記事・コラム 2016.05.01

高原剛一郎の専門家しか知らない中東情勢 裏のウラ

【第二回】石油で国際政治の潮流を読む

講師 高原 剛一郎

大阪ヘブル研究所

1960年名古屋出身。大阪教育大学教育学部卒業後、商社にて10年間営業マンとして勤務。
現在では大阪ヘブル研究所主任研究員として活動。イスラエル、中国を中心とした独自の情報収集に基づく講演は、財界でも注目を浴び、外交評論家としても知られている。

石油を制するものが世界を制する

石油と言えば、まず頭に浮かぶのは中東だろう。だが、世界初の商業油田が見つかったのは、1859年米国のペンシルベニアだ。黒船到来の6年前の話である。石油発見は米国人の社会を劇的に変えた。安くて明るい灯油が登場したからだ。それまでは鯨油を使って明かりを灯していたのだ。産業革命以来、深夜勤務が当たり前になった工場では、ランプは欠かせない設備だった。だから米国は油を求めてひたすら鯨を追い回していた。何しろマッコウクジラの脳みそからは、150樽もの鯨油が採れたのだ。ペリーが威圧的に開国を迫ったのも、日本から捕鯨船に薪や水を調達するためだった。だが、黒船到来の6年後、米国は石油を掘り当てた。捕鯨産業はあっという間に斜陽化した。もし、石油発見が数年早ければ、ペリーは日本に来ていなかったかもしれない。そして英国やロシアが一番乗りしていたなら、日本の幕末維新はもっと悲惨なものになっていたかもしれない。

中東で石油が発見されるのは20世紀に入ってからだ。第一次世界大戦は、その前後で世界の勢力図を一変させた。鍵となるのは石油である。表向きには英国・フランス・ロシアを中心とする三国協商側とドイツ・オーストリア・イタリアを中心とする三国同盟国側の総力戦だ。同盟国側は敗北したが、真の戦勝国は米国だ。というのは、両陣営の石油の八割は米国によるものだったからだ。この戦争はやたらと新兵器が登場する戦だった。飛行機、戦車、毒ガスに潜水艦、そして大型戦艦が活躍したが、より大きな変化は燃料を石炭から石油に転換したことだった。こうして欧州の富は石油代金として米国に流れ出ていった。だから戦勝国側なのに英国は国力消耗が激しく凋落が始まったし、ロシアは共産革命で倒れるのだ。結局、石油を握っていた米国の一人勝ちだった。

日米戦争は、日本側の真珠湾攻撃で始まった。だが、なぜ日本は大国の米国に先制攻撃を仕掛けたのだろう。追い詰められたのである。米国は開戦5ヶ月前に日本への石油輸出をストップしたのだ。当時、日本側は石油の八割を米国に頼っていた。備蓄は7ヵ月分しかない。石油が底をつけば、戦わずして滅びるだけである。そこで日本はオランダから油田を抱えるインドネシアを奪い取り、採れた石油を日本まで運ぼうと考えた。その時邪魔になりそうだったのがハワイを本拠地とする米国太平洋艦隊だったのだ。つまり70年前のあの戦争は、石油で締め上げられて始まったのだ。

わずか6年で20倍に化けた石油価格

日本に原発が本格的に広がるのは、1974年に電源三法が成立してからだ。ではこの直前に何があったのか?オイルショックである。73年に始まった第四次中東戦争で、サウジアラビアは石油戦略を発動した。イスラエルに味方する国には石油を売らないという。1バレル2ドルの石油はあっという間に12ドルにはねがった。あらゆる商品が便乗値上げを始め、消費者物価指数は23%上昇、急激なインフレを抑えるために公定歩合は跳ね上がり、企業の設備投資は完全停止し、ついに戦後続いてきた高度経済成長は終わってしまったのだ。しかも、四年後の78年にはイラン革命によって、第二次オイルショックが起こり、ついに40ドルになる。つまり石油はたった6年で20倍に化けたのだ。世界規模のオイルショックに対応するために知恵を出し合うべく始まったのが先進7カ国首脳会議(サミット)だ。石油は国際政治に新たな潮流を引き起こすのだ。

石油価格の下落を追い風に変えられる企業とは?

2014年夏まで、石油は1バレル100ドルを超えていた。ところが今年に入ってからは30-40ドルをうろついている。産油国はつい二年前の三分の一の収入しかない。どこの産油国も国家財政は火の車だ。こんなことはいつまで続くのか。そしてこれは喜んでよいのか、新たな混乱のはじまりなのか。大きな構造を見ると、石油価格が跳ね上がる理由は今のところ乏しい。

理由は3つある。
第一に世界最大の石油輸出国サウジアラビアが減産しないからだ。石油価格を上げるには、全ての産油国が供給量を減らすことだ。それができないのは、自国のシェアが落ちることを恐れているためだ。石油の売買は長期契約でなされる。だから一旦減産量で契約してしまうと、顧客が別の産油国に流れてしまいかねない。国際社会での発言力を持っているのは、最大シェア国だからこそなのだ。
第二に米国が40年ぶりに石油輸出を再開したからだ。米国は今まで採掘ができなかったシェール層から石油を取り出す技術を確立し、今や石油生産量では世界一だ。さらにはこれを輸出に回しだした。最大の理由は、石油に依存するロシア経済にダメージを与えることだ。かの国では石油価格が1ドル下落するごとに、政府歳入は20億ドルも減少するのだ。クリミア半島を強奪し、米国が支援するシリアの反政府組織を空爆したプーチンに対する反撃だ。だが、忘れてはならない。米国は中東に頼らなくても、自国で石油をまかなえるようになればなるほど、中東に積極的に関わろうとしなくなるということを。
第三に経済制裁を解除されたイラン原油が市場に出てくることだ。イランはこれから潤沢な資金を手にすることになる。シーア派大国のイランの存在感が増すことになる。イスラム世界におけるサウジとイランの対立は激化する可能性がある。
だが、日本国内に限って言うなら、当面はよいことである。13年当時、日本は石油を含む鉱物性燃料輸入のために28兆円も払っていた。今年は18兆円と見込まれている。なんと海外に流れ出るお金が10兆円も減る。つまり日本経済にとっては10兆円減税に匹敵する効果が期待できのだ。自力のある企業には、むしろ追い風である。