インタビュー 2023.09.06

Top Oncologist インタビュー

「飲みたーい!」と切望する患者にしか薬を出さない。患者自身の足で歩む力を育てる医療

講師 土井 卓子 先生

湘南記念病院 かまくら乳がんセンター センター長

1958年に東京都小平市に生まれる。
1984年に横浜市立大学を卒業後、横浜市立大学医学部附属病院で研修を行う。
1990年に横浜市立大学大学院修了後、済生会横浜市南部病院に勤務する。1993年に横須賀共済病院に勤務する。1995年に横浜医療センターに勤務する。

2009年にかまくら乳がんセンターを立ち上げる。

日本外科学会専門医・指導医、日本消化器外科学会認定医、消化器病学会専門医、日本乳癌学会専門医、マンモグラフィ読影認定医、ICDなど。

医師を目指したきっかけからお聞かせください。

小さいときに病気になり、医師が両親に「死亡です」と伝えたそうなんです。でも、無事に戻ってきたという話を両親から聞いて育ちましたので、私が今、生きているのは神様にもらった命なんだという思いが常にありました。それで、自分のためではなく、人のために生きていきたいと考えるようになったんですね。進路を決定するにあたっては、これまでお世話になった医療に携わり、辛い人に寄り添いたいという気持ちから医師を選びました。ただ、医療は人を助けることもありますが、傷つけることもあります。私も新人時代は手術や治療が下手でしたし、患者さんを傷つけたと今も反省しています。医師が天職だという人もいますが、それは全てが完璧にできる医師でないと言ってはいけないでしょう。反省の気持ちがあれば、簡単に天職とは言えないはずです。

乳腺外科を専攻したのはどうしてですか。

私が医師になった頃、女性医師はとても少なく、横浜市立大学の当時の第二外科には私だけでした。研修中に乳がんの患者さんに会うと、女性医師だということで、傷のことやホルモン剤による月経不順のことや補正用下着のことなど、日常生活で困ることを次々に相談されるんです。当時の看護師は医師を飛び越えて患者さんのケアをすることが許されていませんでしたので、女性の私が頼りにされたんでしょうね。それで、一緒に補正用下着を買いに行ったり、傷を診たりするようになりました。乳がんの患者さんは皆、女性ですから、自宅に置いてきた子どもさんのことや今後のご主人との夫婦生活など、気になることが多くあります。でも男性医師に質問できる雰囲気はなかったんでしょうね。それで、研修医ながら、乳腺外来を担当するようになりました。その後、麻酔科や形成外科もローテートしましたが、形成外科でも乳頭を作ったり、乳房再建など、乳腺外科に関係することを学びました。そして、そのまま乳腺外科を専攻しています。

もともと外科志望でいらしたのですか。

外科医になるつもりはなかったですね(笑)。婦人科か小児科がいいなと思っていました。外科には女性が入るのを拒んでいるような印象すらありました。女性が入るとなると、当直室や更衣室も作らなくてはいけませんしね。でも、外科で乳腺の患者さんのケアを誰もしていなかったのを見て、私がやらなくてはと思ったんです。それで、「結婚しない、子どもを産まない、リタイアしないから入れてください」と頼んで、入局させてもらったんですよ。今は女性の乳腺外科医も増えていますが、当時はそんな時代でした。

乳腺外科医としての遣り甲斐はどんなところにありますか。

手術後に抗がん剤やホルモン剤の苦痛をいかに少なくするかなど、女性の患者さんにとっての快適な医療を目指すことですね。「快適な」という視点は男性医師が持ちにくいものです。女性医師が一人でも医局にいることで周囲の視点も変わり、患者さんを快適にしてさしあげることに繋がるのではないでしょうか。

かまくら乳がんセンターではどのようなチーム医療を実践されていますか。

私は医師ですから、「乳がんですよ」という告知はします。その後は看護師がパンフレットなどを準備し、メンタルケアを全面的に行います。患者さんの悩みを医師が全部、聞いていますと、ほかの患者さんへのしわ寄せになりますので、メディカルスタッフにお願いしています。コーディネーターも常駐し、臨床心理学博士がカウンセラーも務めています。体験者の方々や薬剤師との面会などもコーディネーターがセッティングしています。そのうえで、再度、医師と面談したいというときにはコーディネーターがアポイントメントを調整します。

患者さんにとっても、いいシステムですね。

患者さんからすれば、医師だけでなく、体験者や薬剤師から話を聞けるのはいいことですしね。また、参考図書も豊富に取り揃えています。乳房再建で迷う患者さんには再建した人たちのヌードの写真集も用意しています。化学療法で爪が黒くなってしまった患者さんにはマニキュアもご紹介していますよ。何よりも、看護師の半分は乳がん体験者であること、薬剤師にもがん体験者がいることが大きいですね。

体験者の看護師さんが半分とはすごいですね。

体験したこともない医師と話すよりも、看護師が「大丈夫、こんなに元気になるよ」と言ったり、自分の髪を引っ張って、「これだけ生えてきたよ」と言ったりすると、説得力がありますね。内服の抗がん剤を嫌がる患者さんに、看護師が「私も飲んでいるよ」と言うと、患者さんも変わります。そういう患者さんの気持ちの分かるスタッフも含めて行うのがチーム医療だと思っています。

そういうチームのスタッフをどのように集められたのですか。

かまくら乳がんセンターの立ち上げを企画しているときから、体験者のスタッフを入れたいとは思っていましたが、いつのまにか自然に集まってくれましたね。「こういう医療をしたかった、こういうケアをしたかった」という熱い思いを持ったスタッフばかりです。患者さんの中には精神的に弱く、うつ病になる方もいますし、精神障害で薬を飲んでいる方もいます。手術前に暴れてしまう患者さんもいますが、そういう方にも大事な命として手術や術後の治療を行わないといけません。そんな患者さんを受け入れるためには優しさと強さが必要です。子育て中のスタッフの優しさだったり、体験者のスタッフの人間的な温かみだったり、そういう弾力性のあるチームになってきましたね。

「患者力」を高めるための取り組みについて、お聞かせください。

看護学校で講義するような内容で、乳がんという疾患の捉え方について、40分から50分のお話をしています。乳がんは乳房を大きく取るのか、小さく取るのかということが問題なのではなく、転移を起こさせないことが大事という話をまずします。そこで薬物療法の説明に入るわけです。「患者力」を高めるというのは医師が患者さんに乳がんという疾患を正しく教えることにほかなりません。次の治療を組み立てていくために、話を聞けない方には聞けるように、チームのスタッフに根回しをしたりもしますね。私は化学療法を本当に受けたいと思っている人にしか打たないですし、飲みたい人にしか内服薬も出しません。「飲みたーい」と切望して飲まないと、効果も上がらないんですよ(笑)。私はリカちゃん人形を前にしているわけではありません。患者さんが自分の足で歩き始めることを願っています。

乳腺外科医を育てていくためにどういう取り組みをなさっていますか。

まず、個人受け持ち制については問題があると考えています。若い医師が受け持ちになり、下手な検査や手術をしてもずっとその医師が担当し続けるというのは患者さんにとっていいことではありません。一方で、有名な医師に診てもらおうとすると、4時間ぐらい待たされたりもしますし、大きなグループですと、誰も責任を持たない事態になりかねません。そこで、私どもでは初診がどの医師であっても、私が責任を持ちます。そして、患者さんに「若い医師が説明しましたが、手術には私たち3人で入ります」という説明を行います。外来を交代ですることは見落としが少なくなりますし、カンファレンスも充実しますので、若い医師の教育になります。患者さんが個別の医師に話したいことがあれば、医師の指名ができるようになっています。

外部の医師の研修も積極的に引き受けておられるそうですね。

内科医だった人が乳がん検診に携わっていきたい、マンモグラフィ読影医になりたいという希望で研修に来られることがありますので、触診や検査などを臨床の現場で教えています。良い検診ができる医師が増えることで恩恵を被るのは患者さんですし、出産などで休職していた医師が復帰できる機会にもなると思います。必要であれば、勤務先の紹介までしていますよ(笑)。

女性医師の働きやすさについてはいかがですか。

現在、子育て中や産休から戻ったばかりの医師がいます。当院は院長の方針で、子どもさんの学校行事の日は休めるようになっています。当直免除や院内保育所への優先入園なども整備されています。

 

今後、乳がん治療はどのようになっていくでしょうか。

薬物療法の進歩で、乳がん治療の概念はひっくり返りつつあります。再発や炎症性乳がんも治る見込みが出てきましたね。特に炎症性乳がんは手術前の化学療法が変わってきましたので、予後が違います。私が医師になった頃は拡大乳房切除がメインでしたが、今は転移があっても腋窩の郭清をしないこともありますし、ラジオ波焼灼療法もあります。今後はメスの役割が小さくなり、薬物療法へとスライドしていくでしょう。私どもにも腫瘍内科の医師がいますし、乳腺外科医は薬物療法までを含めた乳腺科の医師であるべきですね。

患者さんを取り巻く環境も変わってきましたね。

患者さんは多くのことを求めていらっしゃいます。私どもでも体操教室やアロママッサージなど、患者さんにいかに癌治療を楽に越えてもらうことができるかを考えて行っています。患者さんを様々な面で支えることが必要ですね。最近では、高額な薬物療法も増えてきていますので、経済面で悩まれる患者さんの話もよく聞きます。難しい問題ですね。

研修医、そして女性医師に向けて、メッセージをお願いします。

医師が楽しく働かないと、医療は回りません。患者さんが辛い状況にあったときに、医師が嫌な気持ちで仕事をしていたら、良いことにはなりません。表面上の笑いを求めるのではなく、医療者が生かされていると感じられる医療をしてほしいです。
また、女性医師への支援は進んでいますが、そういったサービスを当たり前のものとせず、甘えない姿勢が大切です。当直や週末のオンコールなどを免除されている女性医師の陰で負担を強いられている医師もいるのですから、感謝の気持ちを持ち、それを労働や姿勢で示すべきだと思います。