記事・コラム 2021.11.15

地域医療を支えた東北大学病院の教え

【2021年11月】医学生を教育する

講師 石井 正

東北大学 卒後研修センター

1963年に東京都世田谷区で生まれる。

1989年に東北大学を卒業後、公立気仙沼総合病院(現 気仙沼市立病院)で研修医となる。

1992年に東北大学第二外科(現 先進外科学)に入局する。

2002年に石巻赤十字病院第一外科部長に就任する。

2007年に石巻赤十字病院医療社会事業部長を兼任し、外科勤務の一方で、災害医療に携わる。

2011年2月に宮城県から災害医療コーディネーターを委嘱される。

2011年3月に東日本大震災に遭い、宮城県災害医療コーディネーターとして、石巻医療圏の医療救護活動を統括する。

2012年10月に東北大学病院総合地域医療教育支援部教授に就任する。

現在は卒後研修センター副センター長、総合診療科科長、漢方内科科長を兼任する。

東北大学医学部には研究を行うカリキュラムがあると伺いました。

 3年次にある基礎医学修練というカリキュラムですね。最近、カリキュラムの変更があり、20週間に減ってしまったのですが、それまでは半年ほど行っていました。学生が基礎医学を中心とする教室に割り振られて、リアルに研究するんです。私はそのアドバイザー教授をしているのですが、学生から研究の話を聞くとすごいですよ。ある学生はアメリカまで行って人工RNAを作ると言ってきたり、スキー部の学生は自分がスキーで怪我をしたので、どういった起点からのメカニズムでケガをするのかを調べるために、工学部かどこかに行き、スキーのモーションキャプチャーを撮って、それを解析し、こういう運動だとこういうケガをしやすいのだという研究をしたりなど、ものすごくレベルが高いんです。東北大学の学生は知的好奇心が強いので、そういうところに入ると本気でやるんです。リアルに研究して、普通に学会発表をしています。

提供元:東北大学病院

アカデミックなのですね。

 その一方で、東北大学では国試対策はほとんどしていません(笑)。悪く言えば放任なんです。国試対策をしなくても、国試は通るでしょうという感じです。むしろ、研究や地域医療実習の場では自立的に進めていく学生が多いので、こちらからは場を与えるというイメージですね。強制的にあれをしろ、これをしろではなく、場を与えて「やってね」と言うと、「あ、はい」みたいにやるという校風なんです。でも、中にはあまり真面目にしない学生もいます(笑)。

提供元:東北大学病院

国試対策をしないことについて、学生の皆さんの評判はいかがですか。

 一部の学生からは「もうちょっと面倒を見てくださいよ」という不評を買っています(笑)。しかし、東北大学の考え方は、学生が将来、医師になったときにフィジカルサイエンティストといいますか、医師をしながら臨床研究をしたり、そういう知的科学的な探究を続けてほしいというものなのです。短期的な国試対策ではなく、研究に取り組ませる教育をした方が長期的な目で見ると科学的思考が備わった良い医師や良い研究者に育っていくのではないでしょうか。東北大学は私が学生の頃からそういう大学でした。

ノブレス・オブリージュの精神を

医学部ではどのような講義をなさっているのですか。

 入学直後の6月ぐらいに、医師の心構えについての講義を担当しています。そこでまず念を押しているのは「医師というのは身分や階級ではなく、職業であり、社会的な役割だ」ということです。入学当初の学生の中には親戚一同から万歳三唱されて入学してきたり、受験戦争に勝ち抜いたエリートだと勘違いしたりしている学生もいないとは限らないので、「ほとんどの人が臨床に進むのだろうけれども、そういう上から目線のままで医師になっても、ろくなことにならないよ」と伝えています。でも、そうしたことは自戒を込めて言っています。私も研修医の頃は嫌な人間で、タクシーの運転手さんのことを悪く言ってしまい、妻に怒られたことがあります(笑)。私は研修医になってから気づいたので遅いのですが、最初からそういう態度は止めておこうということですね。恵まれているのだからこそ、ノブレス・オブリージュの精神が必要だと考えています。

提供元:東北大学病院

大事なことですね。

 石巻赤十字病院にいたとき、ほとんどの初期研修医が優秀だったのですが、たまたま救急の当直研修のときに、開業医の先生から紹介された患者さんを診た初期研修医が「こんな検査もしていないのか」と言ったことがあるんです。石巻赤十字病院は例えば耳鼻咽喉科の医師が夜中でも病院に来て、鼻出血のレーザー焼灼をやってくれるような病院です。真夜中でもMRIが撮れますし、ツールやリソースは十分すぎるぐらいあり、非常に恵まれた環境なのです。ところが、地域医療をされている開業医の先生方はそういった環境がない中で戦っていらっしゃいます。採血検査の結果すら、その日のうちには分からないこともあります。私としては「じゃあ、そっちでやってみろよ。そっちでここと同じように診断や診療ができるのか」と言いたくなってしまうわけです。でも、今の初期研修には地域医療研修が義務化されているので、その研修が終わって病院に帰ってきたら、皆おとなしくなっていますよ(笑)。

臨床実習で総合診療科を回ってきた学生にはいかがですか。

 今後は医師が余り、需要と供給が逆転します。高齢化もさらに進むので、高齢者は多くの疾患をかかえていることが多いですし、いわゆる専門馬鹿ではやっていけないという話をしたりしています。例えば皮膚科に進んだとしても、「皮膚科のことしか分かりませんので、その他の領域は一切診ません」という医師と「皮膚疾患はもちろん診ますが、その患者さんの高血圧のコントロールもある程度できます」という医師とどちらがニーズにマッチしているでしょうか。皆に総合診療医になれとは言いませんが、総合診療のスキルをある程度持って、プライマリ・ケアができる医師になってほしいと思っています。