に得である。この点について、諄々と(じゅんじゅんと:よくわかるように繰り返し教え諭すこと)説いていくことが大切だ。トランプ氏を、世界に先駆けて個別会談に持ち込んだ安倍外交に期待したい。