医療ニュース 2024.08.21

膝の痛みにmRNAで軟骨摩耗防ぐ、東京医科歯科大などのチームが治験へ…整形外科で実用化なら初

 東京医科歯科大などの研究チームが、遺伝物質メッセンジャーRNA(mRNA)を高齢者に多い膝の関節痛の患者に投与する治験を計画していることがわかった。対象の病気は「変形性膝関節症」で、国内の患者は推計2000万人以上に上る。整形外科分野でmRNA医薬品が実用化されれば世界初。チームは2030年代の承認と普及を目指している。

 変形性膝関節症は膝の軟骨が加齢などで少しずつすり減り、関節が変形する病気。痛みで歩行や階段の利用が難しくなり、高齢者の外出や運動が減って健康寿命を縮める一因になる。対症療法や運動療法はあるが、進行が速いと人工関節を入れる手術などが必要になる。

  位高啓史いたかけいじ ・同大教授らのチームは、人工的につくったmRNAで膝の痛みを抑える新しい再生医療の治験を計画した。mRNAは新型コロナウイルスワクチンの主成分として注目され、他の疾患に応用する研究が世界的に進んでいる。

 今回のmRNAは、膝軟骨の細胞の働きを高めるたんぱく質の遺伝情報でできている。患者の膝に注入すると、膝の細胞がこのたんぱく質を作り出し、軟骨を構成するコラーゲンを増やすなどして、軟骨が壊れるのを防ぐ。動物実験では軟骨の摩耗や関節の変形を抑えることに成功した。

 治験には、mRNA医薬品の開発を手がけるバイオ企業「NANO MRNA」(東京都港区)などが協力する。mRNAを直径1万分の1ミリ以下の膜に包んだ粒子状の医薬品とし、膝の細胞に届きやすくする。

 治験は少人数から始める方針で、年度内にも治験計画を国の機関に提出する。安全性が確認できれば治験の人数を増やし、有効性を検証した上で、医薬品としての承認をめざす。

 位高教授は「変形性膝関節症の痛みと進行を抑え、将来の関節手術を避けられれば、患者の身体的、経済的な負担を軽くすることができる。mRNAを使った日本発の新しい医療を届けたい」と話している。

 ◆ メッセンジャーRNA(mRNA) =細胞の中にあり、生命活動に必要なたんぱく質の設計図として働く小さな物質。細胞の核からDNAの情報を写しとり、たんぱく質を合成させる働きがある。

産学連携の開発加速を

 mRNAを使った医薬品は、新型コロナワクチンで米企業などが世界で初めて実用化し、次世代医療を支えると期待されている。感染症やがんのワクチンのほか、遺伝病や心臓疾患などの治療薬の研究開発も進む。

 新型コロナワクチンは健康な人の体内で「異物」であるウイルスの一部を作り、免疫をつける仕組みだった。今回の治験は患者の体内で軟骨の構造を再生させ、膝の痛みを抑えるたんぱく質を作らせる「薬」としてmRNAを用いる。

 mRNA医薬品は短期間に大量生産できる。国立医薬品食品衛生研究所によると、mRNAを使った臨床試験は2019年4月時点で世界で17件確認できたが、今年4月時点では140件と急増した。井上貴雄・同研究所遺伝子医薬部長は「新型コロナワクチンの普及でmRNAの製造施設の整備が進んだ。各国で承認審査の条件が整理され、開発が加速している」と話す。

 mRNAを薬として使う場合、人体に必要な投与量や、効果の持続時間はまだよくわかっていない。課題をいち早く解決すれば、世界の開発競争で日本が優位に立てる可能性がある。産学連携を進め、人材や資金を結集させるべきだ。(科学部 鬼頭朋子)