記事・コラム 2013.07.05

-医師を目指す若い人たちへ- ロボット心臓手術の権威渡邉剛先生からの提言

【第四回】超一流の医者を目指せⅡ

講師 須磨 久善

medock総合健診クリニック

1958年、東京生まれ
心臓血管外科医、ロボット外科医 (da Vinci Pilot)、心臓血管外科学者、医学博士、(心臓血管外科専門医、日本胸部外科学会指導医)等々。
金沢大学 心肺・総合外科教授、日本ロボット外科学会理事長、日伯研究者協会副会長、自由が丘クリニック顧問。
《略歴》
1989年 ドイツ・ハノーファー 医科大学心臓血管外科 留学
2000年 富山医科薬科大学医学部 助教授
2000年 金沢大学医学部外科学第一講座 主任教授
2005年 東京医科大学心臓外科 教授 (~2011年 兼任)
2011年 国際医療福祉大学 客員教授
2012年 日本学術振興会 専門研究員
2013年 帝京大学心臓外科 客員教授
2014年5月~ ニューハート・ワタナベ病院 総長

 

重症な患者さんに負担を軽く手術ができることを目的として Awake OPCABを開発、創始する。
OPCAB、MIDCAB等に用いる多数のdevice(装置、機器)を開発。
2005年からは外科手術用ロボット“da Vinci Surgical System”を導入して日本人として初めてのロボット心臓手術を行った。世界の最先端医療であるロボット心臓手術を日本で唯一行っている。2008年日本ロボット外科学会を創立して、日本におけるロボット外科の普及に勤めている。2009年にはロボット支援下冠動脈バイパス手術が厚生労働省の先進医療に認定された。
2005年~2011年6月まで、東京医科大学の新設“心臓外科”初代教授として金沢大学と兼任、東京と金沢を往復して多くの患者さんの手術を行った。

超一流の医者を目指せⅡ

人に患者に真筆であれ、常に患者の横にいることから良い臨床医は作られる

医者にとって、“人間性”は最も大切な要素です。先に側隠の情が医師としての必要かつ絶対条件であると述べました。ところが、医者の中には、患者さんに対して生意気な態度をとる人がけっこういます。医者は、患者さんに対して真塾な態度をとるべきですから、私は、自分が指導している医局員が患者さんに生意気な態度をとっていたら、すぐに注意します。
また、患者さんの病状が自分の計算どおりに治っていかないときに、患者さんに責任があるかのような態度をとる医者もいます。何もかもが医者の計算どおりにいくはずはありません。
特に、手術後の患者さんの場合は、予想がつかないことが起こることもありますので、真塾な態度で、見守っていることが必要です。外科医は単なる修理屋ではありません。修理したら終わりというわけにはいかない仕事です。
患者さんの受け持ち医に対しては、「常に患者さんの横にいなさい。入院している限りは24時間横についているくらいの気持ちでやりなさい。外科医は手術することが仕事ではなく、患者さんの横にいることが仕事だよ」と指導しています。
患者さんの横についていると、そこから多くのことを感じ取ることができ、より良い治療に結びつけることができます。番をしているわけではないのですから、ボーッと横に座っているだけでは何も得ることはできませんが、「次に何が起こるだろうか」などと考えながら患者さんを見守っていると、何かを感じ取ることができます。経験が浅いときには、「あっ、出血しちゃった」ということになりがちですが、経験を積んでいくと、「こうしておかないと、出血してしまうはずだ。だから、先にやっておこう」という判断ができるようになります。
アインシュタインは「think」という言葉を常に座右の銘として掲げていたそうですが、医者は、患者さんの横で、“考え続ける”ことが大切です。24時間ずっと患者さんの横について、「いま、体の中はどうなっているんだろうか」「心臓の細胞の中で、いま、何が起こっているんだろうか」といったことを想像しながら考え続けます。そうすると、「次に何が起こるか」ということが予測できるようになってきます。動物的な勘と言ってもいいのかもしれませんが、第六感が働くようになります。
不整脈が起こったときに、「あっ、不整脈が出ました」などと言っているようではダメで、不整脈が起こったら次は何が起こりそうか、ということが頭の中に思い浮かんでくるようでないといい医者にはなれません。
私もまだ偉そうなことは言えませんが、たくさん経験していると少しずつ勘が働くようになってきます。それが「外科医の脳」になっていくことと言っていいのかもしれません。
勘を磨くには、考えながら患者さんの横に24時間つきそっていることが最良の方法であり、それが良い臨床医になる方法なのです。

流行を追わずに流行を作れ

学生時代、京都大学から金沢大学に来た小児科の教授から「流行に乗っていると、流行に乗るだけで終わってしまう。だから流行を追うな。流行は自分で作りなさい」と言われたことがあります。この言葉を聞いて、私は「いい言葉だな。そんなふうになりたいな」と思いました。
医療の世界にもさまざまな流行がありますが、流行に乗るだけでは人を後追いする医者にしかなれません。そうではなく、より高いレベルの医療をめざして、流行は自分で作り出していくくらいの気持ちが必要だということを教えてもらいました。
いままでにないものを作る。その努力が医療の進歩につながり、多くの人の命を救う新しい医療を生み出すことに結びついていきます。

医学者として研究に勤しみ英論文を書くべし。論文は医学者としての顔である

前述の小児科の先生からは、次のようなことも言われました。「君たちは金沢大学という地方の田舎大学にいるが、英文で世界に向けて論文を書けば、金沢大学だろうと東京大学だろうと、同じだ」
何とも良い言葉ではないですか。世界の人にとって東大も金沢大も同じなのです。目からウロコが落ち、猛然と論文を書き始めたのもそれからです。臨床医として患者さんを治すことは大切なことですが、医学者として論文を残すことも意味のあることです。手術の実績は医者の足跡かもしれませんが、しかし、後世にまでその足跡が残るわけではありません。人間には寿命がありますから、たくさんの患者さんの命を救ったとしても、その患者さんたちもいつかはみな亡くなります。それに対して、論文はいつまでも生き続けてくれる足跡となりえます。
論文の中で一番価値が高いとされるのは、新しい術式についての論文です。新しい術式を開発して、それを論文に書くことは医者の目標の一つです。何千例の手術をしたという論文を書くよりも、新しい方法を開発するなど、イノベーティブ(革新的)な論文を書くことが医学者として価値の高いことと考えられています。

苦しいときも艱難を愛し、喜びてこの道を前に進め

これは、聖書の言葉です。富山医科薬科大学(現富山大学医学部)に勤務していたときの恩師が教えてくれました。
「臥薪嘗胆」という言葉が好きな人や、つらいことを楽しいと思える資質を持っている人は、この言葉を聞くと心に響くかもしれません。反対に、つらいことが嫌だという人にはピンとこないかもしれません。私は、とても好きな言葉です。
医者の仕事は、まさにこの言葉どおりの仕事と言ってもいいと思います。

夢を持ち信じて事にあたるべし。信あらば何事も成功する

最近の医学生の中には、「ボクは、そこそこ外科部長くらいになれればそれでいいです」とか「私の人生は、こんなもんです」ということを言う人がいます。しかし、医者なる以上はやはり信念と夢を持ってもらいたいと思います。
夢と言っても、「院長になりたい」といった夢ではなく、院長になってから患者さんのためにどういうことをするのか、医療の発展のためにどういうことをするのか、世界の人のためにどういうことをするのか、という可能な限り大きな夢を持つことです。確かに地位は大事かもしれませんが、そのポジションをどう生かして何をやるのか、ということのほうがさらに重要なことです。
単に権力を持つだけでは何をやっていいのかわからなかったり、権力を振りかざすだけになったりしてしまいます。そういう医師は、日本には星の数ほどいます。権力を持ちたいのであれば、まず、自分のやりたい方向性を明確にして“権力を正しく使う”ことが大前提だと思います。
医者という職業は、他の職業の人と比べてより幅広いことができる可能性を持っています。大きなことを成し遂げることもできる職業です。せっかくそういう職業に就くのですから、大きな夢を持ち、信念を持つことが大切です。

医者は哲学をすることが重要

ここでご紹介したものはあくまでも私の考えにすぎませんが、医者をめざす人はこれから時間をかけて、自分なりの哲学を作り出していってもらえればと思います。私は、医者というのは哲学をする生き物だと考えています。医者は、深く人間とかかわることを仕事としています。実社会とも深くかかわっています。単に医学を知っているだけでは、患者さんとも、実社会とも深くかかわることはできません。医療の世界では、患者さんの苦しみや死を目にして、つらい経験もたくさんします。哲学を持たずにやっている医者は、困難な状況にあうとそれに負けてしまうことがあるのです。基本的には人間の死亡率は100%です。
苦しい状況に置かれても、それを乗り越えていくには何らかの哲学が必要です。自分なりの哲学を探していくことが大切だと思います。ある大学の教室では医学生の指導のために、医学生を鹿児島県の知覧につれていく先生がいるそうです。ご存知のように、知覧は戦時中に特攻隊が出撃していった場所です。「君たちの先輩たちはこういう覚悟だったんだ。君たちも覚悟を持って医者になれ」と指導しているそうです。
強い覚悟、強い精神力などを持つためにも、医者はやはり何らかの哲学を持っているべきでしょう。
若いうちにはいろいろな悩みや苦しみがあるものですが、それは将来医者になったときに必ず生きてくるはずです。
単に医学部に受かり医師国家試験に受かるだけではなく、その後に活躍するために、大いに悩みながら自分なりの哲学を見つけていってください。(完)