記事・コラム 2024.10.15

地域医療を担う人材育成

第3回 医学部を目指す高校生へのメッセージ その2

講師 石井 正

東北大学 卒後研修センター

1963年に東京都世田谷区で生まれる。1989年に東北大学を卒業後、公立気仙沼総合病院(現 気仙沼市立病院)で研修医となる。1992年に東北大学第二外科(現 先進外科学)に入局する。2002年に石巻赤十字病院第一外科部長に就任する。2007年に石巻赤十字病院医療社会事業部長を兼任し、外科勤務の一方で、災害医療に携わる。2011年2月に宮城県から災害医療コーディネーターを委嘱される。2011年3月に東日本大震災に遭い、宮城県災害医療コーディネーターとして、石巻医療圏の医療救護活動を統括する。2012年10月に東北大学病院総合地域医療教育支援部教授に就任する。現在は卒後研修センター副センター長、総合診療科科長、漢方内科科長を兼任する。

先生は高校時代、どのような本を読んでおられたのですか。

高校生の頃は割と何でも読んでいて、小説も好きでした。以前、テレビ局から読書に関する取材を受けたことがあるのですが、そのときに好きだった本として答えたのが『竜馬がゆく』でした。今になって読むと、かなり作り事だなと思いますが(笑)、当時は熱心に読んでいました。司馬遼太郎作品ですと、『坂の上の雲』も思い出に残っています。

医学部を目指したのも高校生のときですか。

もっと前ですね。私の本音としては父が医師であり、研究者でもあって、単純にかっこいいなと思ったことが一つと、もう一つは邪心です。医師は社会的なステータスや収入が高くて、安定した暮らしが約束されるのではないかみたいな気持ちです。これは毎年の新入生に問いかけていることでもあります。面接試験では「病気の人を救いたい」「研究をしたい」と言いますが、本音はどうなんだということですね。

東北大学医学部は既卒生の合格者も多いですか。

私も以前お話ししたように2浪しましたし、そういう人は多いですよ。多浪生だと不利になるといったようなことは東北大学にはありません。3浪以上の人たちだけで作っている「風雪会」というサークルもあります。

どういう高校生が医学部向きでしょうか。

医師の仕事は応用問題の連続なので、それを面白がれる人が医学部向きです。つまり探究心や好奇心を持っている人です。ちょっとひねくれている私の主観ですが、エモーショナルなことを押し出す人は息切れして継続しなさそうなので、医学部向きではないかもしれません。学生のときは何となくちゃらんぽらんだけれど、部活動だけは一生懸命にやっていましたという人のほうが「この人を助けるためにはどうしたらいいんだ」「これを治すためにはどうすればいいんだ」と悩みに悩みつつ、ベッドサイドにつきっきりになったりする傾向があるようにみえます。その気になってスイッチが入ったときの強さはそういう人のほうにあるのかもしれません。

エモーショナルなことで言うと、ある医学部の教授をしていらした先生から「寄り添いたい」という言葉は避けるべきだというお話を伺ったことがあります。

私もあまり好きではありません。被災地でも心のケアということで避難所を訪れていた人たちがいましたが、被災者の方々からすれば迷惑だったようで、「あの人たちは手を握って帰っていくだけだ。それをするぐらいなら仕事やアルバイト先を案内してほしい」と言われたことがあります。そういう心のケアを大事ではないことだと言うつもりはありませんが、「寄り添う」ことがオンリーだったり、メインだったりと考えている人は医師向きではないでしょう。医療はサイエンスでもあるので、患者さんに対して科学的・論理的にアプローチする必要があるからです。東北大学の学生は割とクールで、斜に構えているところもありますが、スイッチが入るとズドーンと行動できる学生が多く、そういう東北大学の学生を私は好きなんです。斜に構えているというのは物怖じしないということでもありますし、だからこそ「それ、おかしいんじゃないですか」「どういうことなんですか」と普通に言えるわけです。私たち教員も学生にそういう発言を敢えてさせていますし、「面白いな、お前」みたいな雰囲気がある大学です。「いいから、言うことを聞け」と言う教員は今はいませんね。

最近は高校の先生方や保護者の方が医学部を勧める傾向が強いと言われています。

医師は安定している仕事であり、食えるか食えないかで言えば食える職業です。周りの大人が勧めるのはその通りだと思います。しかし、これからは人口も患者さんの数も減りますので、医師と患者さんの需給バランスが逆転し、競争社会になっていきます。歯科医師や弁護士のような専門職が競争社会になっていったのと同様の状況になるので、そうなっても頑張りますと言う人に医学部を目指してもらいたいです。ただ、先ほども言ったように、「人の生命を救いたいです」「無医村の離島医療をしたい」と言われると、本当かと疑ってしまいますよ(笑)。熱意はもちろん必要ですが、熱意だけで人は救えません。「ネットが繋がらず、スマホを見られない島でもいいんだな」と言いたくなりますし、「そんなところには行きたくないです」と平気で言えるような人のほうがむしろ信用できますが、これはあくまでも個人的な感想です。

高校生に向けて、英語学習へのアドバイスをお願いします。

以前の記事でも言いましたが、私は外国人恐怖症なのであまり偉そうなことは言えないです。英語に関して自分に言い聞かせているのは英語はツールであるということです。ある経営者の方が「英語は勉強しなくていい。英語ができることと頭がいいこととは違う」とおっしゃっていましたが、私としてもそう思いたいですし、一方では劣等感も持ち続けるという矛盾した思考もあります。先日、ネットか何かで「日本人は英語を中学生のときから勉強しているのに、なぜ話せるようにならないのかという疑問に対して、英語教育がおかしいからだと思いがちだが、そうではない。視点を変えてみると、生き残るために英語を学ぶ必要がないからだ。日本は識字率が高く、日本語だけで高等教育を受けられる国だ。ほぼ全ての学問には日本語で書かれた教科書があり、それで学べば、ある程度はその学問を習得し、究めていくことができる。世界には自国語の教科書がなく、自国語を話す教授も教員もいない国もある。むしろ英語を習得して、英語で知識を取り入れないといけない国のほうが圧倒的に多い。そういう国だとサバイブしていくためには英語能力が不可欠である」とあり、納得しました。その意味では日本は幸せな国なのですが、ただグローバリズムが進展していますから、このままでは本当の島国になり、ガラパゴス化してしまうので、若い人たちには留学をお勧めしたいです。

留学のメリットはどういうところにありますか。

私は行きたくてもタイミングなどの事情があって、行けなかったんです。それをとても後悔しています。大学の教授は留学経験者が多く、そういう先生方は「外国人も同じ人間だ」と思っておられるようで、それは強みですよね。最近はインバウンドが増えたので、一概には言えませんが、日本人は外国人を見たときに怖気づきやすいです。でも留学すると、外国人も同じ人間だという意識を持てるみたいで、「これが一番の収穫だった」という方が多いですね。だから留学して英語を勉強するというよりも、外国人恐怖症にならないための留学をすることをお勧めします。東北大学の学生にも「チャンスがあるなら、どんどん行こう」と言っています。

医学部を目指す高校生にメッセージをお願いします。

医師はその気になれば人の役に立ちやすい職業です。東日本大震災のときに大勢のボランティアの方々がいらっしゃいましたが、「何をすればいいですか」「どうやってお役に立てるといいですか」と悩んでいる方が少なからずおられました。しかし医師は災害現場に行けば「あれやって」「これやって」と言われ、できることが山のようにあるんです。そして医師の仕事には裁量権があり、上から「これやれ」と言われたことを機械的にやっていくという職業ではありません。初期研修医の頃は「これやれ」というケースが多いでしょうが、卒後4、5年目になってくると自分で判断する場面が増えてきて、それが面白くもあり、遣り甲斐にも繋がり、また社会的貢献度も高くなります。そういう裁量権のある職業は深みがあります。儲けたいとか、ステータスを上げたいというだけで医師を目指す人もいるでしょうが、医師という職業の本質はそこにはありません。開業して大儲けしてフェラーリに乗って、それをSNSに上げている人は楽しいのかもしれませんが(笑)、私の知っている範囲で言うと、大部分の医師はアドラー心理学で言うところの「他社貢献」を感じて、遣り甲斐をもって仕事をしています。こういう仕事をしてみたいと思っている高校生は是非、目指してほしいです。