「第5のメジャー」と呼ばれているプレーヤーズ選手権は、PGAツアーが誇るフラッグシップ大会ゆえ、賞金総額はツアー最高額の2500万ドル。戦いの舞台となる米フロリダ州ポンテベドラビーチのTPCソーグラスは、水絡みのホールが多い上に、読みにくい風が吹き荒れ、最難関コースの1つに数えられる。
今年は悪天候による日没サスペンデッドの影響で最終日の日暮れまでに勝敗が決まらず、大会史上8度目のマンデー・フィニッシュとなった。ただし、月曜日にソーグラスで戦ったのは、最終日を首位タイで終えてプレーオフにもつれ込んだのは、北アイルランド出身の35歳、ローリー・マキロイと米国出身の34歳、JJスポーンの2人だけだった。
世界ランキング2位のマキロイは、すでにメジャー4勝を含む通算27勝を挙げたトッププレーヤーだが、一方のスポーンは2022年にバレロ・テキサス・オープンで挙げた初優勝がキャリアで唯一の勝利。そして、人気も知名度もマキロイには遠く及ばないことは、誰の目にも明らかだった。
スポーン自身、その現実を認めていた様子で、翌朝にプレーオフを控えていた日曜日の夜、彼はこんなことを言った。
「誰も僕が勝つことを望んではいない。でも僕は、僕が勝つことを信じている」。
ゴルフ界でプレーオフと言えば、ツアー競技の多くはサドンデス・プレーオフを採用しているが、この大会は16番、17番、18番の上がり3ホールを戦い、その通算スコアで競う独自の方式で勝敗を決めるのが通例だ。
いざ、月曜日。緊張した面持ちのスポーンは16番をパーで終えたのに対し、マキロイは、しっかりバーディー獲得。
そして、浮き島グリーンで知られるパー3の17番。マキロイは着実にグリーンを捉えたが、スポーンのティショットは「最高の手ごたえだった」にもかかわらず、ボールは池に沈んで痛恨のトリプルボギーを喫した。
その時点で、勝利の行方はほぼ決まり、3ホールを終えて勝利したのは、やっぱりマキロイという結果になった。ビッグスターを倒して勝利するという下剋上優勝を成し得なかったスポーンは、がっくりと肩を落とし、悔しさを噛み締めた。
諦めるわけにはいかない
マキロイが勝ち、スポーンが敗れたことは、大方の予想通りの結果ではあった。しかし私は、「誰も僕が勝つことを望んではいない」と言ったスポーンの言葉は「決してその通りではない」と声を大にして言いたい気持ちになった。
スポーンを応援し、彼の勝利を心の底から望んでいた人は「大勢いたはずだ」と、私はここに記したい。なぜなら、彼に助けられた人々、彼の応援で元気になった人々は、彼の優勝をいつも心待ちにしているからだ。
カリフォルニアで生まれ育ったスポーンは、サンディエゴ州立大学を卒業後、2012年にプロ転向。下部ツアーを経て、2017年からPGAツアーで戦い始めたが、なかなか成績は上がらなかった。
そして翌年。極端に体重が減り、病院で検査を受けたスポーンは糖尿病と診断された。
しかし、「ここで諦めるわけにはいかない」とスポーンは気持ちを強く持ち、治療と投薬、そして血糖値の測定器を腕に付け、転戦生活を続行した。
「糖尿病と向き合いながらプロゴルファーとして生きることを開始して以来、その苦労や大変さを痛感させられた。しかし、そのぶん、同じような苦労をしている人々に対して、僕ができることをしたいと思うようになった」
生まれ故郷である南カリフォルニアの人々の絆や団結を強めるためのチャリティ財団『ジョン・マリンジャー財団』が主宰している『The Give』というチャリティ・ゴルフ・トーナメントにも、スポーンは毎年、参加するようになった。
たとえ「80」を叩いた日でも
糖尿病と診断されて以来、チャリティ活動に自然に目が向くようになったスポーンは、2020年トラベラーズ選手権の開幕前に開催されたチャリティ・プロアマに参加したところ、期せずして優勝し、賞金1万ドルを授けられた。彼はその全額を糖尿病患者と家族を支援する団体へ寄付することを、その場で決めて発表した。
その翌日。1人の紳士がスポーンの元へやってきて「ありがとう」と言いながら、何度もハグをしてきたそうだ。
「私の息子は今、医学部で学んでいるのですが、息子は糖尿病を抱えながらドクターになろうとしており、糖尿病と向き合いながらPGAツアーで戦っているアナタのことも他人とは思えない。そして、糖尿病患者のために寄付をしてくれたことは素晴らしい」
そう言いながら何度も何度もハグされたこの日、スポーンは「自分にも求められていることがある。できることがある」という想いを強め、糖尿病の人々のために最大限、力を尽くそうと心に決めたそうだ。
血糖値測定器を付けた腕でクラブを振りながら、2022年にはバレロ・テキサス・オープンで念願の初優勝を挙げた。
「同じ病気の人々の中には、僕のことをヒーローとか、アンバサダーなどと呼んでくれる人もいる。そういう人々のために、僕は頑張る姿を見せて、みんなの気持ちを少しでも元気にしてあげたい」
以前、ある試合中に、ギャラリーの中にいた10歳ぐらいの女の子の腕に自分と同じ血糖値測定器を見つけ、思わず歩み寄ったこともあったのだそうだ。
「糖尿病だという理由で、やりたいことや目指したいことを諦めないでほしい。僕は少女のキャップにサインしながら、そう告げた。彼女はニッコリ笑って頷いてくれた」
その日、スポーンのゴルフは絶不調で、彼のスコアは80に膨れ上がった。
「それでも、糖尿病と向き合う1人の少女にコースで出会い、声をかけることができた。僕がここでプレーする意味は、そこにある」
今年のプレーヤーズ選手権でスポーンがビッグスターのマキロイと一騎打ちをしたあの日、いつぞやの少女は間違いなくスポーンの勝利を祈っていたはずである。この少女以外にも、スポーンから激励された人々は、スポーン優勝を心の底から望んでいたはずである。
スポーン自身は「誰も僕が勝つことを望んでいない」と言っていたが、決してそうではないことを、私はみなさんにお伝えしたい。