記事・コラム 2016.04.01

高原剛一郎の専門家しか知らない中東情勢 裏のウラ

【第一回】世界情勢混迷の理由は、オバマの内向き外交にあり

講師 高原 剛一郎

大阪ヘブル研究所

1960年名古屋出身。大阪教育大学教育学部卒業後、商社にて10年間営業マンとして勤務。
現在では大阪ヘブル研究所主任研究員として活動。イスラエル、中国を中心とした独自の情報収集に基づく講演は、財界でも注目を浴び、外交評論家としても知られている。

今年のアメリカ大統領選挙は世界をどう変えるのか?

2016年はアメリカ大統領選挙の年である。本来ならば民主党政権が八年も続いたのだから、次は共和党の候補者が選出される可能性が高い。但し、今回共和党の公認候補に選ばれようとしているトランプ氏は、常軌を逸するようなことを平気で口にする人物である。「テロ防止のためにはテロリストの家族の殺害も必要」「テロ容疑者には拷問が効果的」人格を疑われても仕方がないような発言だ。こんな人物に支持が集まるのは、この八年間のオバマ政権時代に対する得体の知れない不満と怒りに由来するものと思われる。良識的だが何もしないリーダーより、多少非常識でもなんとかしてくれそうなリーダーを選びたいのだ。
オバマ時代の外交を一言で言うなら、アメリカだけができることを敢えてしないことでアメリカを世界から孤立させた外交である。

ロシアはアメリカの警告を無視して白昼堂々とウクライナを侵略しクリミア半島を奪いとった。中国は米中首脳会談の話し合いを反故にし、南シナ海の岩礁を埋め立てて人工島を作り上げ、3000メートル級の滑走路や空母を横付けできる軍港整備を着々と進めている。G7の欧州メンバー諸国も、アメリカの反対を押し切って一党独裁の中国が主導するアジアインフラ投資銀行に加盟した。注目すべきはアメリカ最大の同盟国イギリスが最初に手を挙げたことだ。こんなことは、今までなかった。世界の主要国は、軒並みアメリカを露骨なまでにないがしろにした。アメリカの威信ははオバマ外交によってすっかり地に落ちたのだ。

「戦わない」ことを選んだアメリカ大統領

最大の理由は、オバマ大統領は戦わないことを選んだ大統領であるからだ。アメリカは今でも世界最大の軍事大国である。軍事費世界ランキングで二位から十位までを全て合計しても一位のアメリカには及ばない。しかし、いかに強大なパワーを持っていても、それを使う意志が無いなら持っていないのと同じことである。オバマ大統領は2013年9月に「アメリカは世界の警察官ではない」と宣言した。世界中はその宣言をしっかり聞いた。だから、プーチンはウクライナに攻め込み、中国は南シナ海に要塞基地を作り続け、欧州諸国もアメリカの顔を立てなくなった。いざという時にも軍事介入しないと見なしているからだ。

オバマ大統領が世界のもめ事から距離を置くと決めたのには理由がある。
彼は、就任時にアメリカが戦っていた2つの戦争を終わらせることを公約にして当選した大統領だったからだ。2つの戦争とは、アフガン戦争とイラク戦争だ。前者は同時多発テロを企てたアルカイダ殲滅のためであり、後者は大量破壊兵器の査察を拒み続けたサダム・フセインを倒すためだ。大量破壊兵器とは、核兵器と生物・化学兵器のことだ。戦闘員と非戦闘員の区別なしに無差別殺戮をもたらすこれらの兵器が、アルカイダ等のイスラム原理主義過激派の手に渡ることを恐れたのだ。しかし、これら2つの戦争がアメリカに残した傷は浅くはなかった。短期で終わるはずだった戦争は、イラク戦争は約9年間、アフガン戦争に至っては14年以上経った今なお終わらせることが出来ずにいる。日本に置き換えるならば太平洋戦争を四回続けて戦うようなことだ。かかった戦費は600兆円以上、米軍戦死者は約7千人。国中に蔓延する厭戦気分を汲み取って当選したオバマ大統領は、戦わないことを至上課題にしたのだった。

だが、世界の警察官の突然の引退は、無責任のそしりを免れまい。想像を絶する無法地帯と乱暴者を生み出してしまったからだ。中でも中東の混乱は、目を覆うものがある。

話は変わるが、山田洋次監督の映画「たそがれ清兵衛」に印象深い場面がある。剣の達人清兵衛は、藩の謀反人善右衛門を斬るために屋敷に乗り込んでいく。ところが先方はまるで闘う意志が無い。二人は話し合っているうちに奇妙な友情が芽生え、互いに亡き妻の思い出話をするようになる。すっかり打ち解けた清兵衛は、妻の葬式代を工面するために刀を売ってしまい、今差しているのは竹光であることを打ち明ける。その瞬間、善右衛門が豹変して猛然と襲いかかって来るのである。
彼が闘う気が無いように見えたのは、剣の達人に立ち向かっても勝ち目が無いからだ。だが、使う剣を持たないのなら、達人の何を恐れる必要があるだろう。恐るべき相手が剣を振るえない時は、逆襲のための絶好のチャンスなのだ。

中東はいわば戦国時代、日本とて対岸の火事ではない

今の中東は戦国時代である。秩序安定のために介入してくる大国が無いことを好機と捉えるテロリストがはいて捨てる程いる。中東世界の無秩序は国を越え、地域を越えて、世界の情勢を変える事態に発展している。

シリアでは、国内難民800万人、国外難民400万人、死者は25万人を超えている。国土の3分の2はイスラム国が支配し、国を脱出した難民は今でもヨーロッパを目指してさまよい歩いている。イスラム教徒難民の大量流入に、欧州では国粋思想やファシズムが勢力を増すようになっている。テロの首謀者はしばしば難民を偽装して入って来るからだ。今や、欧州にとって中東問題はEUの存亡に関わるほどの問題なのだ。
日本にとっても、中東問題は他人事ではない。石油価格やテロ、東アジアの安全保障は中東問題とリンクしているからだ。

このコラムでは中東問題を中心に国際情勢を基礎から考えます。皆さまの参考にしていただけたらと至極光栄です。

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