医療ニュース 2024.06.12

成長に応じて伸びる「血管修復パッチ」発売、子の心臓再手術のリスク軽減に期待

 福井市の繊維メーカー「福井 経編たてあみ 興業」と、大阪医科薬科大、大手繊維メーカー・帝人が共同で、生まれつき心臓の壁に穴が開いたり血管が狭まったりする「先天性心疾患」の新生児や幼児の治療に使う心・血管修復パッチ「シンフォリウム」を開発した。帝人のグループ会社が12日から全国の医療機関に販売する。体の成長に合わせて最大2倍に伸び、再手術の必要性を減らせると期待される。福井経編は「培った技術で子どもの命を救いたい」とする。(荒田憲助)

ニット技術活用

 シンフォリウムは、体内に吸収される糸(吸収性 (し) )と吸収されない糸(非吸収性糸)を一緒に編み込み、ゼラチンの膜で覆ったシート状の製品。心臓や血管に用いると、ゼラチン膜と吸収性糸が徐々に溶けて細胞組織に置き換わるとともに、非吸収性糸の編み目の一部がほどけ、すべての方向に最大2倍に広がる仕組みだ。

 一般的に新生児の心臓はピンポン球ほどの大きさで、中学生の頃には大人と同程度まで成長する。シンフォリウムは心臓や血管の成長に応じて、パッチも大きくなる自在さを実現した。

 吸収性糸は、手術の縫合に用いる糸と同じ素材で、非吸収性糸は細胞が心臓や血管を修復する足場として機能するという。今回の編み方は福井経編のアイデアで、衣料用のニット生地などを長年作ってきた技術が生かされた。

 開発を主導した大阪医科薬科大の根本慎太郎教授(59)(小児心臓血管外科)によると、先天性心疾患は約100人に1人の新生児が持つとされる。しかし、従来使われたパッチは伸縮しないため、体の成長に合わせて交換する再手術が必要なケースもあり、患者や家族には重い負担になっていたという。

 根本教授は「体力の少ない子どもにとって、手術の数を減らせる意義は大きい。患者の命に関わる医療機器の開発に、覚悟を持って手を貸してくれた福井経編には感謝している。実績を重ねて信頼をつかみ、世界中で選ばれるパッチになってほしい」と語る。

小説のモチーフに

 福井経編は2012年、別の研究者から依頼され、絹を使った直径6ミリ以下の人工血管を完成。絹に特殊な加工を施して編み方を工夫し、伸縮性を高めていた。同年から新しいパッチの研究を始めた根本教授もその技術力を知り、協力を依頼。福井経編の高木義秀社長(70)は「子どもを救える技術が福井にあると示したい」と参加を決めた。

 14年には帝人も参入。編み目から血液が漏れ出すことを防ぎ、血管の組織などに置き換わるゼラチンを編んだ糸と一体化させることに成功するなど開発は加速した。

 福井経編の考案で2種類の糸を編む方法が採用され、人間より臓器の成長が速いとされる犬とブタを使った実験でも安全性を確認。19~22年の臨床試験では、0歳の赤ちゃんから成人までの30人以上に手術を実施し、手術後1年間でパッチの不具合による死亡事例や再手術が必要になる例はなかったという。23年7月に厚生労働省から製造販売の承認を受け、今年3月に公的医療保険が適用された。

 一連の開発は、医師や町工場の技術者が心臓の人工弁の開発に奮闘する池井戸潤さんの小説「下町ロケット2 ガウディ計画」のモチーフにもなった。

 12日に発売されるシンフォリウムは、英語の「シン」(共に)とラテン語の「フォリウム」(葉)を組み合わせ、「葉のように修復部分を守り、治療を受けた子どもとともに成長していくように」との願いを込めた。

 高木社長は「市場のニーズを把握し、新技術を生み出して製品を作るのがモットーで、今回の開発はその集大成だ」と強調。「今後もこのチームで研究を重ね、命を救う医療機器の発展に貢献していきたい」と意気込む。