話題沸騰!数々の人気番組に出演している医師たちが語る
「キャリア」「信念」「未来」そのすべてに迫るインタビュー!
どのようにしてスキルを高め、逆境を乗り越えてきたのか?
日常の葛藤、医師としての信条、そして描く未来のビジョンとは――。
【出演番組一部抜粋】
情熱大陸、クローズアップ現代
今回は【湘南藤沢徳洲会病院 機能的神経疾患センター長】山本一徹先生のインタビューです!
湘南鎌倉総合病院にて初期研修をした理由。離島医療にて得られた経験。
留学した経緯やどのようにして手技スキルを高めていったのかなど、語っていただきました――。
テーマは 第9回「今は脳の手術を行いながら新たな知見が見出される時代です。」をお話しいただきます。
目次
プロフィール
- 名前
- 山本(やまもと) 一徹(かずあき)
- 病院名
- 湘南藤沢徳洲会病院
- 所属
- 機能的神経疾患センター(機能神経外科)
- 資格
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- 日本定位・機能神経外科学会技術認定医
- 日本脳神経外科学会専門医・指導医
- 日本脊髄外科学会認定医
- 日本脊椎脊髄病学会認定脊椎脊髄外科専門医など。
- 学位
- 博士(医学)
- 経歴
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- 1984年北海道札幌市で生まれる。
- 2010年札幌医科大学を卒業後、湘南鎌倉総合病院で初期研修を行う。
- 2012年湘南鎌倉総合病院で脳神経外科の後期研修を行う。
- 2016年湘南鎌倉総合病院脳神経外科に勤務する。
- 2019年東京女子医科大学病院に勤務し、平孝臣氏に師事する。
- 2020年トロント大学Toronto Western Hospitalに勤務し、トロント大学のアンドレス・ロザーノ氏に師事する。
- 2022年帰国後に湘南藤沢徳洲会病院機能的神経疾患センターのセンター長に就任する。
─ 若手医師への指導について、お伺いしたいと思います。
今、私のところに定着している若手医師はおらず、私が指導する機会があるのは当院に見学に来た若手医師やほかの国から来た留学生なのですが、私が彼らへの指導に関して一貫して大切にしていることは考えさせることなんです。これは私が偉大な師匠たちのもとで指導を受ける中で培った理念です。「考えることを止めてはいけない」し、やはり「考えさせること」をしないと応用力が生まれないのです。機能神経外科領域の手術で重要な要素は当然ながら知識、それから技術、経験、術中の判断力であり、いずれも欠かすことはできません。
例えば、岩手の医師から「これはなぜだ」という質問を受けたとします。そのときにすぐに答えることもできるのですが、一旦「なぜだと思う」と質問で返すんです。そして「自分の中ではこう思う」という思考をさせるわけです。考えさせて、その結果、出てきた答えに対して、助言を加えて、軌道修正をしていきます。「この人はこう考えるんだなあ」と思いながら、「いや、この答えを出すためにはこういう背景があるよね」という誘導をすると、その誘導に基づいてまた考えます。それで少しずつ軌道修正をしていって、考え方を狭めていき、ようやく答えを出させます。
このプロセスがないと実力が身につきません。そのため、「すぐに教えていい」と判断したことはその場でぱっと教えますが、「これは考えてほしいな」ということは簡単に、単純に答えを教えるのではなく、できるだけ考えてもらうようにしています。
─ それで若い先生方は成長していきますか。
答えに辿り着くための知識や思考力が身につき、自分のものになっていきます。そして、的確な答えが返ってくるようになるんです。先日は他国から3カ月間の留学生が来ていました。最初のうちは大きく的を外れた答えが返ってきていましたが、その指導を繰り返していくことで、まともな答えが返ってくるようになり、最終的にはこちらが聞いても納得できるような答えになってきました。手術中に「ここはこう判断するのか」という質問を受けたときでも「その通りだ」ということが増えてきて、長期間の留学でなくても、3カ月間で少しずつ実力がついてきたんだなと実感しました。限られた期間の中で成長を期待できる、効率的な指導法だと実感しています。
─ 若手医師に機能神経外科の面白さや遣り甲斐をどのように伝えていきたいですか。
機能神経外科の魅力はいくつもありますが、私が最初に直感的に衝撃を受けたのは動けなかった方が動けるようになったことが目に見えて分かったことです。
当時17歳の高校生だった私は脳地図といって、脳の中には地図があり、ここを治療したら、ここが良くなるぐらいのことは漠然と理解していましたが、どういった神経回路があるから、どこを治療するということは全く分かっていませんでした。機能神経外科は基本的には難病を治療対象としており、それが目に見えて改善が得られるのは面白いです。それまで薬で治療をしていて、それには限界があるけれども、手術を行ったら目に見えて歴然と改善するわけです。
─ 結果が目に見えるところが面白いのですね。
形成外科も同様ですね。私は自分がもう一人いたら、形成外科医になっていると思います。もしかしたら美容外科医かもしれません。形成外科や美容外科の領域も結果が目に見えますから、とても興味を持てる領域です。機能神経外科の魅力はここにあります。諦めていた患者さんが劇的に改善して喜んでいる姿、術後に「ありがとう」と言われること、術後の外来でまたお会いしたときにすごく改善して良くなったことを喜んでいて、再び「ありがとう」と言われることは本当に嬉しいです。あるいは手術を行った翌日に劇的に良くなって、演奏できなかった楽器が演奏できるようになったり、持てなかったお箸を何十年ぶりに持てるようになったりなど、患者さんの大きな喜びとともに「ありがとうございました」と一言言われただけで、大きな遣り甲斐になります。目に見える、症状が改善したときの喜びはある意味で自己満足なのですが、患者さんが満足したときの「ありがとう」は双方の喜びですし、次への大きなモチベーションに繋がります。これがあるから機能神経外科医を続けられるのかなと思っています。
当院では私一人で機能神経外科を担当していますので、決して楽ではありません。半分は病院に住んでいるような生活をしていますので、ほかの部署の医療スタッフや私の仕事をしている姿を見ている人たちから「家に帰っているんですか」と聞かれたりもします。家に帰る、帰らないは別としても、一人でやっているというだけで、そこには責任感が伴います。肉体的にも大変な仕事です。これは世の中の一般的な価値観でもそうでしょう。でも、そこで大きなモチベーションとなるのが患者さんが劇的に良くなること、そして患者さんからの「ありがとう」だと思います。
─ 患者さんから感謝されるのは遣り甲斐になりますね。
遣り甲斐を感じることはもう一つあります。留学中に研究もしたというお話もしましたが、機能神経外科は脳科学と直結しているところにも魅力があります。
医療の負の側面として、人体実験をした戦争中に医学が発展した歴史があることが知られていますが、そんなことがあっていいわけありません。一方、機能神経外科領域においては、脳の手術を行いながら非常に多くの情報が得られます。治療しながら得られた情報から、また新たな知見が見出されます。さらに、手術を行う前後で生じた脳画像の変化を解析することで治療効果の向上を目指した研究や機能解剖の解明を行ったり、画像解析手法の進歩により非侵襲的に脳内ネットワーク解明や新たな治療ターゲットとなる脳内構造物の候補を同定したりすることも可能となってきました。機能神経外科医をしながら脳科学を進歩させることができる、脳の機能解明という研究の側面と臨床が表裏一体となっているということは非常に面白いことだと思います。
─ 逆に、機能神経外科の難しさはどのようなことにありますか。
難しいことだらけですね(笑)。言葉にするならば、目に見える劇的な改善が得られることが多いというのが魅力の一つと話した一方で、疾患によっては残念ながら改善が乏しい方もいらっしゃいます。
パーキンソン病は進行性疾患なので、どんどん悪くなっていくことが止められない病気なのですが、手術を行って劇的に良くなると、患者さんは「病気が治らないことを頭では分かっているけれども、完治したと思ってしまうほどの改善具合です」とおっしゃることが珍しくなく、そう言われるたび、そう感じるぐらいの劇的な改善を喜んでいらっしゃるのがよく伝わってきます。でも、進行性疾患ですから治らない病気であり、改善が得られても治癒するわけではないことが患者さんだけでなく、治療する側としても歯がゆいです。特に治療する側としては、現状の限界を理解しているからこそ、何とかして差し上げたいという気持ちを強く持っています。
─ 効果が乏しい方もいらっしゃるのですね。
大半の方はとても良くなるのですが、効果が乏しい方がいらっしゃるのも事実です。限界があるんですね。ただ、なぜ限界があるのか、なぜ効果が乏しい方がいらっしゃるのかというところをさらに解析していかなければならないと考えていますし、そこがこの機能神経外科という領域の難しさでもあります。
例えばMRIを撮って、目に見えない構造を狙って治療を行うことも多々あります。その際、ほかの方法を駆使して、何とか目に見えるように、あるいは目に見えやすいようにするという試みもありますし、手術中にそこが本当に正しい領域なのかを判断することもとても重要なのですが、やはり最初からパーフェクトな位置や理想的な脳の領域を狙って完全な治療を行い患者負担を最小限にしながら最大の効果を発揮したいというのが機能神経外科医に共通する思いだと考えます。治療困難な疾患を対象としながらも、治療をより良くするためにはどうしたら良いのかを常に考え、進歩させなければいけないというところが、難しくもあり遣り甲斐を感じるところだと思っています。