医療ニュース 2024.03.11
介護食品を作る3Dプリンター 山形大が開発 メリットは?…日本酒メーカーはがん終末期の患者も飲める酒を販売
食事をかむ力の弱いお年寄りでも、のみ込みやすい食品づくりに、大学や日本酒メーカーが取り組んでいる。目指すのは、食べ物が気管に入ってしまうのを防ぐとろみをつけつつ、普通の食品と見た目や香りが変わらない介護食品だ。お年寄りが楽しめる食事の提供に向けて工夫を重ねている。(高田真之)
高さ50センチほどの金属の機器に緑色のペーストを入れると、2本のノズルから直径1ミリに満たない緑色の線が出てきた。ノズルが動き、一筆書きのようにイチョウ形の絵を描いた。それが何層にも積み重なり、数分後、立体の「ブロッコリー」の房が完成した。
山形大工学部(山形県米沢市)では、介護食品向けの「3Dフードプリンター」の開発を進めている。「味はブロッコリーそのものです」。研究を主導する古川英光教授(55)が笑う。
機器に入れたペーストは、粉末状にしたブロッコリーを水に溶かし、増粘剤を混ぜたものだ。ペーストにする野菜をニンジンに替え、この機器で立体の「ニンジン」を成形することもできる。
この機器を使えば、食感が軟らかくても、見た目は普通の食品を作ることができる。いったん作った食事をミキサーでポタージュ状にする「ミキサー食」などとは大きく違う点だ。
家族と会食 前向きに
従来の介護食品だと、介護施設に入居するお年寄りが家族らと会食する際、自分の料理だけ見た目が違うと気分が落ち込み、やがて食欲低下を引き起こすと懸念されている。3Dフードプリンターで作る介護食品は、こうした問題をクリアできると期待される。
今後、山形大は製造した食品をお年寄りが安全にのみ込めるかどうかや、機器そのものの安全性や耐久性を確かめる試験を検討している。事業者向けの機器だけでなく、高齢者一人ひとりに合ったオーダーメイド食品を作れる家庭用機器の開発も目指す。
古川教授は「見た目が本来の素材に近づけば、食事の意欲も高まる。利用者一人ひとりに合った食品を提供できれば、安心で安全な楽しい食事になる。食べる喜びや安全性を最新技術で実現したい」と語る。
日本酒の風味保ち とろみ
京都市伏見区で360年以上の歴史を誇る老舗酒造「北川本家」が2020年に全国販売を始めたのが、とろみのある「 斗瀞 酒 雅香 」だ。お酒が食道ではなく気管に入ってしまう 誤嚥 をしないよう、日本酒に海藻などから抽出された成分を増粘剤として加えた。
日本酒は通常、米や米こうじを使って製造する。従来の増粘剤を加えると、日本酒の風味を損ないやすい。同社は日本酒本来の味を保ちつつ、とろみが均一につくように試行錯誤を4年間続け、飲みやすさを追求したという。
このお酒に、香川県で訪問看護事業を展開する「QOL」社は着目し、がんの終末期で自宅で過ごす高齢者らに提供している。
看護師の中村隆一郎さん(47)は「従来のとろみ剤を使ったお酒と比べ、日本酒本来の味を楽しめ、お酒が好きな人に評判が良いです」と話す。本人や孫の誕生日といった記念日に、家族と一緒に飲めるのも利点という。
「救命プリン」から1500種以上へ
高齢者向けの介護食品は、1980年代に神奈川県小田原市の特別養護老人ホーム「潤生園」で誕生したとされる。「煮こごり」をヒントに牛乳にゼラチンを混ぜ、介護食品の原型「救命プリン」を開発した。
施設長の井口健一郎さん(44)は「市販のプリンよりもソフトで、のどの奥までは固まったまま届くというイメージで作ったそうです」と説明する。当時の施設長が、よだれを流しながら寝る入居者が息を詰まらせないのを見て、「唾液と同じような『とろみ』を加えれば食べやすい」と考えたという。
介護食品の製造や販売を行う国内96社でつくる「日本介護食品協議会」(東京都)は、加盟社の製品を日常の食事としても提供できる「ユニバーサルデザインフード」と名付けている。
レトルトや冷凍食品なども含め、品数は、参加企業だけでも1500種類以上ある。2022年の時点で、市販用と業務用を合わせた生産量は7万トンを超え、生産金額(工場出荷額)は500億円に上る。
25年には団塊の世代が75歳以上の後期高齢者になる。このため、介護食品の需要は今後も高まる見通しだ。
◆3Dフードプリンター= 設計データに沿い、ゲル状や粉状の食品などで2次元の層を1枚ずつ積み重ね、精巧な立体食品を製造する機械。金型や模型作りなどに使う3Dプリンターを応用しており、一部は実用化されている。野菜の切れ端を活用すれば、食材を無駄なく使えると期待される。
(2024年2月26日付の読売新聞朝刊に掲載された記事です)