記事・コラム 2023.07.15

ゴルフジャーナリストが見た、プロゴルファーの知られざる素顔

【2023年7月】「誰かのため」を最優先するホブランは、だからこそ人気急上昇中!

講師 舩越 園子

フリーライター

東京都出身。早稲田大学政経学部卒業。
百貨店、広告代理店勤務を経て1989年にフリーライターとして独立。93年渡米。

在米ゴルフジャーナリストとして新聞、雑誌、ウエブサイト等への執筆に加え、講演やテレビ、ラジオにも活動の範囲を広げている。

『王者たちの素顔』(実業之日本社)、『ゴルフの森』(楓書店)、『松山英樹の朴訥力』(東邦出版)など著書訳書多数。

アトランタ、フロリダ、ニューヨークを経て、現在はロサンゼルス在住。

第73回

今年6月。米ゴルフ界で、こんな出来事があった。

優勝賞金360万ドル(約5億円)が用意されていたPGAツアーの「格上げ大会」で、見事、勝利を飾った選手が、一夜明けたら全米オープン出場を目指して地区予選に挑んでいた親友ゴルファーのバッグを担ぐキャディに早変わり。

そんな驚きのニュースが米メディアによって発信されるやいなや、ゴルフファンの間では賞賛の声が溢れ返った。

ノルウェー出身の25歳、ビクトル・ホブランは、ゴルフ界の「帝王」ジャック・ニクラスがホストを務めたPGAツアーの大会、ザ・メモリアル・トーナメントで4日間72ホールを首位タイで終え、デニー・マッカーシーとのサドンデス・プレーオフに突入した。

プレーオフは1ホール目でホブランが勝利を決めたものの、難コースのミュアフィールドビレッジ(米オハイオ州ダブリン)で合計73ホールの激戦を制したホブランの疲労度はマックスに達していたはずである。

通算4勝目を挙げ、破格の360万ドルを一気に手に入れたことで、興奮もしていれば、安堵もしていたのではないだろうか。

いずれにしてもホブランは「夢見心地」だったのだろうと思うのだが、しかし彼は、その夢見心地の余韻に浸るどころか、翌朝から早起きして全米オープン地区予選の会場に出向き、親友の重いバッグを担いでいたのだ。

そんなホブランの姿を目にした人々は「えっ?あれは、昨日、メモリアルで優勝したホブラン?」「なぜ彼が地区予選でキャディをやっている?」と、みな驚いていた。

全米オープン地区予選は、英国、日本、それに米テキサス州ダラスの3会場では先行して5月に行われたが、その後の6月5日には全米9か所とカナダの合計10か所で最終予選が行われた。

ホブラン自身は世界ランキング5位のトッププレーヤーゆえ、全米オープン出場資格はもちろん事前に有していたが、オクラホマ州立大学時代のゴルフ部のチームメイトで親友のザック・バウチョは、自力出場を目指し、オハイオ州コロンバス地区予選にエントリーしていた。

その地区予選会場は、ホブランが優勝したメモリアルの会場と同地域にあり、ホブランは夢を追うバウチョのために「僕がバッグを担ぐよ」と応援がてら駆け付けたのだ。

残念ながらバウチョの全米オープン出場の夢は叶わなかった。だが、5億円をゲットしたばかりのチャンピオンが翌日には短パン姿で地区予選会場に現れ、スタンド付きのセルフバッグを担いで1日36ホールの長丁場を親友とともに戦ったこの出来事は、米ゴルフ界で語り継がれる逸話になった。

インドア育ち

北欧のノルウェーで生まれ育ったホブランが初めてゴルフクラブを手にしたのは11歳のときだった。エンジニアとして米国に単身赴任していた父親が、ゴルフクラブを携えて帰国して以来、ホブランはゴルフに夢中になった。

とはいえ、「ノルウェーでは屋外でゴルフができるのは1年の半分以下しかない」そうで、彼は屋内のゴルフ練習場で腕を磨き、自宅ではテレビやビデオ、SNSなどを駆使して情報や知識を得たという。

大学は米国の名門オクラホマ州立大学へゴルフ留学。在学中の2018年に全米アマチュアで優勝し、その資格で2019年はマスターズと全米オープンに出場。その双方でローアマに輝いた後、プロ転向した。

PGAツアーにデビューすると、2020年には早々にプエルトリコで初優勝を飾り、「インドアの練習場で育ったノルウェー出身の僕が、タイガー・ウッズと同じPGAツアーで戦っていることが信じられない想いだ」と、実感を語った。

2021年と2022年にはメキシコで開催されたマヤコバ・クラシックで連覇を達成。そして今年6月、ザ・メモリアル・トーナメントを制し、通算4勝目を挙げた。

メジャー大会でも何度も優勝争いに絡み、今では世界ランキングでトップ5に数えられるホブランは、押しも押されもしない一流選手だが、そんな彼が心身の疲労を押して親友のためにキャディを務めた理由は、「友情」と「感謝」、そして「恩返し」だった。

「誰かのために」

オクラホマ州立大学へやってきた当時のホブランは、米国では右も左もわからず、英語もあまりわからなかった。そんなホブランに「ウチに住めば?」と声をかけたのが、大学ゴルフ部のチームメイト、バウチョだった。

ホブランとバウチョは兄弟のような親友となり、そのおかげで英語も米国生活もスピーディーに覚え、格安のホームステイをさせてもらって経済的にも助かったホブランは、バウチョに心底感謝していた。

だからこそホブランは「僕がプロゴルファーになったら、僕が受けた恩に報いることをして、感謝の気持ちを行動で示したい」と思っていた。そして、夢を追いかける人々のために貢献したいと願っていた。

全米オープン地区予選に挑んだバウチョのキャディ役を引き受けたのも、「ありがとう」を行動で示したかったからだった。

そういえば、昨年のPGAツアーのシーズンエンドのプレーオフシリーズの1つ、BMW選手権の最終日にホブランはパー3の2番でホールインワンを達成した。

その副賞の12万5000ドルを、ホブランはプロキャディ養成のための奨学金「エバンス・スカラー」に全額寄付。ホブランの寄付は、将来のプロキャディを目指す1人の学生の4年間の授業料と生活費が賄われることを意味していた。

「ホールインワン達成は、そりゃあ、うれしいけど、今回はリーダーボード上で僕を上位に押し上げる効果はあまりなかった。でも、別の大きな意味で、このホールインワンが誰かの役に立ってくれたら、僕はとてもうれしい」

自分のことより誰かのことを常に気にかけ、誰かのため、社会のために行動するホブランは、心優しく、そして強いトッププレーヤーだからこそ、今、彼の人気は急上昇中だ。

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